表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/34

第五話

教室には次々と生徒たちが集まり、各々が席に着いていった。

学園生活の幕開けを感じさせるざわめきが広がる中、ザイアスも静かに自分の席へと腰を下ろす。

昨日の出来事が脳裏から離れず、意識はどこか宙を漂っていた。考えれば考えるほど、不気味な違和感が胸の奥に居座り続ける。だが、どれほど思い悩もうと時間は待ってはくれない。

学園中に開始の鐘が鳴り響いた。重く、確かな音が、否応なく現実へと彼を引き戻す。


今日の授業は魔法の基礎学。

入学して初めての正式な授業。教壇には、白髪交じりの壮年の教師が立ち、生徒たちを見渡している。


厳格な雰囲気を纏い鋭い眼差しを生徒に向けると、瞬く間に教室内の空気が引き締まる。


「さて、今日は魔法の基本について学ぶ。魔法とは何か、なぜそれが発動するのか――その根幹すべてが『女神の加護』に集約されていると言っても、決して過言ではない」


低く、よく通る声が教室に響く。静まり返った空間に、教師の言葉だけが重みを持って流れていく。


「女神の加護とはこの世界に溢れる魔力のことを指し、皆さんもご存知の通り、“女神”とは、今は魔力結晶となり人々を守り続けていると云われている〈原初の魔法使いマリエ〉を指します」


言葉に合わせて、教師はゆるやかに右手を持ち上げた。

生徒たちの視線が一斉に前方へと集まり、その様子を教師は確かめながら、ゆっくりと話を続けた。


「魔法結晶の魔力を吸収する事ができる特殊な魔法石である【ルーン】を装着した指輪、これが【エンゲージリング】と呼ばれるものになります」


その指に光る装飾のない銀の指輪が、天井の明かりを反射してほのかに輝く。


「自身の魔力をこのエンゲージリングに流し込むことで、空間に魔法陣が浮かび上がります。そして、詠唱を行うことで魔法が発動する仕組みです。要するに、魔法陣は自身の魔力と大気中に漂う魔力が共鳴し、女神の力に応えることで起動するものなのです。このエンゲージリングが発明されたのは、今からおよそ十年前のことになります」


そう述べると、教師はチョークを手に取り、黒板の上部に「十年前までは」と丁寧な字で記した。


「十年前は加工された武器や武具、いわゆるアーティファクトにルーンを装着し、それを媒介として魔法を発動させていました。ですが、数多の研究と試行錯誤の末、特殊な指輪型のアーティファクトにルーンを装着することで、魔法の威力や効果に格段の増幅が見られることが分かったのです。そうして、今の形へと進化を遂げました」


生徒たちの表情を観察する。真剣な眼差しがこちらを見つめていた。


「では次に、アーティファクトとレリックについて説明しましょう」


その語に、生徒たちの間で微かなどよめきが生まれた。耳慣れない語の響きに、自然と興味が向けられる。


「アーティファクトとは、『マテリアル』と呼ばれる原具――つまり何の刻印もされていない装飾品や武器や防具に、刻印石を用いて魔法文字を刻み込んだものの総称です。いわば、人工的に造られた魔法装備品のことですね」


指にはめられたリングを示しながら、教師は続ける。


「一方で、ダンジョン内の宝箱や遺跡から発見される天然の魔法装備は【レリック】と呼ばれます。これらは自然が生み出した奇跡とも言える存在で、極めて貴重です。その希少性ゆえに、多くの者が危険を冒してまでダンジョンに挑むのです。このレリックの詳細については、次回の授業で扱うことにしましょう」


その言葉に、生徒たちの視線が再び輝きを帯びる。未来の冒険を思い描くように、教室には静かな熱が広がっていた。


ザイアスは、黒板に並ぶ言葉と図をじっと見つめていた。どこか達観したような目つきではあったが、決して興味がないわけではない。その視線の奥には、確かな探究の色があった。


「アーティファクト、そしてレリック――それらの使用と所持は、魔法協会によって厳しく管理されています。使用が正式に許可されるのは、原則として十五歳から。つまり皆さんが、魔法使いとしての第一歩を踏み出す年齢というわけです」


教師は視線を生徒たちへと戻し、口調をわずかに引き締める。


「ルーンは、魔法陣を展開するための触媒。魔法そのものを起動させる核のような存在です。そしてアーティファクトは、身に着けることで魔法攻撃や物理攻撃を増幅させたり、逆に魔法・物理双方の防御を高めたりする効果があります。どちらも、魔法使いにとって欠かせない道具であることは、言うまでもありません」


教室の空気が、わずかに張り詰める。知識がただの情報ではなく、これから自分たちの人生に直結する現実だと、誰もが感じ始めていた。

教師は満足げに頷くと、最後にこう告げた。


「もうすぐ時間ですね、次の時間は実技授業になります。訓練施設へ向かってください」


その言葉が告げられた瞬間、教室内にはざわめきと興奮が湧き上がった。生徒たちは一様に目を輝かせながら席を立ち、足早に訓練施設へと向かっていく。抑えきれない期待が、歩みの軽やかさに現れていた。


無理もない。日常生活の中で使われる簡易な魔法――いわゆる一般魔法は、多くの者が経験している。だが、それ以外の魔法――特に攻撃魔法の使用は、デルタニア魔法学園に所属し、正式に課程を修了した者でなければ認可されていない。今日の実技は、生徒たちにとって初めて本格的な魔法を放てる機会なのだ。心が昂るのも当然だった。


広々とした訓練施設に足を踏み入れると、整然と並ぶ標的が視界に広がった。まるで戦場を模したような空間に、生徒たちの緊張と興奮が交錯する。


中央に立った先ほどとは別の教員が、手を一つ打ち鳴らすと、ざわついていた空気がぴたりと静まった。


「それでは、実技訓練を始める。先日、魔力測定の際に自身の“適性属性”を伝えられたはずだな。適性属性とは、その属性の魔法において、他の属性よりも強い魔力を自然と引き出せる資質のこと。つまり、同じ初級魔法であっても、適性属性であれば威力は段違いとなる」


そう語ると、教師は的の前へと歩み出て、指輪に軽く触れた。次の瞬間、空間に魔法陣が浮かび上がる。


『スペルエンゲージ:タイプアサルト「ファイアボール」』


高温の火球が走り、一直線に的へと叩きつけられる。衝撃音とともに、木製の標的の表面が焼け焦げ灰となり崩れ落ちた。


続けてもう一度、教師は詠唱を口にする。


『スペルエンゲージ:タイプアサルト「ウォーターボール」』


今度は水の塊が勢いよく飛び出し、的の中央へと激突。水圧の衝撃で、標的は半分ほど吹き飛ばされた。


「水属性魔法が使えないわけではありません。だが、私の適性は火属性。見ての通り、水よりも火の方が威力が遥かに上回っている。ゆえに、戦闘では自らの適性を理解し、それを活かすことが極めて重要なのだ」


言葉を裏付けるような明確な実演に、生徒たちは息を呑んで見入っていた。中には身を乗り出し、拳を握る者もいる。その目には、抑えきれない衝動が燃えていた。


「使用可能な魔法は、初級の攻撃魔法とする。さあ、エンゲージリングを装着し、順番に的を狙って放て。始め!」


教員の合図を受けて、生徒たちは次々と列を作り、授業前に配られた指輪を確認しながら前に出ていく。


魔法陣が浮かび、詠唱の声が次々と響き渡る。しかしその結果は千差万別だった。見事に魔法を放ち標的をかすめる者もいれば、魔法が出現せずに立ち尽くす者、威力が弱く標的に届かない者、さらには詠唱中に緊張で言葉を詰まらせる者もいた。


教員は腕を組みながら、全体を見渡し、適宜声を掛ける。


「魔法は“イメージ”が肝心だ。ただ言葉を並べるだけではダメだ。魔法陣の構造をしっかりと理解し、頭の中にその魔法の姿、放つ瞬間の感覚、命中するまでの軌跡を――鮮明に思い描け。魔法は、自らの内なる魔力に、確かな意志を与えることで初めて発動する」


その助言を受け、再挑戦する者たちの魔法が、次第に的へと届き始める。破壊には至らずとも、標的に命中させることができた者は、自然と小さく笑みを浮かべた。初めて自らの魔力が形を成し、目の前の世界を変えた実感――その手応えは、確かなものだった。


その中で、ひとりだけ標的を完全に破壊し、明らかに浮き足立っている者がいた。


――ジェイク・ハッド。

彼は、このクラスの中で強い影響力を持つザルバの一派に属する者の一人だった。


ザルバはAランクの火の適性を持ち、強力な火属性魔法を自在に操る才能を持っているが、その反面、魔法の使えない者を平然と見下す傲慢な人物でもある。そして彼のもとには、同じ価値観を共有する者たちが自然と集まり、一種の排他的な集団を形成していた。


ジェイクもまた、そんな空気に染まった一人である。


「おいおい、なんだよお前ら。こんな簡単な魔法もまともに撃てないのか? 情けねぇなあ!」


口元を歪ませ、鼻で笑いながら周囲を見下ろす。余裕たっぷりの態度には、明らかな優越感がにじみ出ていた。


「仕方ねぇな。じゃあ俺が、本物の魔法ってやつを見せてやるよ。目ぇかっぽじって見とけ!」


そのまま勢いよく詠唱へと移る。


『スペルエンゲージ:タイプアサルト「イグニションスパーク」』


次の瞬間、魔法陣から解き放たれた魔法は、赤く煌めく火花を伴い一直線に標的へと飛翔した。そして着弾と同時に、激しい爆ぜる音と共に周囲へ灼熱の余波と衝撃波を撒き散らす。


訓練施設に悲鳴が走った。爆風にたじろいだ生徒たちが反射的に身を屈める中、煙が晴れていく。標的は完全に吹き飛び、床には黒く焼け焦げた跡が残っていた。


すぐに教師が駆け寄ってくる。声には明らかな怒気が込められていた。


「何をやっている! 誰が許可もなく、指定した以外の魔法を――」


そう言いながら、視線を施設内に走らせる。生徒たちは一斉に同じ方向を振り返る。視線の先には、ぐったりと地面に倒れ込んでいるジェイクの姿があった。


驚きと動揺が混じる中、教員はまず生徒たちに怪我がないかを確認し、ひと安心すると倒れたジェイクのもとへと駆け寄る。そしてその襟元を掴み、乱暴に上半身を持ち上げた。


「まったく、愚か者め。いいか、よく見ろ」


怒りを抑えた低い声が、施設内の空気をさらに引き締める。


「このように、自身の魔力量を超えた魔法を無理に放てば――“マナブレイク”という状態に陥る。酷ければ、こうして意識を失う。たしかに回復は時間が解決してくれるだろう。だが、もしこれがダンジョン内で、敵に囲まれていた時だったら……わかるな?」


その言葉に、生徒たちは口を閉ざしたまま黙り込んだ。先ほどまでの高揚は、どこかへ霧散していた。


教員は倒れたジェイクを肩に担ぐと、魔法を試していた生徒たちへ背を向ける。


「私が戻るまで、各自実習を続けておけ」


その言葉を残し、重い足取りで医務室へと向かっていった。

一方、ザルバたちは浮かない表情のまま訓練所を後にする。気に入らない空気をまとわせながら、何も言わずに踵を返した。


「何やってんだ、あいつ。ちょっと魔法が使えるからって、調子に乗りすぎだろ」


呆れ顔で近寄ってきたのは、ヴァイルだった。片手をポケットに突っ込みながら、どこか楽しそうに鼻を鳴らしている。


「きっと、みんなに見てほしかったんだろうな」


ザイアスはそう呟くと、訓練施設の片隅に腰を下ろし、ただぼんやりと他の生徒たちが放つ魔法の光景を眺めていた。教員が戻ってくるその時まで――。


数十分後、扉の開閉音が鳴り響いた頃には、授業はすでに終わりに近づいていた。施設内では生徒たちが道具の片付けを始めており、余韻を噛みしめるように笑い声も混じっていた。


「今日はここまでとする、魔法で一番大事なのは魔法陣の構造の理解、そしてそこから放たれる魔法のイメージです。それを忘れないように」


教師の声が響いた直後、学園の鐘が澄んだ音を奏でる。それを合図に、生徒たちは興奮冷めやらぬ様子でざわめきながら食堂へと向かっていった。初めての魔法実習は、彼らにとって忘れられない一日となった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ