フィルムが暴く断片
凪の言動と、ユイの指摘。そして、島に漂う不穏な空気。それらが、俺の中で無視できない疑念へと変わっていった。俺は、あの古いフィルムカメラを手に、能動的に島の秘密を探り始めた。ユイも、持ち前の正義感と好奇心から、俺の調査に協力してくれることになった。彼女は、自分の無力感を打ち破るためにも、何か行動を起こしたかったのかもしれない。「二人なら、何か見つけられるかもしれない」彼女は自分に言い聞かせるように言った。
「まずは、あのシズさんって人について調べてみない?」
ユイが提案した。「あの人、絶対何か知ってる。いや、何かを企んでる。あの目、普通じゃないよ」
「で、でも、どうやって…し、島の人、誰も話してくれないし…」吃りながら答えるのが精一杯だった。
「島の古老とかに話を聞いてみるとか。あと、古い記録が残ってないかな?役場とか、神社の宮司さんとか。ダメ元でもいいから、あたってみようよ」
俺たちは、島の片隅にある、半分忘れられたような郷土資料館の建物を訪れた。そこには、汐凪島の歴史に関するわずかな資料が、埃とカビの匂いと共に保管されていた。古びた写真、漁業に関する記録、そして、島の伝承について書かれた数冊の本。管理人も不在で、鍵のかかっていない扉を開けて、勝手に入って見ることができた。薄暗い室内には、時間の止まったような空気が漂っていた。
その中に、俺たちの目を引く記述があった。黄ばんだ和紙に、虫食いの跡もある古い巻物だ。震える指で紐解くと、墨で書かれた達筆な文字が現れた。
『汐凪島には古来より、荒ぶる海の神を鎮め、厄災を祓うための儀式あり。潮見の血筋より、穢れを知らぬ娘を選び、「凪ぎ巫女」と称す。凪ぎ巫女は、その清浄なる身をもって神慮を和らげ、島の豊穣と安寧を祈る役目を負う。その身には常人にはなき霊力が宿るとされ、島民は畏敬の念を以てこれに仕えるべし…』
「凪ぎ巫女…」
俺は息を飲んだ。凪の名前は、ここから取られたのだろうか?特定の家系。潮見家は、まさにその家系なのではないか?
さらにページをめくると、背筋が凍るような記述が目に飛び込んできた。
『…旱魃、疫病、或いは大時化続く時、神の怒り甚だしとす。この時、凪ぎ巫女は己が身を捧げ、神の心を鎮めるべし。儀式は月なき夜、岬の断崖にて執り行われる。その仔細、固く秘すべし…』
人身御供。その悍ましい言葉が、脳内で警鐘のように鳴り響いた。まさか、そんなことが…。現代に?
「これって…嘘でしょ?凪ちゃんが…そんな…生贄にされるってこと…?」
ユイの声が震えている。顔面は蒼白だった。彼女は巻物から目を離せずにいた。
俺たちは、さらに調査を進めた。島の古老に話を聞こうとしたが、皆一様に口が重く、因習については「昔の話だ」「今はそんなことはない」と繰り返すばかりだった。しかし、その目には、何かを隠そうとする怯えのような色が浮かんでいた。中には、「凪ぎ巫女様のことは、軽々しく口にするもんじゃない。祟りがあるぞ」と、俺たちを本気で諌める者もいた。彼らにとって、それは過去の迷信ではなく、今も息づく現実なのだ。
決定的な手がかりは、思わぬところから見つかった。
俺が撮り溜めていたフィルム。その中に、夜、神社の森で見た松明の人影を捉えた一枚があった。現像してルーペでよく見ると、人影の中に、シズの姿がはっきりと写っていたのだ。そして、その手には、凪の部屋にあったものと酷似した、魚の骨を組み合わせたような奇妙な形のお守りが握られていた。松明の炎に照らされたその顔は、厳粛でありながら、どこか狂気を帯びていた。
さらに、別のフィルムには、縁側で物思いにふける凪の横顔が写っていた。光と影のコントラストが強い一枚だ。その表情は、普段の儚げな凪とは違い、何か強い決意、あるいは絶望を秘めたような、硬質な光を宿していた。それは、シズと話していた時の凪の表情と重なった。あの時、彼女は何を思い、何に耐えていたのだろう。ファインダー越しに見た彼女の真意を、俺は捉えきれていなかった。
フィルムは、言葉以上に雄弁に真実の断片を語っていた。
凪は、自分が「凪ぎ巫女」の家系であることを知っている。そして、シズを中心とした島の一部の人々が、今もその因習を信じ、凪に何らかの役割を強いようとしているのではないか?
「シズさん、凪ちゃんに何をさせようとしてるんだろう…身を捧げるって、まさか…殺されちゃうんじゃ…」
ユイが不安そうに呟く。その声は、か細く震え、今にも消え入りそうだった。
その時、俺の脳裏に、凪の病弱な姿が浮かんだ。先天性の心臓病。もしかしたら、その病ですら、因習と結び付けられているのではないか?「穢れなき身」である凪ぎ巫女が、病によって「穢れた」と見なされ、それを祓うための儀式が必要だと考えられている…?あるいは、凪の命そのものを、島の安寧のための「生贄」として捧げようとしている…?
考えれば考えるほど、恐ろしい可能性が頭をもたげる。島の狂気は、俺たちの想像をはるかに超えているのかもしれない。じっとりとした汗が背中を伝った。
ホラー成分が増してきました