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予定調和な裏切りに喝采を

「ねえ、君はどうしてここを守り続けているの?」


「そう命じられたからだ」


 少年の問いに、男は答えた。


 少年から問いかけられる同じ質問に、男は面倒くさがらず、淡々と答え続けた。


 少年は髪を後ろで一つに結んだ中世的な容姿で、女性のような長い髪とは逆に男物の服に身を包んでいる。本来学園に通っていなければないような幼さの残る歳で、しかし学園など気にせず高い防護柵と同じ高さの荘厳な造りの裏門へ毎日通っていた。


 そんな少年が面白がって会いに行く男は、時間いっぱいまで開かれた門の真ん中で微動だにせず門番として佇んでいた。


 この裏門にはほとんど人が来ることがなく、モンスターが攻めてくることも滅多にない。もし何かあれば報告できるよう最低限一人の騎士が配置されているだけの薄い門。誰も通すなと命じられた男の毎日の仕事がそれだった。


 男が守る門は平和なものだが、正門の方は多くの騎士が配置されている。正門からまっすぐ進んだ先にはモンスターゲートと呼ばれるモンスターを生み出すスポットがあり、それに対処するため多くの配置されていたのだ。


 この領地に冒険者協会はなく、最寄りの冒険者協会もかなり離れているため、このモンスターゲートから発生するモンスターは主に騎士たちが討伐していた。


 モンスターは人が多くいる方へ本能的に移動するため、正門には多くの騎士が交代で見張っていて、逆に裏門には人を少なくすることでモンスターを正門へと誘導していた。


「ここの防護柵って頑丈だよね。モンスターが来てから出て行っても問題ないんじゃない?」


「ここに立っているのが仕事だ」


「ちょっくらい外に出たところで心配いらないでしょ」


 男は少年が門の外に出ようとするのを拒む。決して誰も門を通らせるなと領主からの命令に従っていたからだ。


 城壁のように存在する領を囲う、見上げるほどに高い防護柵は、よじ登ることを許さない反りと有刺鉄線も設置されていて、モンスターがあふれる国では当たり前の措置ともいえた。


「誰も通らせるなって命令だけどさ、領主が不正に手を染めて裏門から監査に侵入されるのを恐れているからでしょう? むしろここを守らない方が君にとっては得なんじゃない?」


「ここを守れと命じられたまでだ。俺はそれを完遂する」


「絵に描いたような堅物だなぁ。そんなんじゃ結婚とかできないでしょ?」


「…………」


 男は何も答えなかった。それを肯定と受け取り、からかおうかと思った少年だが、面白い反応は返ってこないだろうなと思い、この日は家へ帰っていった。


 男は今日も一人、門を守り続けていた。




 次の日、また少年は朝からやってきて男に話しかけた。


「君はいつ眠っているんだい? 朝早い時間にやってきたつもりだけど、もうそこに立っているじゃないか」


「モンスターは夜には動かん。俺の朝が早すぎるだけだ。寝床ならすぐそこにあるし何かあれば気づける」


 男は門の外を見たまま答えた。


 男が寝床にしているのは騎士の宿舎室であり、門のすぐ横に小さな小屋が設置されている。


 食事、排泄、就寝時以外は門番として立っていて、水や食料は週に一度まとめて正門に配属されている騎士から運ばれてくる。


「ふーん。まあ、君がちゃんと人のように寝てることが分かってよかったよ。……おや、あれは珍しくお客さんじゃないかい?」


 少年が言う前に男は気付いていた。門の外に出た男は、外からやってきた者を止めた。


「止まれ! ここは誰一人通すことは出来ぬ。通りたくは王都発行の正規の通行証、もしくは領主の許可証を呈示せよ!」


 外からやってきたのは、小さな子どもと手を繋いだおんぼろな服装の女性だった。


「どうか、どうかあたしらを中に入れてください。もうずっと歩き続けて限界です。どうか、どうか」


「ならぬ! 引き返せ!」


 男は相手が女性だからと容赦はせず、ここは通さないと一点張り。女性はそれでも通してほしくて膝を突き、頭を下げた。


「なら、せめてこの子だけでも! 私のことはどうなっても構いません。ですから、どうか、どうか」


「ねえ、別に入れたっていいんじゃない? これだけ困っている人を突き返すとか、人の心ないよ」


「いや、ここを通すわけにはいかない」


「そんな! 私たちにはもう帰る家がないのです! モンスターから逃げながらやっと辿り着いたのです。それにこの子にはまだ未来があります。騎士様どうか、せめてこの子だけでもお助け下さい!」


 男は渋面を作ると女性を拒むように、腰に携えた剣を抜いた。


「ちょっと! 君はどこか人の心がないと思っていたけど、まさかそれでその女性たちを斬ろうというのかい! 引き返させるだけなら門を閉めればいいじゃないか!」


「…………」


 男は黙ったまま門扉に手をかけ、ズルズルと閉めていく。女性が泣いた顔で男に縋り付こうとしたが、剣で脅されあっけなく門を閉められてしまった。


 たとえ命令で誰も通すなと言われていたとしても、流石にこれは酷すぎるんじゃないかと苦言を呈する少年は、男の背中を叩いた。


「あの者は剣に脅えた」


「は? だからなんなの? あの親子はひどい目に逢いながらもここまで辿り着いたんだよ。救いがあったっていいじゃないか!」


 男は剣を仕舞うと宿舎に入り、ペンを手に取った。


 紙にすらすらと文字を綴り、封筒に入れて蝋で封をする。適当な紙袋に乾パンなど日持ちする食料を詰め込み、銅貨を一握りして、紙袋に入れて戻ってきた。


「君、何をするつもりだい?」


 門を少しだけ開け、外側へ出た男は、まだそこに座り込んでいた女性に紙袋を渡した。


「そこの道をまっすぐ行った先に商業用の馬車がよく通る。ここら辺にモンスターは滅多に出現しない。中に入っている手紙を見せれば隣の領まで運んでくれるだろう」


「また私たちに旅をしろと言うのですか! 薄情者!」


「……親子で生きろ」


 男は女性に背中を向け、門を閉じた。


 罵倒されたにも関わらず感情を顔に出すこともない男は、閉じた門扉に寄りかかり、女性がこの場を離れるのを待った。


「君が優しいのか人でなしのか分からないよ。命令とはいえさ、か弱い女性を追い返して、だけど助かるように食料と推薦状は書いてあげている。路銀も渡す。だったら子どもだけでも入れてもよかったんじゃない?」


「あの者は生きることを諦めていなかった。子どもの未来に親は必要だ」


「分かんないなぁ。だったら二人とも受け入れちゃえばいいのに。どうせ僕たちしか知らないんだからさ」


「…………」


 男は何も答えず、やがて誰もいなくなった頃合いで門扉を開いた。


「食べるもの何もないでしょ。明日持ってきてあげるから」


「……助かる」


 少年は「本当分かんないなぁ」と呟くと、お気に入りの脚の長い椅子からぴょんと飛び降り、街の中へ溶け込んでいった。


 男は今日も一人、街を守っていた。




 ある日、領内がざわついていた。


 領民の噂によれば、最近モンスターの発生が多く、モンスターゲートの活性周期も早まっているとのこと。この噂はすぐ少年の耳に入った。


「モンスター、こっちまで来るんじゃない?」


「その時は狩るだけだ」


「近いうちスタンピードがあるかもって、噂だね」


「うちの騎士は精鋭揃いだ。心配あるまい」


「精鋭って……、ここは君一人なんだよ? 君がやられたらモンスターが領内に入って来るんだよ」


「俺はここを守る。それだけだ」


 予想していた通りの返答に、少年は呆れて溜息を漏らした。


 しばらくすると、男の耳に無視できない足音が聞こえてきた。


 モンスターの群れからはぐれてきたのだろう一匹の大きなトカゲ型のモンスターが男の守る裏門へとやってきた。


「うわ、モンスターだ!」


 男はモンスターが現れたことに特に驚いた様子もなく、剣を抜く。


 門の外へ出た男は、モンスターが突っ込んできたところを最低限の動きで横に避け、無防備な腹を一刀両断した。


 斬られたモンスターは悲鳴のような高い声を上げ、砂のように崩れてなくなった。モンスターのコアとなる小さな赤い球が落ち、男が拾うとポケットにしまう。


「お小遣いになる?」


「ならん。欲しいならやる」


「僕もいらない。冒険者協会があればパン一つくらい買えたのにね」


「今日は門を閉める。おまえの面倒を見る余裕はないから帰れ」


「やだよ。ここを破られたらどうせ終わりなんだからどこにいようが関係ないよ。それに僕は僕の勝手でここにいる」


「……好きにしろ」


 そして、数日間で裏門に現れるモンスターの量は日に日に増えっていった。


 閉めた門の外側で男はモンスターを狩り、ひと月も経つ頃には少年が一日も男の姿を見ない日もあるほどにモンスターは勢いを増していた。


 少年はまだ陽も昇っていない朝早い時間に大量の荷物を持って裏門へやってきた。


 男がちょうど宿舎から顔を出したタイミングだった。


「おはよう。さっきスタンピードが起きたってさ。これから一気にモンスターが流れ込んでくるよ」


「そうか」


「そうかって、それだけ? ずっと休みなしで疲れているんじゃないかい? なんだったらここに応援を頼むことも視野に入れてもいいんじゃないか?」


「俺はここを守るだけだ」


「死ぬよ、君」


「構わん。それが俺の仕事だ。覚悟はできている」


 少年はあきれ顔で防刃服を男に渡す。なぜそのようなものを持っているのか男は疑問に思ったが、余計な詮索はせず、ありがたくそれを受け取った。


「君はどうせそう言うと思ったよ。だからいろいろ持ってきたんだ。水と食料、それと替えの剣を数本」


 ここまでされればさすがに男も少年の正体が気になってくる。


「……おまえは何者だ? なぜそこまで俺に構う」


「僕が何者かなんて今はどうでもいいじゃないか。僕が君に構うのはただの暇つぶし。君だって一人でここに突っ立っているのは暇だっただろ」


 少年は持ってきたカバンから男の手助けとなる物を続々と取り出して説明する。


 剣の予備は男が使っているものと同じ剣のため男が持っても違和感がなく、食料も一口で食べきれる高カロリーの栄養食。容器を押しつぶせば水が飛び出す仕掛けの水筒に、動きを阻害しない防刃服。どれも高額な支援物資故に、不愛想な男でも驚きを隠せずにはいられなかった。


「はは! 君の驚いた顔、初めて見たよ。その顔が見られただけでもこれらを持ってきた甲斐があったってものだ。これで僕は後ろで脚組んで君のことを応援できるわけだ」


「たしかに驚いた。だけどおまえは家族の元へ帰れ」


「前にも言ったけど、君がここを守れなければ何もかも終わりなんだからどこにいても変わらないよ。他の騎士は正門で手一杯のようだし、僕は君を信じてここで待つとするよ」


 少年が冗談で口にしていないことは、男が少年の目を見て確かめた。持ってきた装備や食料はここを理不尽に追い返されないための保険だったのだろう。


 遠くからモンスターの足音が聞こえる。時間はない。男は食料の入ったカバンを手に取り門へと向かった。


「好きにしろ」


「うん! 好きにする!」


 少年が見守る中、男は一人、今日も門を守るため戦いに赴いた。




 スタンピードが収まったのは三日後のことだった。


 モンスターが普段は活動しない夜の時間も気が抜けず、たった一人で戦い続けた男が倒れているのを見つけたのは、正門の騎士だった。


 この騎士は男と旧知の仲であり、最後まで裏門へ応援を送るよう上層部へ訴えかけていた。スタンピードが収まり、すぐに駆け付けた騎士が門の傍で祈り続けていた少年を見つけ、慌てて門の外へと飛び出したのだった。


 少年が用意してくれた装備のおかげで致命傷は回避し、血を流しすぎたことによる貧血で倒れていた。しばらく入院の後、問題なく剣が触れるようになった段階で勝手に病室を抜け出した男は、何事もなかったかのように門の前に立っていた。


 お見舞いに来たのにいつのまにかいなくなっている男を探しに、非番だった騎士が裏門にやってきた。


「いやー、あの時は大変だったんだぞ? 満身創痍のあんたを治療院へ運び込むのは大変だったんだからな」


 騎士が念を押すように男に言った。


「世話になったな。今度何かおごらせてもらう」


「奢るっつっても、あんたはここから離れるつもりないだろうが。せっかくこんな所から離れられるってのに拒否しやがって」


「……俺にはここでの仕事が性に合っている」


 男はかつて、自分の信念を貫いて上層部に逆らった結果、左遷とも言える裏門へと配属された。この裏門はかつて、領主に裏切りを働いた者が城外へ捨てられるための出口であったため、『裏切りの門』とも呼ばれていた。しかし今回のスタンピードでの男の活躍や功績は無視できないものであり、本部への配属を提案されたが、男はそれを断った。


「まあいい。何を言ったところであんたは何かを変える気がしねえ。でも次にスタンピードがあったときはこっちに応援出してくれるってさ。というか上層部はこっちにまでモンスターが来るとは思っていなかったんだとよ、少し考えりゃ分かる事だってのに」


 男は裏門から離れないため、正門の騎士たちのような報告は行っていない。もちろん何かあればすぐ伝える必要はあるが、男にとってその何かとは門を守れなかった時だけである。


「そういや、門の所で祈っていた子はなんなんだ? 髪が長いから女かと思ったけど服は男だったな。……どっちでもいいけど、いつの間にかいなくなっていたからさ」


「……さあな」


「さあなって、あんたさ、あんなに祈ってくれた子が心配じゃないの?」


「無事を祈ってくれたんだ。感謝はしている」


 少年はスタンピード以降、裏門へ来ることはなくなった。普段はどこに住んでいるのかにいるのか、男は知らない。


「お、おう、そうか。やっぱりあんたの口から素直な言葉を聞くとむずむずするな」


 騎士は懐中時計を取り出しまだ時間があることを確認した。


「一応確認しておきたいことがあるんだが、あんたがここに戻ってきてから誰か門から出て行ったか?」


「いや、誰も来ていないが」


「そうか、ならいい。今な? この領は通行証があっても国が認めた商人以外は出入りできないようになったんだ」


 一日二日遅れて話がやってくる男にとって、たまに遊びに来る騎士は貴重な情報源である。


「なんでも今回のスタンピードでいろいろボロが見つかってさ、流石に怪しいってことで王都の方から強制監査が入った結果、出るわ出るわ不正の山。しかも近いうちに人身売買にまで手を付けようって資料まで見つかったわけでさ。領主様は貴族位剥奪のちに王都で処刑らしいぞ。親族もどっか飛ばされるか修道院に連れていかれたよ」


「終わった話なら通行規制をかける理由はなんだ?」


「なんでも領主の一人息子が行方不明なんだとよ。そんなやついたのかって話なんだけど、領主はいるって言うし、秘書とか領主と親しかったわずかな人物も隠し子がいるって明言してんだよ」


 親族はたとえ隠し子であっても例外はなしと判断され、今は領内を多くの騎士が巡回してそれらしい男児を探し回っている。


「今は命令違反に盗みまでして逃げ回っているらしい。『決して外へは逃がすな。国家命令に違反した者には命を持って罰を与える』だってさ。国の命とはいえ物騒だよな。逆らえないけど」


 もし見かけたら報告してほしいと騎士は男に伝え、「そろそろデートの時間だから、じゃあな」と軽快な足取りで去って行った。


 男は騎士の言葉を命令と捉え、門に立ちながらいつも通り番をする。


 そんな男の前に、いつもとは様子の違う少年が姿を現した。


 少年の服には土が付いていて、髪もぼさぼさ。男が最後に見た時よりも明らかにやせている様子だった。


「怪我は大丈夫なの?」


 少年が問うと、男はいつもと変わらず答えた。


「もう治った」


「そっか、それならよかった」


 少年は薄汚れた小さなカバンを一つだけ持っていた。取り出した小さなパンをかじり、どこで汲んだかも分からない少々汚れが気になる水を一口飲んだ。


「ねえ君、僕に感謝しているって本当?」


「盗み聞きしていたのか」


「質問に答えて」


「ああ、感謝している。おまえが用意してくれた装備と食料のおかげで、こうして生きながらえている」


 少年は男の言葉をしっかり聞き届けると、小さなカバンから肉厚のナイフを取り出した。


 鞘に納められたナイフの鞘の方を持った少年は男に近づいて渡した。


「ねえ、本当に感謝しているというなら、僕のお願いを聞いてよ」


「…………」


「僕を殺して」


「なぜだ?」


「君は分かっているんじゃない? 僕が領主の子であることくらい」


「…………」


 男は黙ってナイフを鞘から外した。まだ一度も使われていないだろう曇りのない鏡面が不愛想な男の顔を映した。


 実用性のあるナイフが一度の使われていなさそうであり、騎士から聞いた話と合わせて、このナイフもおそらく盗品なのだろうと男は察した。


「この領にいれば僕は殺される。でもこの領から逃げる術はない」


「だから俺に殺されたいと?」


「君なら信用できる。騎士に捕まれば無意味な拷問にかけられるし、浮浪者に捕まろうものなら碌な目に逢わないからね」


 門を守り続ける男が少年をこの門から逃げすはずはないと、少年はよく理解していた。騎士に捕まって大衆の中で殺されるくらいなら、男にきれいに殺されることを少年は望んだ。


「今先ほどパンをかじった君は、まだ生きたいと願っている」


「そうだよ。生きたいに決まっているじゃん。貴族位を剥奪された家の子どもってだけで馬鹿にされるのに、帰る家もなければ頼れる人もいない。本当は学園で友達と一緒に遊びたかったし、子どもらしく笑いたかった! でも、僕が隠し子だからって理由で、父上のせいで、それは最後まで叶わなかったんだ。僕には君だけが救いなんだよ」


 少年は泣いていた。もう逃げるのにも疲れたと、最後だとは思えないほど皮肉に笑いながら、両手を広げてナイフを受け入れる覚悟を見せた。


「僕は君に殺されたい。僕の願いを叶えてくれ」


 男はナイフと少年を交互に見比べ葛藤する。騎士となるために罪人の首を撥ねたこともある男に初めて躊躇いが生まれた。本当に少年を刺してしまってよいのだろうかと。


「君は優しいね。僕は君に何度も酷い事を言ったし、いろんなことを隠していた。それでも躊躇ってくれる。……前に女性がやってきて食料だけ渡して返したことがあったでしょ? あれ、君なりの優しさだったんだね」


 男は首を横に振る。


「仕事を全うしたまでだ」


「この領にいて未来はない。領主の不正に、よそ者は排斥される傾向にあるこの国で移民が生きるのは難しい。それに比べ隣の領は領主が誠実で移民も受け入れている。君はモンスターがほぼ出てこない道を教えてそちらへ誘導したんだよ。わざわざ三日分の食料に推薦状の手紙も添えてさ」


「…………」


 男は黙った。


「だからさ。僕にも優しくしてよ。君の手で僕を安らかに眠らせてくれ」


「……分かった。俺はおまえの願いを叶える」


 ナイフをぎゅっと握りしめた男は少年へ近づき、そして――。


「さよならだ。領主の息子よ」


「ありがとう、門番の騎士様」


 男は血に染まったナイフを手に、門に立ち尽くした。




 翌日、男の旧知の仲である騎士が、他の騎士二人を連れて男の元へやって来た。


 男は変わらず門の前に立っていて、騎士たちが来るのを待っていた。


「報告は聞いた。領主の息子を殺したらしいな」


「ああ。間違いなく。生け捕りがよかったか?」


「いや。……薄情とは言わん。命令だしな。遺体は?」


「蛆が湧きそうだったから燃やして埋めた。確認してもらって構わない」


「ああ、どこに埋めたかだけ教えてくれ。……それと、あんた、その腕の包帯はどうした?」


「燃やした時にやけどした」


「おまえが? そりゃ、珍しいこともあったもんだ」


 軽口を叩きながら、騎士は二人の騎士を連れて男が埋葬したという場所へと案内する。そこは門を出たすぐ傍にあって、墓はスタンピードでモンスターを倒した際に落とした大量の赤い球を砕いて糊で固めただけの粗い作りのものだった。


 十字架には名前が刻まれていて、その者に恨みはなかった騎士たちが揃って黙祷を捧げた。


「……何かこの墓の主が領主の息子であった証拠はあるか?」


「そこの遺体を燃やした跡の近くに持ち物と衣服の切れ端がある。確認してくれ」


 騎士が二人に命令すると、すぐに検証が行われ、少年が着ていたという情報の服と一致した。


 それ以外にも少年が持ち歩いていた物などを検証し、男がタオルに包んだナイフと刺した場所にはかなりの血液が散らばっていたことが決定づけた。


「ここは掃除中だ、雨でも降れば早い話だが。それとそのナイフは盗まれた店の店主にでも聞けばいい」


「そうするとしよう。上層部にも報告しておく」


 ナイフを仕舞った騎士は、あたりを見渡して、小さな宿舎を見つめた。


「次の領主が来たときの叙勲式で何もいらないなんて言うなよ? せめてその小屋をランクアップさせてもらえ」


「そうだな。少々手狭になったことだし。ちょうどいい」


「お? 何かいい物でも買ったのか?」


「いや、気にしないでくれ」


 男は騎士から顔をそらすと、珍しく口元を綻ばせた。しかしそれを騎士には決して見せない。


「そうか? まあいいや。二つも功績上げたんだから、“あっち”戻ってもっと楽してもいいのに」


「俺は……裏切りの騎士だからな。ここでいいんだ」


「裏切りって、それはここに来る前に上に逆らったからだろ? 今はそれも許されてんだからさ」


 男の背中を騎士は乱暴に叩く。


 証拠品集めが終わった二人の騎士が戻ってくると同時に、街の方からエプロンドレスのかわいらしい少女がやって来た。


「おや、もしかしてあんたのファンか? 前に門の所で祈っていたのはお嬢ちゃんかい?」


「ごきげんよう。騎士様方」


 少女はあいさつをすると籠を手に宿舎の方へ向かっていった。


 あれは差し入れをしてくれる心優しい少女だと男が紹介すると、騎士三人が目を丸くして固まった。


「あんたが裏門を離れたがらない理由がこれか? あんたも隅に置けねえなぁ。幼な妻じゃねえか」


「そんなんじゃない。歳の差いくつあると思ってんだ」


「ファンだろうが幼な妻だろうが、大切にしろよ。叙勲式にしろ結婚式にしろ、俺たちは拍手喝采で祝ってやるからな」


 騎士はもう一度男の背中をバシバシと叩いて部下を連れて帰って行った。


 騎士たちの姿が見えなくなったのを確認した少女がひょこっと扉から顔を出す。手にはサンドイッチが乗せられた皿を持っていて、盛り付けのために宿舎に入っていた。


「結局、私はあなたと、嫌われていると思っていたお父様に救われたのかしら?」


「さあな。おまえのことを最初に息子だなんていいふらしたのは誰だったか。賭けではあっただろうが、いずれ見つかっただろう子に先手を投じた者にはお見事と言わざるを得ないな。確かに領主の息子は死んだことに違いはない」


「そういえば、いつから私が女の子だって気づいていたの?」


「そもそもおまえは女だろ? 男だと思った事はない」


 男の元へ通っていた少年は女の子であり、いつも男装をしていた。声も意図的に低くして話していたが、素の声は鮮やかな花を彷彿とさせるほど可愛らしいものだった。髪もまとめていたものを外せばふわりと広がり、少女であることを当たり前としていれば誰もあの少年と同じ人物とは気づけないだろう。


「まあ! ではあの騎士様のことは元から裏切るつもりだったのね!」


「最終的には裏切った形になったが、俺が命じられたのは領主の息子を逃げすな、だ。娘を助けようが命令違反にはならない」


「……なんか、君、柔らかくなったね。前はそんな話さなかったでしょう?」


「たしかにそうかもな」


 そういやそうだなと男は自分で納得した。まだ堅物である自覚はあるが、初めて自分で考えた屁理屈を人に伝えたことに自分で驚いていた。


 少女に差し出されたサンドイッチを拒まず口にする。マスタードの利いたハムが多めのサンドイッチに思わず唸った。


「美味い」


「ありがと」


以前の男なら仕事中の間食はダメと決して受け取りはしなかった。


「この宿舎が広くなるのでしたらぜひキッチンを設けてね? もう乾パンみたいな質素な食事はさせないから」


「それは……楽しみだな。というか、盗み聞きしていたようだな」


「あら? なんのことでしょうか?」


 もう明日はないと思っていた“少年”に笑顔があふれた。


 “裏切りの門番”に守るべきものが一つ増えた。


 男と少女は二人、今日も大切な物を守り続ける。

一区切りです。

また書き終わったら投稿します。

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