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X-④

「ぜーんぜん!ぜーんぜんイカン!腰抜けが!そうじゃない!こう!ケツを引き締めて!クソを絞り出すように!」

唾を飛ばして激昂する初老の男性を見上げ、涙目になりながら魔法の鍛錬に励む少年。それをほほえましく見つめる若い女性。この光景が夕方の修道院の裏庭で繰り広げられるのは、すでに片手で答えられる数を超えていたが、少年の魔術は初回から一向に向上していなかった。

涙目の少年、ネムスは、ケツを引き締めたらクソは出ないんじゃないか、と矛盾したアドバイスに困惑しながら、とはいえ魔導書で読んで覚えている通りに詠唱する。

『我が根源の熱よ、溢れんばかりの命の火よ、我が指先に灯り導となれ!』

大仰な詠唱である。古代から続く、魔導語と呼ばれる古語でだいたいこのような意味らしい。しかし、これは初級魔術であり、指先に松明代わりの火をともす魔法なのであるが……。

ネムスの指先にはマッチ棒程度の火が一瞬灯り、すぐプスッと音を立てて消えてしまった。

「なんでぇ……」

「ちっがーう!もっとこう、湧き上がる泉のように!イメージじゃイメージ!」

「やってるつもりなんです!」

「じゃあもっとだ!もっと!」

この鬼の形相で熱血指導しているのは、普段あんなに物腰柔らかなバートンである。指導に熱が入ると、ごうごうと燃え上がる。最初は面食らったネムスであったが、毎回こうなのでもう慣れてしまった。

「研修医の頃を思い出すなぁ……」

「なにボソボソ言っとる!そんな暇がありゃ練習せい!」

「はい!『我が根源の熱よ……』」


正直こんな熱血指導はネムスにとって屁でもなかった。医者界は閉じた社会なので案外世には出にくいが、スーパー体育会系なのである。そもそも、医学部には大学になってまでサークルではなく”部活”という概念があり、みっちり上下関係を叩きこまれる。現場にでれば、ほとんどの役職もちの先生はパワハラとセクハラの達人である。手術台の下の空間があいているのは向かいの若手を蹴るためだ、というのはある外科の先生の格言であるが、研修医なんていうものはさらに看護師さんからも無下に扱われ、医療界において最も人権のない雑用係となり果てている。最近は改善してきたとはいえ、まだまだそんな世界である。それに比べれば、バートンの熱血指導は手が出ないだけましなものであった。


ネムスが涙目になっているのは、自分の情けなさに対してであった。

(自分、もしかして全然魔術の才能ないかも……?)

魔導書を読んで自分で魔術を使ってみようとして、ろくに出来なかった時から、うすうす感じていたことではあった。

(いや、まだわからない。魔導語の発音が悪いのかもしれないし、魔力の動かし方が悪いのかもしれない。なんにせよ、続けてみるしかないな)

ネムスはそう考え、バートンの叱咤激励に耐えながら、少しずつ条件を変えながら反復練習を行うことにした。


「もう無理です……」

訓練を開始して半刻ほど。詠唱を続け、ヘロヘロ、と倒れこんだネムスをみて、バートンが急に仏の顔に戻って言う。

「ふむ、魔力切れのようじゃな」

(いや、さすがにその切り替えは怖い!)

とネムスは思うが、口には出さない。人はみな二面性を持っているものである。

「しかし難しいな。魔力は幼子にしては十分、詠唱もまちがってない。なぜこんなにも弱弱しい炎しか出ないものか」

バートンが詠唱すると、バートンの顔よりも大きな火球がバートンの掌の上にボワッと燃え上がる。羨望のまなざしで見つめるネムスに、バートンは言う。

「君の魔力ならこれくらいの大きさくらいは出せるじゃろう。本当に、何が足りないのか……」

クララが腰かけていた岩からひょい、と立ち上がりながら言う。

「火と相性が悪いのかも知れないわね」

そういうと、ネムスの顔を覗き込んで言う。

「どう?ネムス君、自分の体から火が出るところって、想像つく?」

そういわれて、ハッとする。

「もしかしたら、つかないかもです……」

「じゃあ、水がでるところは?」

「うーん、涙とか汗とかはわかるんですけど……」

バートンが掌の上に水の球を作っているのをみて、考える。

「ああいうのは、ちょっと……」

そう。ネムスも、自分が炎や水を華麗に操ることを夢想することはできる。しかし、それが実現することを想像することがとても難しかったのである。

それはなぜか?

(前世の知識が邪魔になるとは思わなかった……)

曲がりなりにも、医者として生活していたネムスは、ある程度の科学知識があった。だからこそ、それが心の底から信じられないのである。手から火が出るなんて、そんなエネルギーはどこから?そんな大きくなるなんて、何か可燃性の物質が必要だろう、それは何か?などと考えてしまう。水もそうだ。体からあんな水を出したら脱水になってしまう。大気から集めるにしてもあの量の水蒸気はここら一体から集めるのだろうし、無から作り出すというのはもってのほかである。ほとんどの物理法則や化学が同じであるからこそ、新たなエネルギー源である魔力は、ネムスにとって理解を超えた存在となってしまっていた。3次元の存在が4次元を認識できないのと同じである。

何やら思案顔だったクララが、パチンと指を鳴らして言う。

「なら、風魔法なんかどうかしら?」

「風魔法?」

ネムスはきょとんとする。

「ほら、風魔法なら、手であおいだりして風が生まれる感じで、イメージしやすいんじゃないかしら?」

「なるほど……」

ネムスは頭の中で想像してみる。確かに、物凄いエネルギーで扇いで、大きな風をおこすのは、なんとなく自分から火が出たり水が出たりするより素直に想像できた。

「いやしかし風魔法はあまり拡張性が……実戦にも不向きじゃろ……」

「いまは成功体験ですよ、バートンさん。こんなに頑張ってるのにうまくいかないんじゃ、つらくなっちゃうばっかりでしょう」

「うむむ……」

こそこそネムスに内緒で教育方針を話し合っている二人であった。


そして翌日、風魔法でそよ風を操り、ネムスは初めて魔法を使う成功体験を得たのであった。


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