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予定調和な再会に喝采を

 聖女の祈りは戦で怪我をした者の傷を癒す。


 聖女の祈りは病に臥せる者に安らぎを与える。


 聖女の祈りは飢餓に苦しむ者に活力を漲らせる。


 聖女の祈りは民の心の支えであり、誰もが慕っていた。


 聖女の祈りはやがて、国を救い、民を癒し、そして全てを騙した。






 人間族と魔族との戦争が収束して早数十年、魔族の絶滅の確認と共に人間族の安寧の日々が続いていたが、ある日、国を揺るがしかねない大事が起きた。


 いつもは杖を突いてゆっくり歩く年老いた宣教師が、この日はどこか慌てた様子で煌びやかな教会を早歩きで移動していた。


「どこじゃ、どこにいるんじゃ……」


 同じ言葉を繰り返しながら辺りをきょろきょろと見回し、ここにはいない、ここにもいないとあちこち歩き回り、徐々に苛立ちを見せ始めていた。


「宣教師様、どうかしたんですか?」


 いつもと雰囲気が違う宣教師を不思議に思った亜麻色の髪の少女が、洗濯物が乱雑に入れられた籠を手に声をかけた。


「お、おお、その、聖女様を見なかったかの?」


「聖女様? 聖女様なら今朝お国を出ていきましたよ」


「……ほッ⁉」


 目を見開いてまぬけな声を出した宣教師は、視線をあっちこっちへ向けて冷静を保とうとしたが、少女の言ったことが信じ切れず足腰から力が抜けたが、杖に全体重を乗せてなんとか尻もちを回避した。


「そ、それは真か?」


「はい。昨日、聖女様が私に教えてくれました」


「君はたしか、昨日の来客を一日担当していた見習いだったね? 聖女様から他に何か聞いておらんか?」


「聖女様は“一緒に帰ろう”と言っていました」


「帰ろう? それは君に言ったことかね?」


 少女は首を横に振った。そろそろ洗濯に行きたいなと思いつつ、何とか昨日のことを思い出して宣教師に伝えた。


「たしか……聖女様はとある老人の手を握り、泣きながら言っていました」


「老人? そういえば、昨日は高齢のお方が天に召されたそうじゃな」


 宣教師は昨日、隣町の教会に駆り出されていたため詳しいことは知らない。夜に日報を見てそういうことがあったことだけ覚えていた。


 話は長くなりそうだと、宣教師は近くのベンチに座り、隣に少女を呼び寄せる。仕事があるからそろそろ解放してほしいと視線でお願いした少女だったが、近くを通りがかったシスターに宣教師は少女の洗濯籠を渡したため、逃げることは出来なくなった。


 仕方なく宣教師の隣に座った少女は、声を掛けなきゃよかったなと思いつつ昨日のことを話した。


「ええと、昨日の夕方頃に老人が聖女様を訪ねてきました。どのような要件で受付を通って来たのかはわかりませんが、聖女様は私を連れてその老人に会いに行きました」


「そういえば聖女様へのお目通りの欄が空白になっておったな。なるほど、その老人が聖女様を誑かしたかもしれないわけじゃな」


「その老人は別に何もしませんでしたよ。掠れた声で聖女様に『会いたかった』、とだけ。それを聞いた聖女様が涙を流して『一緒に帰ろう』と」


「二人は知り合いだったと? そんなはずは……、聖女様は元々孤児で、ここへ来てまだ数年の少女じゃぞ? そのような老人の知り合いはいなかったはずじゃ」


「そこらへんは分かりませんが、それで、聖女様は老人の手を取り、祈りの力で老人の命を天へ召し上げました」


「なんと! それは真か! 聖女様がか弱き者の命を手折ったと申すか!」


 聖女とは民を救う道標のような存在である。死もまた救いという邪道の言葉はあるが、決して聖女がそれに倣うことはない。


 他に聖女との面会では互いに触れてはならない、正式な場以外で祈りは捧げてはならないなど、聖女としての力を私用で使うことは禁じられている。それだけ聖女の力は強大で、祈り一つで国の事情を変える可能性があるためだった。


 そんなことより聖女が人ひとりの命に手をかけたことが衝撃で、宣教師は一瞬白目を剥いた。


「どういうことなんじゃ……、一体二人の間に何があったというのじゃ」


「近くで見ていた感じ、なんかお二人は恋人みたいな雰囲気でしたよ。互いに抱きしめて口づけもしていましたし、あまりの感動に私は拍手喝采で――」


「もういい! では、老人の亡骸がどこにあるか分かるかい?」


 少女はまた首を横に振る。


「二人は抱き合った後、聖女様が老人を灰に変えて大切そうに布に包んでいました。私を置いて部屋を出ていかれたので、そのあとのことは分かりません」


「どうしてそのような大事なことを昨日のうちに話さなかったのじゃ? せめてシスターの誰かに話していれば国を出ていくことくらいは防げたかもしれんのに」


 そう言われればどうだと少女は思った。しかし、なんで言わなかったのだろうかと自問自答して答えが出なかった。


「なんででしょう。別に口止めされたわけでもないのですが、……そういえば、聖女様は最後に何か私に祈りを捧げてくれたような気がします」


「それも勝手な祈りとして禁じられておるが、まあいい、どのような祈りかね?」


「いつもみたいに指を組まなかったので祈りっぽくはなかったですが、……あ! たしか、今日だけは誰にも話さないでって言われました! それで聖女の力は聖女候補の方に継承する、とも」


「ま、待ちなさい! 祈りは指を組むことで力を発揮する。それでは祈りの力は発揮されんはずじゃ。それに力の継承は聖女様が亡くなった時にだけ起きる儀式じゃ! 個人で勝手に出来る事ではない! それと口止めさせたことを気づかせない祈りとは……、それではまるで“魔法”ではないか!」


 なんということだと頭を抱えた宣教師は、他の者にどう説明すればいいのだと必死に思考を巡らす。


「あの、“魔法”って、なんですか? 祈りとは違うのですか?」


 少女は聖女様にかけられた魔法というものが何か分かっていなかった。奇跡の力は聖女の“祈り”であり、国と民はそれに救われてきた。


「我々人間族は聖女様の祈りに導かれて繁栄してきた。勇者と共に悪しき魔族と長らく戦争が続き、魔族の絶滅と魔王を討伐してからは人間族の平和が続いていたと思っておった」


「もしかして、魔法というのは魔族が使う祈りのことですか?」


 宣教師が項垂れるように頷いた。


 聖女がいなくなればこの国は間違いなく衰退する。破滅することはないだろうが、繁栄のスピードは確実に落ち、むしろこれまで聖女の力に頼っていた分、いなくなったことに気付かれれば暴動が起きかねない。


「魔族は絶滅したと思っておったが、まさか生き残りが人間族に踏み入っていたとは。では、勇者と魔王の戦いは相打ちだったという話は真実ではなかったのか」


 ブツブツと推察を続ける宣教師が怖くなってきた少女は、逃げるようにぴょんとベンチから飛び降りた。


「あの、そろそろ仕事に戻っていいですか? 私が話せることは全部話しましたし、早く戻らないとシスター様がうるさいので」


「あ、ああ、よかろう。あとでワシからシスターに君を借りたことを伝えておこう」


「ありがとうございます。それと、聖女様は力を継承すると言っていたので、宣教師様が思うほど大変なことは起こらないと思いますよ」


「本当にそうだといいがな。すべては神のみぞ知る、ということかの」


 宣教師は天井に描かれた神に祈る聖女の壁画を眺めながら、大きく息を吐いた。


 数日の間、聖女が顔を見せないことに不信感を募らせた国民に対し、教会はかつての聖女は祈りの力を次の者へ継ぎ、退いたと発表された。姿を見せない聖女に対し、噂では力を失ったのでは、駆け落ちしたのでは、と囁かれはしたが、次代の聖女が役目をしっかり受け継いだことで下手な邪推は美談へ変わり、今では前聖女の第二の人生を応援する声がほとんどとなった。


 宣教師が不安視していた魔族の生き残りはその後現れず、放置されていた魔族領の荒れ果てた大地はいつの間にか草木あふれる豊かな地へと姿を変えていた。






 勇者が剣を向けた先、玉座に座る魔王は不敵な笑みを浮かべていた。


「魔王たる貴様が、なんたる姿だ」


「……そなたは勇者か。久しいな。前に会ってからどれほど時が経ったか」


 祈りの力が込められた頑丈な鎧に身を包んだ勇者は、息苦しそうにしている魔王に近づいた。


 黒髪黒目に黒のワンピース姿の魔王は玉座から一歩も動けず、肌は呪いに侵され、一部肌は真っ黒に染まっていた。呪いに侵されていなければ、本来の姿は人間族と何も変わらず肌を持ち、普通の少女となんら変わらない容姿のはずだった。


 勇者は兜を外すと、中性的だが、確かに艶のある女性の顔が現れる。何年もずっと戦闘を続け、頬に付いた傷がやけに目立っていた。


「約束は守ったぞ。だが、魔王たる貴様がなんたる様だ。すべての魔族の呪いを引き受けた代償がそれとはな」


「仕方なかろう。我が引き受けなければ滅んでいたのは人間族の領だ」


「貴様が我々を助ける義理はないと思っていたが?」


「そもそも、なぜ我が人間族を嫌っていると思っている。毎度勇者がやってきては伝えているが、元々はそなたらが領地欲しさに勝手に攻めてきただろう。我の領は元々人間族がもたらした大地だ、素直に共存を申し込むくらいの事は出来なかったのか」


 勇者よりも長く生きている魔王は戦争の始まりを覚えている。勇者は代替わりして魔王に挑み続けていたが、幾度も敗北してきた。


「しかし、魔族はもう限界だ。魔族領の大地に眠っていた呪いが活性化し、すべての魔族を吞み込んだ。だから勇者に頼んだのだ」


「代わりに人間族には手を出さない。皮肉なことにもう魔族は残っていないがな」


 約束を果たした結果を鼻で笑った勇者は、魔王の醜い肌の原因である呪いを凝視した。


「その呪いは解けないのか?」


「残念ながらな。我はこの呪いを抱えたまま地獄へ落ちよう。それならば呪いが人間族を襲うことはなかろう」


 呪いに苛まれたすべての魔族は勇者の剣によって切り伏せられた。この呪いは“善”となる者が集中する場所へ移るため、“善”の象徴たる教会がある人間族領へ移ることは確実だった。


 しかし、魔王は魔法によって魔族領、そして呪いを騙し、自らが“善”の象徴であることにした。よって殺された魔族の呪いは全て魔王へ集まり、魔王は膨大な呪いを抱えた爆弾と化していた。


「なぜ人間族を守る? 俺たちが貴様にしてきたことを考えれば、その呪いで滅ぼすことも想像に難くなかったがな」


 勇者との会話に興が乗った魔王は、過去を懐かしむように思いを馳せ、忘れられない思い出を語る。


「我は人間族が作るパンが好きなのだよ。昔食べた白いパンが未だ忘れられぬ」


「……まさか! そのパンが美味しかっただけで人間族を守ろうとしているのか?」


「そのまさかだ。その白いパン一つが我の心を動かした。義理など、それだけで十分ではないか」


 もう歩くことも出来ないほど衰弱した魔王は、肌の上をドクドクと脈打つ呪いに顔を顰める。


 勇者は抜き身の剣を鞘に納めると、魔王の前に跪き、その手をそっと握った。


「何をしておる?」


「少し黙っていろ」


 小さな魔王の手を両手で包み込むように握った勇者は、覆いかぶせたまま器用に指を組み、祈りを捧げた。


 すると魔王の身体が白く光り、勇者と繋がった手を通じて呪いが移動し始めた。


「勇者よ、なにを――!」


聖女の力を併せ持つ勇者は、祈りの力によって魔王の呪いをすべて己の身に移し替えた。勇者もまた善の象徴として呪いに認められたのだ。


 全身を呪いに侵された勇者はその場に膝を着き、浸食してくる呪いを必死に抑え続けた。


「この呪いは、聖女の力で浄化できる。何十年かかるか分からんがな」


「なぜだ! それは我が地獄へと抱えて持っていくものだ、勝手に――」


「そろそろ休んではどうだ? 魔王」


 すっかり白い肌を取り戻し、久しぶりに自らの足で立ち上がった魔王の代わりに、玉座に座った勇者は腰の剣を外し、指を組んで祈りを始めた。


「もう休め、魔王。貴様は頑張りすぎだ」


「しかし、我が生きたところで仲間はもういない。何を糧にこの終末の世を生きろと言うのだ!」


「パンを食べに行けばいい。最近のパンは美味いぞ。もうここへは戻りたくなくなるくらいにな」


「そんなことを提案するために我の呪いを引き受けたというのか!」


 勇者の祈りがほんのわずかに呪いを浄化しているのが魔王の目に分かる。ただし、莫大な量の呪いを浄化するのに何十年かかるかは不明であり、勇者の命が尽きる方が早い可能性もあった。


「……ああ、なるほど、この呪いはそういうことなのか。呪いは完全に浄化した後、豊穣の奇跡へと変化する。だからこれほどに強力なのか」


 冷静に呪いを分析した勇者は、見た目はただの少女である魔王の頭を撫でた。


 憤っていた魔王は、そんな勇者の手を取って呪いを再び自身の身体へ移そうとしたが、祈りの力は強力で、魔法ではわずかばかりも呪いを移動させることはできなかった。


「魔王、貴様と再び約束を交わしたい」


「な、なにをだ?」


「おそらく、俺と貴様は相打ちによって死を遂げたと人間族には語り継がれるだろう。そして、今代の聖女である俺が死んだとなれば次の聖女が現れる。しかし俺はまだ死んでいない」


「まさか、我に聖女の代理をせよと申すか!」


 優しく微笑んだ勇者は、玉座に深く座りぐったりと背を付け、安静の態勢を取った。


「俺が呪いを浄化した後、貴様を迎えに行こう。それまで貴様は人間族を得意の魔法で騙し続けるのだ。容姿や出自、聖女の力さえ貴様の魔法ならば偽れるだろう? その代わり、好きなパンをいくらでも食べて俺を待つがよい」


「もし、そなたが我を迎えに来ることが叶わなければ?」


 うーん、と考えた勇者は、いたずらを思いついた子どものような笑みを浮かべ、冗談ぽく言った。


「その時は来世の俺が“君”を迎えに行こう。次の聖女が現れたら俺が死んだことが分かるし、君はこの玉座で待っていればいい」


「なんだ……それは!」


 魔王は怒りに任せて地面を踏み抜いた。パラパラと散らばる石の一つが勇者の足元に転がっていった。


「俺は君が抱えていた呪いの全てを引き受け、これを豊穣の奇跡へと変える。君は俺と代わり、人間族の聖女として繁栄をもたらす。何が不満かな?」


「それでは、我にしか利がない! そなたは残りの人生を捨てる気か? 我を討伐した報酬で悠々自適に暮らせるのではないのか!?」


「あー……確かにそれも悪くない。だが、それでは残りの人生に俺が惚れた女がいないな」


 魔王のことをちらりと見た勇者は、得意のウインクで魔王に好意を寄せていることをアピールした。


「なッ! そなたは女だろう」


「そうだよ。もし男に生まれていたら最初の出会いで思いをぶつけていただろうな。女だったおかげで聖女の力が使えたとはいえ、女同士の恋愛が禁止されているのは悔しかったな。そのせいで今日まで告白しそびれてしまった」


 眠気を催してきた勇者は、そろそろお別れだと魔王に告げた。


 起きているのもつらそうな勇者は、魔王へ最後に頼みがあると瞼を押し上げた。


「最後にさ、キスしてくれよ。そしたら頑張れるからさ」


「……ッ! この呪い程度に殺される軟弱者にする口づけなどない! 我に惚れたというのなら、命をかけて我を迎えに来い! そしたら、……してやる」


 素直になれない少女のように頬を赤く染めた魔王に、勇者は一人の女性として嬉しくなった。


「ははッ! 分かった。必ず迎えに行くからさ、君も最初のキスは俺のために取っておいてくれ」


「よかろう、約束しようではないか!」


 やけくそ気味に約束を交わした魔王は、勇者の組まれた手を両手で握って力強く頷くと、涙を見せないようさっと後ろを向いた。


「我は不老の魔王だ。そなたが祈りを続ける限り我は待ち続ける。だからそなたにはこの言葉を最後に送る。……また会おう」


「ああ、また会おう」


 飛び出した魔王は魔王城を抜け出し、荒廃した魔族領を駆け、涙の線を引きながら人間族領へ向かった。




 緑豊かな森の中に、蔦に覆われた城がひっそりと佇んでいた。


 腰に剣を下げた若い中性的な容姿の青年は隊からはぐれてしまい、食料を求めて森を彷徨っていたところ偶然発見した。


「これは、魔族領時代の建造物か?」


 水はなんとか川を見つけたが、食料が底を尽きそうなため、何かしら保存食がないかと入り口を目指す。


 剣で蔦を切って城へ足を踏み入れると、無人の城はどこか不気味な空気が漂っていた。


「食堂はどこだ? 大広間は……乾き切った血が付いているな、かつての勇者がここで戦ったのかもしれない」


 人間族が魔族領と統合して長らく時間が過ぎたが、未だ元魔族領は未踏破な土地が多い。統合前は荒廃した大地ばかりで、呪いの地とも呼ばれていたとはとても思えないほど緑が生い茂っている。


巨大な大地にふさわしい巨大な城は、しばらく探索するとやけに荘厳な扉が見つかった。


 青年が扉を開けようと触れた時、そこから“魔力”があふれていることに気付いた。


「魔力⁉ この先に誰かいる」


 剣を抜き、建付けが悪くなって開けようとすればどうしても大きな音の鳴る扉に舌打ちをしながらゆっくり侵入する。


 戦場であれば少し頭を出していただけなのに魔法で打ち抜かれることも珍しくない。即死してしまえば、いくら万能な聖女の祈りといえど治すことは出来ない。


 ポケットから手鏡を取り出しそれで内部を反射させて観察するが、青年の予想以上に内部は荒れ果てていて、とても誰かが住み着いている様子はない。中央に玉座らしきものが見えるため、ここは王の間か何かだろうと推察した。


 玉座に何か置いてあることに気付いた青年はそれを確かめるべく新呼吸を一つした。


 防御の魔法を発動していることを確認した青年は、そっと扉から顔を出す。


 魔法で攻撃されることはなかったが、警戒は怠らない。


「これは……人形か? やけに精巧な、少女型の人形?」


 広い王の間にコツコツと一人分の足音を響かせながら玉座に近づくと、玉座に鎮座していたのは簡素なワンピースを着た黒髪の人形で、両腕に、少女には似つかわしくない大きな剣を抱えていた。


「この剣、どこかで見たことがあるぞ。たしか本で……、そうだ、これは勇者の剣!」


 代々勇者に引き継がれ、魔王と相打ちになったと伝えられる最後の勇者と共に、行方不明となっていた勇者の剣が目の前にあった。青年は警戒を忘れ不用意に近づいた。


 剣の柄に手を伸ばし、握ったその時、人形が魔力を纏って動き出した。


「――ッ!?」


 黒髪を揺らし、開かれた瞼の奥から現れた黒い瞳に青年は驚いて一歩下がった。


 つややかな唇がそっと開かれると、少女の瞳からは人形ではありえない温かな涙が流れた。


「また、会ったな。そなたはいつも会いに来るのが遅いんだ」


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