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パルス-②

(泣かない……!)


産婆さんが赤ちゃんを必死に刺激している。が、真っ黒な赤ちゃんは産声をあげない。だらんとした四肢が力無く床に垂れ下がっている。

何も言わない産婆さん。上がらない産声。父と母が恐る恐る尋ねる。

「あの、産婆さん、赤ちゃんは……?」

その時、真っ黒な四肢が少しぴくりと動き、「ふえっ」とわずかに声を上げる。その声は僅かであったが、静まり返った部屋にはよく響いた。しかし、その後が続かない。

「いま、泣いたか!」

父が歓喜の声を上げるが、産婆さんがかぶりをふる。

「お母さん、お父さん、残念ながら……」

「ああ、そんな……」


母が泣き崩れる。そこに、ネムスが声を上げる。

「ちょっと待ってください!代わって!産婆さんはお母さんを頼みます!父さんはバートンさんとクララさんを呼んできて!」

役割分担を明確にし、ネムスは目の前の赤ちゃんに集中する。

心音を胸に耳をあてて聞く。ゆっくりとだが、まだ心臓は動いている。呼吸は一応しているようだが、ごく弱い。ネムスは迷わず、ここのところ毎日練習していたあの魔法を唱える。

『そよ風よ、この手に宿りて、命を育む息吹となれ!』

ネムスの右手が淡く発光し、右手を仰ぐように動かすことで、風が生まれる。左手で何度か強さを確かめて、赤ちゃんの口から肺の中に送り込む。

「頼む、これで何とかなってくれ……!」


赤ちゃんの蘇生に必要なことは、他の何よりも呼吸である。羊水の中から、空気の中に放り出され、今まで使ってもいなかった肺という器官で酸素を取り込む無理難題を押し付けられるのである。なにも問題ないお産であったとしても、赤ちゃんが呼吸にトラブルを抱えることはままあることである。今回のように、明らかに赤ちゃんの状態が悪い場合でも、とにかく呼吸で酸素を取り込ませることが何よりも大事なのだ。


自分にも風魔法がある程度使えるとわかった時から、ネムスはこれを人工呼吸に使えないかと考え、練習していた。もちろん、マウストゥーマウス、口と口をつけての人工呼吸でも良いのだが、この世界においてはやはり感染や毒のリスクなど考えて避けるほうがいいだろう、と考えていた。まさか自分の兄弟に対してはじめて使うことになるとは思わなかったが。


(欲を言えば、酸素が使えれば良いんだけれど)

そんなことを思いながら人工呼吸を右手で続ける。左手で赤ちゃんを布でぬぐい、濡れた体を温めるように布をかぶせる。徐々に真っ黒であった赤ちゃんの体の色がピンク色に戻ってくる。四肢も少し動かすようになり、呼吸も少し力強くなってきた。魔法を使いながら心臓の音を聞けるほど器用ではなかったが、おそらくこの分ならしっかり心臓も動くようになっているだろう。

そして、その時が来た。


「ほぎゃあああああああ!」

ついに、赤ちゃんが産声を上げた。

ほとんど死んで生まれてきた自分の弟が、この世に息を吹き返した瞬間であった。


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