第十四話
「凄い戦いだったわね」
クレアが熱を帯びた声で呟く。瞳の奥には、まだ消えぬ高揚が揺れていた。
「バスティーも惜しかったよな。あれは熱い戦いだったぜ!」
ヴァイルが拳を握りしめる。だが、そんな中でザイアスだけは、静かに戦場を見つめていた。アルカナとの一戦で、システィーナが見せた“光の大剣”――詠唱の前に現れた不可解な光景。あれは偶然だったのか、それとも――。
バスティーとの試合ではそれが現れなかったことも、逆に不可解でならない。
――彼女の力は、常軌を逸している。
その圧倒的な魔力と技術の源にあるもの。それは生まれ持った特別な資質か、あるいは血の滲むような鍛錬の果てに辿り着いた境地か。だが、いずれにしても――その真実を知る者は、他でもない彼女自身だけだろう。
こうして、熾烈を極めた決勝戦――バスティーとシスティーナの熱戦は幕を閉じ、栄冠は彼女の手に渡った。
「いやー、すごい戦いだったなー!」
ヴァイルが大きな声を上げ、両腕を大げさに振りながら笑みを浮かべる。その瞳は輝きに満ち、興奮を隠そうともしていない。
それも無理はない。あの一戦は、まさに異次元の光景だった。空を裂く閃光、地を揺るがす衝撃波、ぶつかり合う魔法――Aランク魔法使いの衝突が織りなす壮絶な戦いは、観客すべての胸に深く刻み込まれた。
理性的なクレアまでもが、その余韻に酔いしれるように、ヴァイルと並んで語り合っていた。
「あれは尋常じゃないわ。あんな規模の魔法、普通の一年生には到底無理ね」
思い返すように目を細めながら呟くその声には、明確な驚きと、わずかに悔しさが滲んでいた。
「やっぱり、魔力ランクが高いと魔法の威力も桁違いなんだな!」
「ええ。威力も迫力も、まるで別次元。悔しいけど、あれが“本物”の力なのよ」
肩を竦めながらそう言ったクレアの表情は、憧れと悔しさの狭間にあった。
そのとき、ヴァイルがふと何かを思い出したように首を傾げる。
「ところでさ、レガートってなんなんだ?」
クレアがすぐに反応し、ヴァイルの方へ視線を向ける。知識を語る時特有の真剣な口調で、淀みなく答えた。
「レガートというのは、シグネススペルの一つ。同じタイプの魔法を連続して発動する時に、一度展開した魔法陣を利用して詠唱時間を短縮できる技術よ。エンゲージリングに魔力を込めて魔法陣を一定時間“場に留める”ことで、次の詠唱へと素早く繋げられるの」
「へぇー、そんな便利な使い方があるのか!」
「でも代償もあるわ。魔法陣の維持には膨大な魔力と、繊細なコントロール力が必要になる。中途半端な力じゃすぐに霧散してしまうわ」
顎に手を当てながら、ヴァイルは思案顔になる。
「なるほどなー。でも、同じタイプしか繋げられないってのは、ちょっと惜しいよな。違うタイプも繋げられたら、戦術の幅がもっと広がりそうだぜ」
その発言に、クレアの目が鋭くなる。
「できないことはないわ。ただし、極めて高い魔力制御と、相応の魔力ランクが必要になる。そのレベルに達しているのは――」
言いかけたところで、二人は自然と同じ方向を見た。
そこにいたのは、何食わぬ顔で立っている黒髪の少年――ザイアスだった。
彼は視線に気付き、わずかに首を傾げて、淡々と呟く。
「……それなら、できるよ」
一瞬、言葉が途切れた。だがすぐに、ヴァイルが両手を広げて叫ぶ。
「やっぱり俺の見込んだ男は違うぜ!」
「本当に驚かされるわね。あなたって、どこまで隠し球を持ってるの?」
クレアが呆れたようにため息をつきつつも、口元には小さな笑みが浮かんでいた。
ヴァイルはと言えば、完全に瞳を輝かせ、興奮を隠す気もなく言葉を重ねる。
「なぁなぁ、あとで部屋に行くからさ、色々教えてくれよ。頼むって!」
「いいけど……どうせ二年になったら習うんじゃないか? それより明日の競技について話そう」
「確かに、なら今度教えてくれよな!」
「なら夕食後集まって作戦会議をしましょう」
そう言ったクレアに、二人もすぐに頷いた。
◇
夕食を終えた三人は、ザイアスの部屋に集まり、作戦会議を始めていた。翌日は三人一組で挑む協力戦――個人戦とは違い、連携が勝敗を分ける鍵となる。
「三人で出場する競技だから、個人技よりも連携が肝心になるわね」
クレアが静かに切り出す。
「俺はとにかく攻めに攻めたいぜ!」
ヴァイルが拳を握るが、すかさずクレアが冷静に返す。
「待って。それじゃザイアスが前衛で魔獣の攻撃を受け止める役になるわ」
「確かに、ザイアスが攻撃した方が強いしな!」
ヴァイルが納得したように頷いた。
「俺がタンク役でいいよ。中継も入るみたいだし、無闇に上級魔法は使えないからな」
「それなら、私は後衛でサポートと攻撃をバランスよく担うわ」
「よっしゃ、俺は全力で突っ込むぜ!」
三人はそれぞれの役割を確認しながら、動きや立ち位置、魔法のタイミングに至るまで、細かな戦略を練っていく。
「よし、戦略は大体まとまったな!」
勢いよく立ち上がったヴァイルが拳を突き上げる。
「このまま勝ち進んで、ダルタクス寮の名をもっと上げてやろうぜ!」
「無理はしないこと。それと、変なものを見つけても絶対に触らないこと」
クレアがやや呆れたように釘を刺すが、その声には柔らかな笑みが滲んでいた。
「そろそろ休むか。明日が本番だ」
ザイアスがそう締めくくると、二人は軽く頷いて、それぞれの部屋へと戻っていった。
大会最終日。
ダンジョン探索の舞台には、各寮の代表者たちが顔を揃えていた。
空気を伝ってくるのは、剣を握る音すら響かせぬほどの緊張感。誰もが一言も発さず、それぞれの班が与えられた責務に集中していた。
ダンジョンの入り口は十二箇所。それぞれ番号ではなく、AからLまでのアルファベットで示されている。
各班の代表者がくじを引いて順にスタート地点を決定していくと、ザイアス、クレア、ヴァイルが所属するダルタクス寮は、最も左端に位置する入口Aを引き当てた。
周囲では他寮の班も装備の最終点検を行っており、中でも一際注目を集めていたのが、アルカルトス寮――グアンが率いる精鋭班だった。その鋭い眼光と隙のない身のこなしが、周囲の空気を一段と張り詰めさせる。
やがて試験官たちが各班の前に立ち、最後の説明が始まる。
「入り口を進むと転移の魔法陣がある。それに魔力を注げば、各自のダンジョン内部へと転移する仕組みだ。今回の目標は最深部にある宝箱から“魔法石”を回収し、無事に持ち帰ること。道中の宝箱を開ければポイントが加算される。ただし、魔獣を倒してもポイントにはならない。そして、寮同士の戦闘は禁止。これは絶対厳守だ。それでは――」
試験官の持つ銀の笛が高く空気を裂き、十二の班が一斉にそれぞれの入口へと走り出す。魔法陣に魔力を注いだ瞬間、淡い光が包み込み、各班は瞬時に転移した。
◇
「さて、慎重に進もうか」
ザイアスが落ち着いた声で口火を切る。
「ヴァイル、言われてるわよ」
「魔獣を倒して、どんどん宝箱も開けて、最深部まで突き進もうぜ!」
ザイアスとクレアは顔を見合わせ、少しだけ肩を竦めた。
転移されたダンジョンの内部は、まるで地下深くに眠る古代の遺構のようだった。幾重にも枝分かれした通路、湿気を帯びた岩壁、漂う冷気――時折、遠くから水滴の落ちる音がぽつりぽつりと響く。
その静寂を破るのは、三人の足音のみ。石畳を踏み締めるたびに、音が空洞のような通路に反響し、妙に耳についた。
しばらく進んだ先――奥の曲がり角を抜けた瞬間、六体のゴブリンが待ち伏せしていた。粗末な棍棒を振り上げ、牙をむいて威嚇してくる。
「数が多いな」
ザイアスはすぐに敵の配置と距離を測る。小規模ながら、左右から挟むような形で配置されている。
「一気に崩すには、まず動きを止める必要がある」
そう判断した彼は、背中の盾を前へと構え、その表面を剣の柄で強く叩いた。金属音が響き、敵の注意を引くと、ゴブリンたちが唸り声を上げて一斉に突進してきた。
その瞬間、クレアがエンゲージリングに魔力を込め、流麗に詠唱する。
『スペルエンゲージ:タイプアサルト「ウィンドエッジ」』
魔法陣が現れ、空間を裂くように鋭い風刃が放たれた。斜めに走る刃が複数のゴブリンを切り裂き、悲鳴と共に敵陣が一気に崩れ落ちる。
続けて、ヴァイルが魔力を指輪に流し詠唱をする。
地面が小さく震え、岩盤がせり上がるように岩槍が飛び出す。その鋭い槍が残ったゴブリンたちの胴体を貫き、壁へと叩きつけた。
なおも生き残った数体に対しては、ザイアスが前へと飛び出し、盾を振りかぶる。
一体に向かって横殴りに叩きつけると、その勢いで敵が吹き飛び、壁に激突。反動で立ち上がったゴブリンに対し、クレアが再び魔法を放ち、最後の一体を沈めた。
戦いは一瞬だった。だが連携は見事に噛み合っていた。
「よし、片付いたな。ポイントにはならないが魔核片は拾っておこう」
ザイアスは布袋の口を開け、倒したゴブリンの魔核片を拾い上げていく。
そのまま進んだ先――通路の片隅に、古びた木製の宝箱がひっそりと佇んでいた。
「運がいいわね。最初の宝箱を発見したわ」
クレアが前へ出て、慎重に周囲の罠を確認する。小さく息を整えると、そっと蓋に手をかけ、わずかな音を立てて開けた。
中には、手のひらに収まるほどの大きさの魔法石が収められていた。
「よし、ポイントゲットだ!」
ヴァイルが喜びを隠しきれず、声を上げながら魔法石を掲げる。
「順調な滑り出しね。でも、気を抜かないようにしましょう」
クレアが口を引き締めながらも、どこか満足げに目を細めた。
ザイアスも周囲を一瞥し、再び前へと目を向ける。
「よし、次へ進もう」
その一言を合図に、三人は再び歩みを進める。