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予定調和な異世界転生に喝采を

 少女が目を覚ました時、目の前の景色はすべてが真っ白だった。地も空も真っ白な世界の奥には輪郭だけの階段が果てなくどこまでも上へと続いている。


 ここは肌で温度を感じず、風もない。ただ少女にとっては極楽とも呼べる不思議な空間だった。


「……ここはどこ? なんで支えもないのに足で立てるの?」


「ここは天国への入り口じゃ」


 誰もいないと思っていた白い空間で後ろから誰かに話しかけられ、少女は驚いて飛び上がった。


 驚いて目を見開く少女の疑問に答えたのは、白髪に白いひげを立派に蓄えた一人の老人だった。白で統一された法衣を纏った老人は、唯一の“色”ともいえるこげ茶色の杖を突いていた。


「天国の入り口……、ということは私、死んだのね?」


 少女は瞼を伏せ、なぜ自らの足で立ってるのか理解したが、老人はわずかに口元を笑わせてから首を横に振った。


「そなたの頑張り次第じゃな。しかし、その努力もわずかな限りじゃ」


「じゃあ、手術は失敗する?」


 少女は幼少の頃から重い病気を患っていた。何度も大きな手術を繰り返し、継ぎ接ぎだらけの身体は余命一年と宣告されてからも懸命に命の鼓動を繰り返していた。


 今は夢の中であるからここにいるわけで、だからこそ、もう手遅れなのだろうと少女は肩を落として落胆した。


「いいや、手術は成功する。ワシが保証しよう」


 神のごとき予知を口にした老人は続ける。


「成功するが、そこから先は長くないのじゃ。近いうち家族に見守られながらまたここへ来るじゃろうて」


「そっか、もう私は外を歩けないんだね」


「…………」


 残酷な言葉はとても口に出来ず、老人は無言で答えた。しかし、少女にとっては自分で気付いてしまう方が残酷だったのかもしれない。老人から目を逸らすとわなわなと全身が震え出した。


 少女は余命差宣告を受けていながらも、自分が死ぬことを受け入れられていない。「そっか、そっか、私もうすぐ死ぬのかぁ」と目尻に涙を貯めながら悔しそうに同じ言葉を繰り返していた。


 遂には崩れるようにその場に座り込んでしまった。


「そなたは十分に頑張った。重体でありながら慈善活動に精を出し、病気を持った子等を励ました。おかげで救われた命は少なくない。そなたは天国の地を踏むに十分じゃ」


 少女はどうして自分はこんなにも不幸なのかと目の前の老人を憎んだ。しかし少女の心根はあまりにも優しい。決してこの老人のせいではない、と力強く立ち上がった。


 だいぶ気持ちが落ち着いた頃、少女は階段の続く先を見上げた。


「天国って本当にあるんだ。人は死んだら輪廻転生すると思っていた」


「輪廻転生も望めば可能じゃ。そして、ワシはそなたに提案がある」


「なに?」


「そなたの世界とは違う世界へ輪廻転生してみんか?」


「それって……漫画やラノベみたいな異世界転生ってこと?」


 病室で暇なときにいろんなマンガを読んでいたおかげで、少女は老人の突然の提案に付いていけた。それに少しは憧れていた異世界転生というものをちらつかせられて見事に食いついた。


「そうじゃ。そなたの魂はとてもきれいじゃ。これなら異世界でも清く正しい子の魂を引き継ぎ、順風満帆な人生を送れるじゃろう」


 これはとんとん拍子に話が進むだろうと確信した老人だが、以外にも少女の反応は芳しくなかった。


「それって……私が引き継ぐ魂の子って、今は生きているよね? ということは、私がその子に乗り移るから、その子の魂は消えるか私に吸収されちゃうんじゃない?」


 老人は杖を握りしめた。


「……そうじゃな。そなたの魂と結合し、二人分の記憶を持つようになるのじゃ」


 少女の疑問に老人は内心焦り始めた。心がきれいな少女が誰かに乗り移ろうとすることを良しとしないことは明白であり、早まったと後悔した。


「し、しかし、身体は健康で金銭面も問題ない。家族との仲も良好で婚約者もいる高位の令嬢じゃ。そなたが望むものはなんでも叶うはずじゃ」


「私は誰かを殺してまで生に執着したくないよ」


 老人の言葉の最後を遮るように、少女はきっぱりと告げた。


「むっ……、そうか。それは残念じゃ」


「本当はいいなって思うよ。学校に通ってみたいし、海も見てみたい。友達と恋愛話に花を咲かせて、ゲームで夜更かしだってしてみたい。好きな物を好きなだけ食べたいし、……あ、一度でいいからテレビで見た油マシマシのラーメンが食べてみたかった!」


 すべては叶わぬ夢だと理解していて、少女は誰かに望むように、日記帳に記した夢を思い出しながら語った。


 ぽろぽろと熱い涙を流しながら、どうせ死ぬならこの老人の話に乗ってもいいなと少女は考えたが、やはり誰かが生きている道に自分が踏み入れるのは間違っている、と考えは変わらなかった。


「その選択に後悔はしないか?」


「うん。やっぱりパパとママに感謝の言葉を伝えないと。長生きできない私のために何年も時間とお金を使ってくれたんだから。だから、あと少ししか生きられないとしても、懸命に生きてみるよ。最後にお別れも……ね」


「ならば、せめてもの詫びに、そなたと次に会うのはずっと先だと祈らせてもらおう。ワシは神様のような聖なる力は持ち合わせておらんが、まじない程度の奇跡を授けるとしようかの」


 老人は少女に近づき、痩せて骨ばった手を握ると静かに聖句を唱えた。


 少女には何が起きたのか、そもそも何かあったのか認知できていないが、どこか心が温かくなったような気がした。


「そなたの人生に幸あれ」


 老人のその言葉と共に少女の視界は歪み、真っ白な世界から真っ黒な世界へと変異した。身体はまったく動かず恐怖で不安が募るが、やっと動いた瞼を上げるとそこは見飽きたいつもの天井だった。


 まだ視界はぼんやりとしているし、息苦しくて耳も遠い。先ほどの場所はどこか気持ちがふわふわとしていたが、このベッドの上では重りを抱えていると感じるほどに全身がずっしりとしていた。


「おはよう。よく頑張ったね」


 少女の母親が覗き込むように視界に入ってくる。年齢以上に皺が増え、どこか疲れ切った顔をしているが、少女に見せる笑顔は本物であり、両親共に心から少女のことを愛している。


「パパはさっきお仕事に戻っちゃったわ。よく頑張ったなってずっと泣いていたわよ」


 手術ばかりでつらい日々だけど、少女にとって唯一嬉しいと思うのは、目を覚ました時に母親か父親がおはようと言ってくれることであり、二人は決して悲しそうな顔を娘に見せることはなかった。


 そんな両親が大好きな少女は、一緒にいられる時間を増やしたい、せめて自分が生きている限りは笑っていてもらいたい。そのためにこれまでもずっとつらいことに耐え、頑張ってきた。


夜、日記帳に書き綴られた一度は諦めた夢に触れながら、絶対に夢を叶えてやると、そう強く心に決めた。








 今日もまた一つ、新たに天国への階段を上ろうとする魂がやってきた。


「久しぶりじゃな」


 相変わらず目立つこげ茶色の杖を突いた白い老人が、牛歩の速度でやってきた魂に声をかけた。


 前にここで会った時とは違い、少女に身体はなく、炎のような青白い魂がゆらゆらと揺れるだけだった。


 魂に言葉を話せる口はなく、老人のあいさつに応えることはできないが、少女の魂は確かに返事をした。


「ご両親に別れの挨拶はできたのかい? ……そうかい、友達もできたようじゃの。それはよかったのじゃ」


 老人は魂の意思を読み取れる。魂のわずかなゆらぎから会話を成立させていた。


「ん? ああ、ワシがそなたにかけたおまじないのことかい? あれはそなたの強い意思に奇跡が最大限応えてくれるおまじないじゃ。そなたがもういいやと諦めていたら、再開の日はもっと早かったろうな」


 少女はあれから二年も命を燃やし続けた。リハビリの努力も奇跡が応え、車いすに乗りながらも学校の制服を着て文化祭に参加した。そこで仲良くなった友達と一緒に海を眺め、実らずだが男子に淡い片思いをした。


 その間にも何度か手術をして、痛みや薬の副作用と戦い続けた。


「そなたは……、幸せであったか?」


 魂が大きく揺らいだ。老人に近づいた少女の魂は皺だらけの手に触れ、頬ずりのように撫でた。


 少女の最後が老人の中に流れ込んでくる。痛くつらい病院生活の中で、幸せだった時間が老人の心を温かくさせた。


「もう、逝くんじゃな」


 そろそろ天国への階段を上ろうとする少女の魂を、老人は引き止める。


「待っておくれ。そなたが行く先はそちらではないのじゃ」


 老人は手のひらを上にしてかざすと、そこに小さな魂が現れた。それは風でも吹けば消えて無くなりそうな、まだ生まれて間もない魂だった。


「そなた、この子の代わりに生きてみんか?」


 老人が見せた魂は、母親の腹の中で亡くなってしまった哀れな赤ん坊の魂で、母親はまだ子が亡くなったことに気が付いていない。


「魂の蘇生は不可能じゃが、そなたをこの赤ん坊へ転生させることはできるのじゃ」


 かつて、少女は異世界転生をきっぱり拒否しているため、誰かを乗っ取ることになるその提案にも首を振ろうと思っていた。しかし、小さな魂が少女に近づいて取り込まれた。赤ん坊の強い意志が少女の魂と融合した。


「そうじゃ、その赤ん坊は母親に笑っていてほしいと願っているのじゃ。生きたいと、たとえ自分の意思がなくとも、そなたのようなきれいな心の者に代わりに生きてほしいと、そう願っているのじゃ」


 老人は転生先の家族構成や、健康状態を少女に伝えた。


 赤ん坊は生まれれば極めて健康体であり、家族にも愛される。頼りになる兄が二人いて、近所には同年代の子どもも多い。


 さらにその世界は魔法が発展していて、ケガや風邪は魔法で治癒することができる。非常に豊かな国であり、貧困に苦しむ層は極めて少ない。その他にも伝えられることは伝え、そこまでしてやっと少女は頷いた。


「そうか! 受け入れてくれるか。よかったのじゃ。その赤ん坊の代わりの魂はもうそなただと決めていたからの。断られたらワシは神様に怒られるところじゃった」


 そういえば、この老人は一体何者なのか、少女は気になった。


「ワシか? ワシはそなたのいうところの異世界の神様の父親じゃよ。息子に神の座を譲り、老後の小銭稼ぎではあるが、主に輪廻転生の手伝いをしておってな、理不尽に満足な人生を送れんかった者に新たに幸せな道を示すのがワシの仕事じゃ。こちらの世界の神様とは昔馴染みではあるがおっかなくてのぅ、怒らせたくないんじゃ」


 老人はワザとらしく肩を竦めて笑った。


 小さな赤ん坊の魂を取り込んでわずかに大きくなった少女の魂が老人の手のひらに乗った。これから異世界へと転生する。


「転生するにあたり聞かねばならんが、そなたの記憶はどうするか? 記憶を消し、新たな門出とするか、記憶を保持したままで知識無双というのを体感するか。ちなみに後者の方が若者には圧倒的に人気じゃ」


 少女はしばらく考えたのち、フルフルと揺らいで老人に答えた。


「うむ。そなたの意思を尊重しよう」


 老人の聖句が少女の魂を包み込み、異世界へ転生するための契約が交わされた。


「さあさ、あらゆる世界の神々よ。今ここに新たな道を歩まんとする者に喝采を。……心優しき者よ、そなたの活躍を期待しておるぞ」


 少女の魂は白い光に包まれ、あっという間に消えてしまった。


 こげ茶色の杖を支えに、老人はそっと空になった手を下ろした。


 無事に役目を終えたことにほっと息を漏らし、どこからか見ているであろうこの神々へ向けて一礼した。


 老人の仕事ぶりには、どこからともなく聞こえてくる万雷の拍手を持って応えられた。


「少女も、これだけの神々に見守られているのなら安心じゃな」


 老人は拍手が収まるのを待ち、やがてその場から姿を消した。







 ――神々にとってはわずかな時間ではあるが、十数年と時が経った頃、とある少女が「癒しの担い手」として国宝に並ぶ聖女の位を賜った。その力は多くの人々を救い、自国だけでなく、他国でも多くの人々から感謝されるようになる。


聖女として活躍しながらも学園に通い、そこでは多くの友に囲まれ、卒業後には最愛の人にも出会えた。やがて子宝にも恵まれ、これ以上ないほどの幸福を享受することとなる。


 聖女は他に、ふとした思い付きでいくつかの美味しい料理を創作した。本人は、これは神様の天啓だと語るが、たまに失敗作も生み出すお茶目なところもまた国民から愛されていた。


 そんな彼女が最近作り出した豚の背油の使い道は、いまだ見つかっていない。


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