嫁、誕生 3
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研究室内では、研一が自身の『嫁』が入れられているカプセルの周囲に配置されている装置類の『最後の調整』を行っていた。
そして装置類の準備が全て整うと、研一は三脚にセットされているハンディカムデジタルビデオカメラの録画スイッチを押し、実験の記録を開始した。
「………『理想のお嫁ちゃん』製造実験、第10回。長年の研究と努力の積み重ねにより、ようやく私の『お嫁ちゃん』、正確には『お嫁ちゃんの肉体』の培養並びに合成に成功。ほぼ20代程の外見年齢まで成長させられた」
研一は慣れた様子でビデオカメラに語りかけながら、カプセル内に浮かぶ自身の『嫁』の肉体を写す。
『意識の無い全裸の女性をなめ回す様にカメラで撮影する』、というのは少し犯罪的な気がしないでもないが、今撮影しているのは『18禁のアダルトビデオ』などではなく、あくまでも『科学実験の記録映像』である。
『後々の再検証や自分以外の研究者の為に、実験の記録は詳細にかつ正確に残さなければいけない』……というのが、研一のポリシーの一つでもあるのだ。
「しかし、肉体が完成して終わりではない。お嫁ちゃんは培養カプセルで眠り続け、目覚める兆候も無い………というより、このお嫁ちゃんの肉体には『まだ命が宿っていない』と言った方が正しいだろう。その証拠に、このお嫁ちゃんの肉体からは生命活動の反応が一切感知できていないのだ」
続いて研一は、『嫁』の肉体が入っているカプセルの周囲に配置されている脳波計と心電図を映す。
双方ともに、何の反応も記録していないのがカメラ越しからでも判別できた。
「そこで私は、『原点』に立ち返る事にした。この『理想のお嫁ちゃん製造計画』の……そして、かつて私に付けられた忌々しきニックネームの由来ともなった古典文学作品………メアリー・シェリー作『フランケンシュタイン』を参考にする事にしたのだ」
ビデオカメラに語りかけながら、研一は実験装置類の制御用コンソールへと向き直る。
三脚の上に載せられたビデオカメラは、その様子をただ無機質に記録していった。
「かのボリス・カーロフ主演作品を初めとする『フランケンシュタイン』の映画化作品、並びにテレビドラマ作品や舞台版において……主人公であるヴィクター・フランケンシュタインは自らが作り出した『人造人間』に、雷によるショックを与える事により命を与える事に成功している………今回の実験では、それをそのまま模倣してみる事にした」
ビデオカメラに語りかけながら、研一は制御用コンソールに備えられたキーボードとマウスを使って、最後のデータ入力を行っていく。
「……かのヴィクター・フランケンシュタインは、夜な夜な墓場から盗み出した死体を繋ぎ合わせる事で『人造人間』の体を作り出した………だが、今はあの物語が記された『19世紀』ではない。『21世紀』の現代においては、髪の毛1本や唾液一筋………いや、どのような形であれ『遺伝子』を採集し、そこから細胞を培養するだけで、人間の肉体を作り出す事が可能なのだ」
研一は遮光ゴーグルを目元に装着し、実験装置の起動スイッチであるレバーに手をかける。
「実験開始10秒前……5秒前。4、3、2、1………開始」
研一はレバーを押し倒し……装置を起動させた。
すると、研一の『嫁』が入っているカプセル上部が遊園地のメリーゴーランドのように回転を初め、カプセル内部の『嫁』の肉体へ電流を流し始めた。
最初は子供が歩くようなゆっくりとした速度だったカプセル上部の回転は少しずつ早くなっていき、それに比例するように『嫁』の肉体へ流れる電流の量や強さも徐々に上昇していった。
「僕の『お嫁ちゃん』に命を!」
実験装置のスイッチレバーに手をかけたまま研一は叫ぶ。
「命を!!命を与えたまえぇぇぇ!!!」
鬼気迫る様子で叫ぶその姿は、まさしく映画等で描かれるフランケンシュタイン博士そのものだった。
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まさにその時。
研究室の外に設置されている大型避雷針に、一際大きな落雷が命中した。
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避雷針に命中した雷のエネルギーは、接続されているケーブルを通して研究室、そしてカプセル内部にいる『嫁』へと流し込まれ、同時に研究室内の装置やコンピューターから火花が飛び散ったのだ。
「!!?」
突然の火花に研一はスイッチから手を離してたじろぐ。
しかし、慌てふためく事はなく、装置のメーターを確認。
どうやら当初の想定通り……いや、想定以上の電流が『嫁』の肉体へ流し込まれたようだ。
「………」
メーターを確認した研一は、一旦装置を停止して遮光ゴーグルを外す。
そして、鼻息を荒くしながら『嫁』が納められたカプセルへと近寄る
「…………」
だが、研一の顔はすぐに落胆へと染まった。
カプセルの周囲に設置されている心電図や脳波計の反応は………実験開始前と同様にフラットな状態を記録しており、『嫁』の肉体にも目に見える変化は確認できなかった。
「………はぁ~」
研一はため息を漏らしながらカプセルから離れ、まだ撮影を続けているビデオカメラを止めようと手を伸ばす………その時だった。
心電図から『ピッ!』という音が鳴った。
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