表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/37

第四話

午後は寮の説明が行われた。

デルタニア魔法学園の寮は学年ごとに分かれており、毎年、卒業生が使用していた寮が新入生へと引き継がれる。


説明を終えた後、ザイアスは一旦自室へ戻った。歓迎会までの時間はまだある。ひとまず荷解きをしながら、どのように時間を潰そうかと考えていた。


しばらくすると、部屋の扉が軽くノックされた。


「邪魔するぜ、ザイアス!」


勢いよく入ってきたのはヴァイル。そして、その後ろにはクレアがいた。


「ついでに私もお邪魔させてもらうわ」


二人はザイアスの部屋に腰を下ろし、軽く自己紹介を始める。


「クレアって呼んでもらって構わないわ」


クレアはそう言うと、すっと前髪を耳にかけ、誇らしげに胸を張った。


「Bランク、適性は風属性よ。学園に来る前は家庭教師を雇っていたから、魔法の知識だけは誰にも負けない自信があるわ」


「魔法の知識なんてなくたって気合いでなんとかなるけどな!」


そう言って胸をトンと叩いたヴァイルは、どこか誇らしげな笑みを浮かべながら続けた。


「ちなみにCランクの適性は土だ。ヴァイルでいいぜ!」


(家庭教師か。クレアの家は、家紋持ちなのだろう)


ザイアスは密かにそう推測しながら、静かに口を開いた。


「俺のことはザイアスと呼んでくれ。火属性の適性で、知っての通りEランクだ。迷惑かけると思うがよろしく頼むよ」


そう言うと、ヴァイルが笑いながら勢いよく背中を叩いてくる。


「よろしくな!」


「ちょっと、痛がってるじゃないの」


クレアが慌ててヴァイルを制し、ため息をつく。


「まったく、そういうところが雑なのよ」


ヴァイルは照れ臭そうに頭を掻きながら、「悪い悪い」と軽く謝った。


そんなやり取りをしているうちに、歓迎会の時間がやってきたので3人は食堂へと向かう。

広々としたダルタクス寮の食堂には、芳醇な香りが漂い、生徒たちの期待を煽っていた。天井には豪華なシャンデリアが輝き、長卓の上には所狭しと料理が並んでいる。


今夜のために特別に腕を振るったのは、寮専属の料理長ゴンゼン。その誇り高き料理人が作る品々の中に、ザイアスの目を引いた一皿があった。


「グールラルクのロースト」


肉厚なローストは、絶妙な焼き加減で輝きを放ち、表面にまぶされたスパイスの香りが食欲をそそる。ザイアスにとって、この料理は特別な意味を持つものだった。誕生日のたびに母が作ってくれた、大切な思い出の味だ。


生徒全員が席に着くと、寮監ミュゼルニアが立ち上がり、杯を掲げた。


「改めて入学おめでとう。本日は新入生の歓迎会ということで、料理長のゴンゼンが普段にはないメニューを用意してくれた。存分に味わい、楽しんでくれたまえ。では、乾杯」


「乾杯!」


歓声が上がり、食堂中にグラスがぶつかり合う音が響く。


ザイアスは待ちきれず、真っ先にグールラルクのローストを皿に取り、ナイフを入れた。やわらかな肉が刃に吸い込まれるように切れ、滴る肉汁が皿を彩る。口に入れた瞬間、豊かなスパイスの風味が広がった。


(母さんのとは違う……でも……)


香辛料のバランスが絶妙で、肉の旨みを最大限に引き出している。しかし、どれほど完成された味であっても、ザイアスにとっては母の味には敵わなかった。無意識のうちにフォークを進め、あっという間に皿を空にしてしまう。

そして最後の一つのグルーラルクのローストを自身の皿に取る。


それを見ていたクレアがクスクスと笑った。


「ザイアスったら、そんなにお腹が空いてたの? そんなに急がなくても、料理は逃げないわよ」


一瞬、無心で食べていたことに気づき、ザイアスは咳払いをしてクールな表情を取り繕う。そして、何事もなかったかのようにナプキンを取り、上品に口元を拭った。


「おい、独り占めするなよ! 俺にもよこせ!」


隣に座っていたヴァイルが、ザイアスの皿から勢いよく肉を奪い取る。


「……好きにしろ」


肩をすくめて応じると、周囲から笑い声が上がった。賑やかな食卓の雰囲気は温かく、気づけば会場全体が楽しい笑いに包まれていた。


そんな幸せな時間は、あっという間に過ぎていく。宴が終わると、生徒たちは名残惜しそうに席を立ち、それぞれの部屋へと戻っていった。


ザイアスも静かになった廊下を歩きながら、ふと空を仰ぎグルーラルクのローストをまた食べたいと思うのだった。


夜の帳が学園を静かに包み込み、星の光さえ届かぬほど濃い闇が裏庭を覆っていた。空気は冷え込み、吐く息は白く曇る。そんな中、ザイアスは一人、指定された場所へと足を運んだ。


闇に溶け込むようにそこに佇んでいたのは、黒のローブをまとった非常勤講師だった。顔の大半は深くかぶったフードに覆われ、輪郭さえもはっきりとしない。だが、その身から滲み出る異様な気配は、周囲の静寂と奇妙なほど調和していた。


「来たか、ついてこい」


短くそう言うと、非常勤講師は踵を返し、森の奥へと無言で歩き出した。薄明かりすら届かない闇の道を、淡々と進む背中。ザイアスは一抹の警戒を胸に抱きながら、黙ってその後に続く。


「指輪は持ってきたか?」


「あぁ。これは一体何なんだ?」


「ただの指輪さ。まあ、“ただの”って言ってもルーンは特別製だがな。使えばわかるよ」


そう言って笑った講師の声には、どこか含みがあった。

しばらくして、木々の合間を抜けた先に、ぽっかりと開けた空間が現れた。訓練場――しかしその場は月明かりすら届かず、夜の闇に沈んでいた。まるで異界に迷い込んだかのように、辺りは静まり返っている。


その中心で、講師がふと足を止めた。


次の瞬間――ザイアスの足元に、小さな瓶が音もなく投げ込まれる。地に砕けたそれと同時に、空間を覆うような魔力の波が走った。


『スペルエンゲージ:タイプストラテジア「マジックサークル」』


地面に広がった魔法陣が淡く輝き、結界が展開されると同時に、闇の中から異様な気配が立ち上がる。やがて現れたのは、漆黒の巨体――二頭の魔獣、ブラックグリズリー。


その体格は人間の数倍に及び、全身を覆う黒毛は鋼のような硬度を誇る。A級魔獣の中でも凶悪とされ、並の魔法など通じるはずもない。一振りで骨を砕く巨爪を持ち、かつて幾多の命を引き裂いてきた存在だ。


「おいおい、何が目的だ?」


言葉を漏らした瞬間、一体のグリズリーが唸りを上げて突進してくる。その殺意はまさに本物。ザイアスは反射的に身を翻し、咄嗟の動きで巨爪をかわしたが――その風圧すら凶器だと直感する。


「どうした? 避けるだけでは勝てんぞ」


闇の向こうから、講師の冷ややかな声が響く。その口調は、まるで見世物でも眺めているかのようだった。


「クソ、やるしかないか」


怒気を押し殺し、ザイアスは地を蹴って一体の背後へと跳び、その巨体に強烈な蹴りを叩き込む。そして、確信のこもった目で詠唱を開始した。


『スペルエンゲージ:タイプアサルト「サンダーレイズ」』


青白い稲妻が魔法陣から走り、一直線に魔獣の胸を貫こうとする――だが、それは黒毛に触れた瞬間、拡散し、あっけなく霧散した。


「なっ!?」


毛皮に魔力を吸収されたのか、雷撃はまるで無意味だった。直後、怒りを爆発させたグリズリーが咆哮し、跳躍。その巨体が宙を舞い、前脚を振りかぶる。


鋭く光る爪が、鋼の刃のごとく振り下ろされる。ザイアスは身を捻り、肩越しを掠めるようにして一撃を回避。だが次の攻撃は間髪入れずに迫る。


防ぐしかない――そう判断した彼は瞬時に防御魔法を展開し、そのまま正面から激突を受け止めた。盾が軋む音と共に、衝撃が体全体を揺さぶる。


一歩でも遅れていれば、命はなかった。冷や汗が背を伝う。


「おい、この指輪はなんなんだ!? 魔力の出力が半分しか出てないぞ!」


唸り声を上げ、なおも構えを見せる魔獣に対し、ザイアスは奥歯を噛み締める。しかし次の瞬間――ふと、何かに気づいた。


目を細め、ゆっくりと笑みを浮かべると、彼は指輪に魔力を集束させた。


「なるほど、そういう仕組みか」


指輪のルーンが淡く脈打ち、魔力が一方向へと収束していく。そして再び、詠唱の言葉が空気を震わせた。


『スペルエンゲージ:タイプアサルト「ヴォルトハウル」』


雷鳴のような咆哮が轟き、出現した魔法陣から広範囲に稲妻が奔る。その一撃は先程とは比にならぬ威力で、まさに雷の奔流。魔獣は呻き声を上げ、巨体を揺らしながら崩れ落ちた。地面には黒煙が立ち上る。


「出力半減でこの威力か……しかも移動詠唱でやるとは。面白い」


移動しながらの詠唱――それは高い魔力制御と集中力を必要とする技法。精度も威力も落ちるのが通例だが、ザイアスはそれをやってのけた。


講師は残る一体に視線を向け、無言で手を掲げる。


『スペルエンゲージ:タイプアサルト「ヘリオスバースト」』


足元に魔法陣が展開された瞬間、爆炎が魔獣を包み込む。凄まじい熱と衝撃で、その姿は瞬時に焼き尽くされた。焦げた風が一帯に流れる。


「なんて威力だよ」


呆然と呟くザイアスに、講師は微笑んだ。


「あの魔獣は一体、どこから湧いて出てきたんだ」


「あれかい? あれは私の魔法の研究で使用するモルモットさ。普段は鍛治施設の金庫に厳重に保管してあるんだけどね、今回はお前の力を測るために持ってきたのさ。あれくらいでないと相手にならんと思ってな」


「俺の力を測る……? 目的はなんだ」


「そんなに怖い顔をするな。ただお前の“本質”を見たかっただけさ。じゃ、気をつけて帰るんだよ。あと、その指輪はやるよ」


にこりと笑った講師は、結界を解除すると、闇の中へと音もなく姿を消していった。


「一体、何だったんだ。だが、あの結界魔法『マジックサークル』の精度は――」


“マジックサークル”――高難易度に分類される結界魔法。外部からの魔力感知を遮断するために展開される結界魔法の一つであり、その内部でどれほど魔法を発動しても、外側からは感知されることはない。しかし、サークル内で一定以上の魔力が放出されれば、自動的にその構造は崩壊し、マジックサークルは解除される仕組みのはずだった。


しかし、先ほどの戦闘において空間の中では――ザイアス自身が凄まじい魔力で魔法を放ち、さらに非常勤講師が高威力の魔法を発動したというのに――マジックサークルは一切破綻せず、最後までその形を保ち続けていた。


ただ魔力が強いだけではない“何か”をザイアスは感じ取っていた。常識の範疇では計れない力と技術を有している。何者なのか、その目的は何なのか、まるで分からない。


だがひとつ確かなのは――力を見られたという事実。


それが今後、何をもたらすのかを考えると、軽率に忘れていい夜ではないと強く感じていた。

胸中に重くのしかかる警告を抱えながら、寮への帰路を歩き出した。夜はなお深く、風はどこまでも静かだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ