第六話
廊下を歩きながら、それぞれが訓練の感想を語り合っている。
「いやー、やっぱり土魔法は安定感があっていいよな! あのドンッてくる感覚、たまらないぜ!」
ヴァイルが楽しげに語ると、クレアは少し呆れたような表情で肩をすくめた。
「でも、命中精度は最低だったわね。もっとしっかり狙いなさいよ」
「ははは、細かいことは気にするなよ! クレアは風魔法だから、そりゃあ早いし正確だよな。でも俺は……なんていうか、ドカーンといきたいんだ!」
ヴァイルは腕を振り上げながら豪快に笑う。
「まったく、本当に単純なんだから」
クレアはため息をつきながらも、わずかに微笑んでいた。そのやり取りに、周囲の生徒たちも自然と笑みを浮かべる。
ザイアスはクレアたちの会話を聞き流しながら歩いていたが、突如として遠くから微細な魔力の波動を感じ取った。
ただの魔力ではない、どこか異質な気配が混ざっていた。ザイアスはその魔力の方向へ意識を集中させた。しかし、その瞬間、波動は消え去った。まるで最初から存在していなかったかのように、空気の中に溶けてしまったかのようだった。
「どうしたの、ザイアス?」
クレアが不思議そうに問いかける。ザイアスは一瞬迷ったものの、すぐに軽く首を振り、笑顔を作った。
「いや、なんでもない。ただ少し疲れただけさ」
その日の夜、ザイアスは寮の自室で一人、静かに考え込んでいた。あの魔力の波動がほんの一瞬しか感じられなかったこと、そしてそれが何者のものか全くわからなかったことが、頭から離れなかった。
「あの異質な魔力はなんだったんだ……学校内に何か異変が起きているのか?」
そう考えはしたが、自分の力を目立たせたくないという思いが強かった。下手に動けば余計な疑いを招くかもしれない。何も確証がない以上、警戒を強めることに徹するのが最善だと判断した。
翌日、ザイアスたちは座学の授業を受けるため教室に集まった。今日の授業内容は魔法の歴史と、各属性魔法の発展についてだった。
「さて、今日は魔法の歴史について学ぶぞ」
教壇に立つ先生が、生徒たちを見渡しながら口を開いた。
教室内は静かで、生徒たちは真剣に先生の話に耳を傾けている。しかし、ザイアスの意識は昨日の魔力波動に囚われ、授業の内容がほとんど頭に入ってこなかった。
「ちゃんと聞いてる?」
隣に座るクレアが小声で問いかける。その鋭い視線に内心焦りながらも表面上は何事もないように振る舞った。
「昨日中々眠れなくてね」
苦笑いしながら答えると、クレアは納得したようなしないような表情でため息をついた。
授業が終わりザイアスは一人、校内を歩いていた。昨日の魔力を感じた場所をそれとなく通り過ぎながら、痕跡を探る。だが、すでに空間には何の異変も残されていなかった。
翌朝、授業が始まる直前、教室内がざわめき始める。生徒たちが小声で何かを話し合い、不安げな表情を浮かべていた。
「昨夜、学園の鍛冶屋からアーティファクトがいくつか盗まれたらしい」
断片的に聞こえてくる噂話の内容に、ザイアスの意識が鋭く反応した。
「何かのイタズラじゃないのか?」
ヴァイルが首をかしげながら言うが、周囲の雰囲気からして、それが単なる悪ふざけではないことは明白だった。
そこへ、教室のドアが開き、先生が入ってきた。騒がしい生徒たちを一瞥し、手を叩いて静粛を促す。
「みんな、落ち着いて聞いてほしい」
教室が次第に静まり返る中、先生は神妙な面持ちで話を続けた。
「知っての通り、昨夜、学園内の鍛冶施設の一部が荒らされ、保管していたアーティファクトがいくつか盗まれた」
その言葉が告げられた瞬間、生徒たちの間に緊張が走った。鍛冶施設は魔法学園内でも最も厳重に管理されている場所の一つだ。それが荒らされるなど、普通では考えられない。
「現在、学園側で原因を調査中だ。犯人の特定には時間がかかるかもしれないが、状況が落ち着くまで、鍛冶施設には立ち入らないように」
先生はそう言って話を締めくくったが、生徒たちの間に広がる不安の色は拭えなかった。
ザイアスは静かに息を吐きながら、昨夜感じた魔力の波動を思い出す。あれは、偶然だったのか。それとも――。
「はい、静かに」
先生の声が響き渡り、教室内のざわめきが収まる。今日の授業のテーマは”神託”についてだった。
「では、授業を始める。まず、神託とは何かについて説明しよう」
生徒たちは真剣な表情で耳を傾ける。
「初級から上級までの魔法は詠唱に必要な魔力量を持っていれば魔法文を学び、それを正しく詠唱することで発動できる。発動の鍵となるのは、魔法のイメージを明確に持つことだ。しかし――」
先生は少し間を置いてから、教室を見渡した。
「特級魔法となると、話は違ってくる。」
黒板に書かれた”特級魔法”の文字の下に、先生は”神託"と付け加える。
「特級魔法は、単に魔法を学んだだけでは習得できない。では、どうすれば習得できるのか?それは魔獣などを討伐することで習得できます。何故だかわかりますか?」
先生は教室を見渡しながら、問いかけるように言う。
「それらを倒した際に放たれる魔素が待機中の魔力と混ざりそれが体内に取り込まれます。そうすることで自身の魔力量は徐々に増していきます。そして一定の域に達したとき、意識の奥深くに魔法のイメージと詠唱が流れ込む現象を“神託”といいます」
先生は生徒を見渡し言葉を続けた。
「この神託によって得られる特級魔法は完全にランダムであり、知識や経験によって授かる魔法が変わるという説もあります」
生徒たちはざわざわと小声で話し始めた。
「つまり、強力な魔法が手に入るかどうかは運次第ってこと?」
「ある程度は実力とかも関係しそうじゃない?」
先生は軽く咳払いをして、生徒たちを再び沈黙させた。
「神託の仕組みについてはまだ不明な点が多い。しかし、確かなのは、特級魔法を得るためには魔獣と戦うことが必要不可欠だということだ」
その言葉に、クラスの空気が引き締まる。
先生は最後に、黒板に書かれた”神託”の文字を指しながら言った。
「この現象は、魔法学の中でも最も解明が進んでいない分野の一つだ。今後の学習や経験を通じて、自身の成長と共に理解を深めていってほしい」
授業終了の鐘が鳴り、生徒たちはそれぞれの考えを胸に抱えながら教室を後にした。
昼食を終えた後、ザイアスはヴァイルとともに鍛冶施設の近くを歩いていた。午後の陽光が静かに降り注ぐ中、学園内は普段と変わらない落ち着きを見せている。しかし、先ほどの授業で告げられた盗難事件の影響か、生徒たちの間にはどこか緊張感が漂っていた。
「犯人って、外部の人間かな? それとも、学園内の誰かか?」
ヴァイルが何気なく問いかける。その表情は真剣で、ただの噂話として片付けるつもりはないようだった。
ザイアスは腕を組みながら、慎重に考えを巡らせる。
「外部の侵入者なら、まず学園のあの結界を突破しないといけない。そんなことができる魔法使いなんて、普通は考えられない」
学園を覆う防護結界は強固であり、正規の許可なしに侵入することは極めて困難だ。
入学時に手の甲に刻印された魔法印がなければこの学園に入ることはできない。
「でも、内部の誰かがやったとしても、こんな大がかりなことを計画する理由がわからないよな」
ヴァイルは首をかしげる。
ザイアスは昨日感じた奇妙な魔力の波動を思い出していた。
(あの時の波動と、この事件は関係しているのか? それとも……)
偶然とは思えない。しかし、確証がない以上、今は下手に動くべきではない。
「ちょっとトイレ」
ヴァイルはそう言い残し、鍛冶施設の裏手へと向かう。
ザイアスはその場に残り、なんとなく閉鎖されている鍛冶施設の入り口に視線を向けた。その瞬間、見覚えのある人物の姿が目に入る。
――ザルバ。
咄嗟にザイアスは物陰に隠れた。
彼は辺りを警戒するように視線を走らせながら、足早に鍛冶施設の中へと入っていったのだった。
ザイアスの目がわずかに細まる。
なぜ彼がこんなにも周囲の目を気にしながら鍛冶施設へ向かうのか。
しかし、追跡するわけにはいかなかった。下手に動けば、自分の疑念を悟られるかもしれない。
それでも、彼の行動が今回の事件と何か関係しているのではないかという予感が、ザイアスの胸の奥で静かに膨らんでいった。