予定調和な非日常に喝采を
カンカン照りの夏真っ盛り、海沿いの堤防の上を歩く友達の由美が突然魔力を開放した。
「あー! もう我慢できない!」
「うわッ、なによ急に」
由美は魔力で自身を強化し、見事な二回転宙返りを決めて私の隣に降りてきた。その際制服のスカートも見事に裏返り、布面積少なめの白い下着ががっつり視界に入る。
「ねえ楓! あたしさ、ここ最近非日常ってやつに憧れていたんだけど、ぜんっぜん! 楽しくない!」
「だから、急にどうした? それとスカート直せ、丸見えだ」
「おっと失敬」
由美は私の幼馴染で、クラスでは私と違ってすごく明るい性格だ。陸上部の彼女は日に焼けた小麦色の肌にボーイッシュな髪型と性格で男子受けがよく、先輩後輩問わず何度も告白されている。私とは家が近所で、今日は互いに部活動が休みということで一緒に下校していた。
彼女と違って喪女まっしぐらの私は基本室内に籠っているし、日焼け止めを過信せず日傘も絶対に忘れない。由美と違って紫外線は天敵だと思っているから肌は焼けていない。
「魔法ってあるじゃん?」
「そりゃあるね、今使っていたし」
「どこ行っても魔法が当たり前でさ、魔法の専門学校まであるわけじゃん? 車は宙に浮くものだし、ケガをすれば治癒力を上げて回復を早める。この前ニュースで見たんだけど、テレポートの実験が海外で行われたとか!」
私に何を求めているのかいまいちピンとこないが、何か結論があるのだろう。
「それで? 由美の憧れる非日常と何が関係あるの?」
由美はよくぞ聞いてくれましたとばかりに胸を張る。
由美は身体強化をしていた魔法を解き、意識してなのか完全に魔力の気配を消した。人は自然体にしていれば魔力が全身をめぐり、わずかに身体の能力を向上させてくれる。
魔力の循環を止めたということは、由美は完全に人の力だけでこの場に立っていることになる。
「止めなよ。最低限の魔力回しておかないと事故に逢った時に大変だよ」
この状態で怪我でもしようものなら回復まで数日もかかる。それまで苦痛と付き合うなんてまっぴらごめんだ。
「人が人の力だけで生きる人生を非日常と呼ぶ!」
「は? 何言ってんのこいつ」
「まあ事故は怖いから魔力は巡らせていたけど、あたしは四日間の間、授業や生活で魔法に一切頼っていませんでした! そのため成績が落ちそうで心配だ!」
そういや最近元気が何割か落ちていたなと思っていたが、どうやら省エネモードで生きていたらしい。正直バカじゃね? としか思えない。
でもその元気が落ちていたのは五日前だった気がする。何かあったのか聞くと由美はしゅんと肩を落とした。
「一日目は体育のバスケで突き指して、痛くて辛かったから魔法解禁した」
「そこは自然治癒に任せないんかい! 動きは派手なくせに相変わらず痛いのは弱いままか」
「でも痛いのは嫌だもん」
由美が右手の人差し指を抑えて口を尖らせた。こういうことはいつまでも子どもっぽくて可愛らしい。
「でも、五日間過ごして思った事があります! それは、非現実的なことは現実では味わえないということ!」
そりゃ現実なんだから当然だろという突っ込みはあえてせず受け流す。
「まあ、滅多に見られる事はないね。非現実が頻繁に起こっても困るでしょ」
「というわけで、あたしはこれから推理小説を書くことにしました! どんどんぱふぱふ!」
「……うん、がんばれ」
「適当に流さないで!」
由美の頭の中はどうなっているのか幼馴染でありながら理解が追い付かない。非現実的なことが好きなのは幼少の頃から知っていたが、なにをどうして推理小説に辿り着いたのやら。まあ前にUFO探すと言って深海へ素潜りしようとした時よりはマシだけど。
「この世に魔法がある限り、推理ってのはどうしても大味になる……らしい。なんせ証拠は魔法で消せるけど、その魔力の残滓で簡単に犯人を特定できるから……らしい」
あ、こいつなんかで読んだやつそのまま口にしているな? 思い出せなくなってスマホで記事を探し出したぞ。
「そのせいで魔法が登場する推理小説は現実的過ぎてつまらないっていうのが現代の評価らしく、推理小説には魔法を登場させないのがルールなんだとか」
「それで、非現実的な妄想を形にしたいから推理小説を書きたいと?」
「ざっつらいと!」
サムズアップついでにウインクした由美は、魔法でパーン! と小さな花火を背後に投影した。
ちなみに歩行者や運転手の意識を阻害するような不必要な魔法は立派な違反行為であり、学生でも刑罰の対象だ。最悪私も巻き添えになるから瞬時に打ち消させてもらった。
近くに警察がいなくてよかったと安心したが、由美は悪びれる様子はなく、駄菓子屋が近くに見えるとスキップしながら入っていき、店主のおばあちゃんに支払いを済ませてソーダアイスを二本買ってきた。一本を私に渡してくる。欲しいでしょという態度がちょっとむかつく。
「許されると思うなよ?」
「なんの話?」
私が財布から小銭を取り出して弾いて渡すと、由美は片手で格好良く掴んでポケットに入れた。
あまり下校時の買い食いはよろしくないが、流石にこれで補導されることはない。
しばらくアイスを食べることに集中し、先に食べ終わった由美がハズレと書かれたアイスの棒をゴミ箱へ投げ入れた。外れかけたのを風の魔法で無理やり押し込む。
「昨日の夜に原稿用紙を用意してペンを持っていざ推理小説を書こうと思ったんだけどさ、あたしにはトリックというのがよく分からなくて諦めたんだよね」
「じゃあなんで私にこの話をした! こちとら文芸部だぞ、推理とかトリックについて相談したいのかと思っていた私がバカじゃん! そもそも推理小説なんて読んだことないだろうが」
由美の家にある本と言えばスポーツ系の雑誌ばかりだ。そもそも小説なんか一冊もない。
初期の行動力だけはあるから由美の部屋はガラクタが多い。そんな由美はわざわざ魔法で頭上にひらめいたときによく見る電球を投影して人差し指を立てた。ちなみにこれもアウトだ。すぐに消す。
「楓よ、そこで逆転の発想さ! 推理小説に非現実が詰め込まれているというのではなく、あたしたちが生きている現実が、そもそも非現実であるのだと!」
「…………何言ってんの? あと余計な魔法を使うな」
そろそろこいつの頭を斜めから殴ってやろうかと思ったが、食べ終わったアイスに『当たり』と書かれていたため勘弁してやる。
背の高い堤防が途切れてビーチが見えてくると、目の前を海水浴客らしきサーファーが仲間を引き連れて通り過ぎて行った。
「そもそもさ、この世には科学っていう便利なものがあるのに、魔法もあることがおかしいって考えれば、あたしは非現実の真っただ中にいると思わないかい、楓? この天才的な発想には全人類感動して拍手喝采のスタンディングオベーションだよ!」
「この程度で拍手なんかもらえるかという突っ込みはともかく、世の中には魔法をうまく扱えない人もいるからね。最悪、人は魔法がなくても生きていけるとは思うよ。怪我や病気のことを考えると魔法がない人生は考えられないけどね」
生まれた時から魔法は身体の一部のようなもので、魔力の保有量に個人差はあるが日常で当たり前のように使うし、学校では必修科目だ。幼稚園でもお遊戯で魔法を使うのだから、魔法がない世界というのがあまり想像できないのもおかしな話ではない。
「あたしはこれから魔法を使うたびに、非現実を味わっているんだって思うことにするよ」
「そう思うのは勝手だけど、別に魔法があるかないかで現実、非現実を決めなくてもよくない?」
「じゃあ、楓は非現実なことを日常で味わえるの?」
別にそこまで日常に刺激は求めてないんだけどな。
「ベクトルは変わるけどね。うちの学校って、とてもじゃないけど都会とは言えない場所にある普通科の県立高校じゃない? だけどなぜかテレビで人気だった元子役が三人、現役の雑誌モデルが五人、シンガーソングライターが二人も在籍しているんだよ。おかしいよね? 芸能科でもないのに」
「…………」
「あ、非現実で思い出したけど、クラスメイトの高科君が科学分野で賞をとったの海外で高く評価されて、今度飛び級で留学だってさ」
「……もう、この話は止めよっか」
私はカバンから一枚のプリントを取り出して由美に渡した。
「高科君の激励会……、開催場所、体育館……」
「由美は部活の大会で公欠だったからまだ知らなかったと思うけど、今度の土曜日開催だから参加しなさいよ」
ぶっちゃけ魔法とかどうでもよくて、自分の周りに非日常がうようよしているのだからこっちの方が好奇心は湧くというものだ。
「どう? 由美の求めた非日常は魔法にある?」
「……海、泳ごうかな」
逃げたな。
「じゃあ、後で集合ね。日焼けしたくないから日焼け止め塗らないと」
「たまには焼いたら?」
「いやよ。私が焼いたってなんの魅力も増さないじゃない」
「そうかな? まあ、魔法がない人生より、真っ黒になった楓の姿の方が考えられないかも。じゃあまた後でね」
由美は水着だけでなくボールや浮き輪など全力で遊ぶ準備をするため先に帰った。
「さてと、お父さんのパラソルでも借りようかな」
……オチ? そんなものないよ。非日常を求めるお話のオチなんて「そんなものありませんでした~」がいい落としどころじゃない?
それでも何か非日常らしいオチが欲しい? 我が儘だな。……お? あんなところにちょうどよさそうなことやろうとしている人たちがいる。
ビーチの端の方、昼間っからお酒を飲んで泥酔しているのか足取りが怪しいお兄さん方四名が、花火を一か所に集めて火をつけようとしていた。流石に花火を何個も一カ所に集めて火を付けようとする日常を現実的だとは思わない。
近くで車の誘導をしていたアルバイトの兄さんに声をかけて現場を指させば、血相を変えて飛んでいく。……が、あれは間に合いそうにないな。
――ドーーン!
「たーまや~」
見事に周囲を巻き込んだ爆発は元が花火なだけあって実にカラフルだ。これには思わず掛け声を送ってしまった。
「爆発オチなんてサイテー! ……つってね」