嫁、誕生 1
令和××年◯月△日………
どんよりとした曇り空の下、一台の宅配便トラックが山道を進んでいく。
トラックはコンクリートの車道を途中で外れると、大型自動車一台がやっと通れるくらいの砂利道へと進んでいく。
砂利道の周囲は右も左も鬱蒼とした森の木々に覆われ、虫や鳥の鳴き声が周囲に響いていた。
しばらく砂利道を進むと、レンガ造りの塀と金属製の大きな門が姿を現す。
元々は赤かったのであろうレンガは、所々色が剥がれて灰色と赤のまだら模様となっており、その上に緑色の苔や蔦が生い茂っていた。
門の部分には大きく『布良木』と刻まれている大理石製と思われる真新しい表札が埋め込まれ、表札の下部にはこれまた真新しいカメラ付きインターフォンが備え付けられていた。
宅配便トラックは門の前で一時停車する。
助手席側から宅配業者と思われる若い男性が一人降りてきて、インターフォンのチャイムボタンを押す。
しばらくチャイムの電子音が響いた後……
『……はぁ~い』
……インターフォンのマイクから男性の声が聞こえてきた。
「すいませ~ん。シロネコムサシですけど、お荷物お届けに参りました」
『今開けま~す』
インターフォンからの声が途切れると、金属製の門が重々しい音を鳴らしながら自動で開く。
門が開いた事を確認すると若い男性は再びトラックに乗り込み、トラックは門を通過して茶色い石畳で舗装された道をまっすぐ進んでいった。
石畳の道の終わりには、一軒の古びた屋敷が建っていた。
ヨーロッパの古城にも見える立派な佇まいのゴシック建築風な屋敷だったが、屋根の上にはテレビ受信用かWi-Fi用と思われるアンテナが数台ほど備え付けられているのが、少しミスマッチだった。
トラックはその屋敷の正面玄関前に停車すると、助手席から若い男性、運転席から30代後半くらいの貫禄のある男性の二人の宅配業者がそれぞれ降車する。
二人の男性宅配業者は自分達が乗って来たトラックの荷台からアマ◯ンや楽◯のロゴが描かれた大きな段ボール箱を5つ降ろすと、それらを台車に乗せ換えて屋敷の正面玄関へと向かっていく。
屋敷の玄関のドアは高級そうな木材でできており、その横には近代的な電気チャイムが備え付けられていた。
若い男性宅配業者がチャイムを押すと、小気味良い音色の後に………
「………はいは~い」
………屋敷の中から住民のものと思われる返事が聞こえてきた。
しばらくすると………
「こんにちは~」
………玄関ドアが開き、一人の男性が顔を出した。
年齢は約30代半ば。
体型は小太り………というか、相撲取りを思わせるメタボリックな肥満体。
そばかすだらけの顔にはタラコのような唇があり、どことなく豚とゴリラを融合させて擬人化させたような………お世辞にも美男子とは言いがたい容貌をしており、度が強そうな黒縁メガネをかけている。
髪の毛はボサボサながらも、かろうじてふけの類いはついていない。
赤いポロシャツの上から白衣のような上着を着用しており、ねずみ色のズボンにサスペンダーを着けて履いて、足には黒い靴下を履いていた。
このブサイクな男こそ、この屋敷の(一応の)主・布良木 研一、その人である。
「あ、どうも。お荷物お届けに来ましたので、サインかハンコをお願いいたします」
「はいはーい。あ、荷物は自分で運びますから」
研一は宅配業者の差し出した宅配伝票にハンコを押すと、台車に乗った5つの段ボール箱を屋敷の中へと流れ作業のように入れていった。
「ありがとございましたー」
荷物の受け渡しが済むと、宅配業者は研一に軽く挨拶して、再びトラックに乗り込んで屋敷を去っていった。
「ふぅ~………あの人、顔はブサイクだけど、愛想や礼儀は良いっスよね~?」
トラックの助手席に深く座った若い男性宅配業者がため息を漏らしながら呟く。
そして、隣の運転席に座ってトラックを走らせている貫禄のある先輩宅配業者にふと思った疑問を聞いた。
「ねぇ、先輩」
「ん?どうした?」
「あの布良木さんって……何年か前にノーベル賞を取った科学者なんですよね?なんで、こんな辺鄙な山の中に住んでるんスか?」
「さぁなぁ………俺も詳しくは知らん。何でも、2~3年くらい前に『個人的な研究と実験に集中したい』とかで、『他人に迷惑をかけないように』街から離れたあの屋敷に引っ越した……って話だ。それまでの発明や研究のパテント料やらのおかげでわざわざ働かなくても暮らしていけるし、食料品やら服やらの生活用品は今日みたいにネットの通販で買ってるから、滅多に屋敷から出ないらしいぞ?俺も何度もあそこに荷物を届けに言ってるが、不在だった日なんて一度も無いからな」
「ふーん……『他人に迷惑をかけたくない個人的な研究と実験』ねぇ………」
先輩からの話を聞きながら、若い宅配業者はバックミラー越しに少しずつ小さくなっていく研一の屋敷を眺めた。
「………怪獣かゾンビでも作っているんスかねぇ~?」
「………お前、映画の見すぎだぞ」
若い宅配業者の口にした感想に先輩は苦笑いを浮かべながらツッコミを入れ、そのまま次の宅配先に向けてトラックを走らせていった。
まぁ……結論から言えば、若い宅配業者の考えは『当たらずとも遠からず』だった訳だが。
感想よろしくお願いいたします。