明日また日が昇るなら⑩
「こんにちはー」
「あ、エバン君とネムス君!」
エバンとネムスの二人は教会の診療所を訪れた。ちょうど患者がおらず、少し落ち着いたタイミングだったようで、扉を開けるとレインが駆け寄ってきた。
彼女も二年前に比べて、だいぶお姉さんになった。ショートカットだった髪の毛が腰あたりまで伸びているのも大人っぽさを演出しているのかもしれない。体つきもだいぶ大人びて、村の男たちがレインを見る目にどんどん熱を帯びているのが気がかりではあるが……。
「レインさーん!」
屈託のない笑顔で笑いかけるエバンに、相好を崩して抱き着くレイン。
「エバン君、来てくれてありがとう!お姉さんに会いに来たのかな?」
「うん!」
「えらいねぇ!」
レインは完全なデレ顔である。確かにエバンは美少年だ。さらさらとした黒髪、色白のなめらかな肌。車いすに乗っているのもはかなげで、おそらくそういう癖を大変刺激するのであろう。村の筋骨隆々とした男達のムキムキアピールはレインにはまったく響いていない。悲しいかな。
「レインさん、仕事は回りそうですか?」
エバンをうりうりしているレインに声をかける。
「まったく、ほんとに心配性だね」
少し心外だというように腰に手をあてるレイン。ネムスはあわてて謝る。
「すいません」
「大丈夫ですよ、もう一か月もネムス君なしで回ってるんです」
奥からミルトンが出てくる。
「もっと私たちを信用してよね」
「本当ですねえ」
すっかり仲良くなった二人がうんうんと頷きあっている。
レインの成長は体だけではない。中身も大きく成長した。おどおどしたあの頃の雰囲気はもう無い。かなり頼り甲斐のある態度になったし、口調もだいぶ砕けた。
自信は人を変えるな、と思う。
「だから心置きなく行ってきてね」
「はい、お二人ともありがとうございました」
2人に頭を下げる。
「あ、そうでした!これを。私達からの餞別です」
レインが懐から何かを取り出す。小さなポーチだ。表にはクローヌ聖教のシンボルである猫のレリーフが刺繍されている。ボタンを外し中を覗いてみると、鑷子や剪刀、縫合針、縫合糸がおさまっていた。
「ありがとうございます!携帯にいいですね」
「刺繍はわたしですけど、他の部分はレインさんが頑張って縫ったんですよ」
ポーチをまじまじとみる。確かに、ミルトンの手仕事に比べるとやや粗い気もしたが、丁寧な仕事である。
「もう、ミルトンさん!言わなくていいから!」
「ありがとうございます、レインさん」
「……うん、ネムス君。あのね、わたし、本当にネムス君に感謝してるんだ。こんなわたしにも、誰かを助ける事ができるようになって」
「そんな、僕は大したことしてないですよ。レインさんが頑張ったんです」
「もう!ネムス君はいつもそういうけどさぁ、たまには素直に感謝を受け取りなよね」
先ほどエバンにしていたように、ぽんぽんと頭を撫でられる。ネムスも成長してきたとはいえ、まだレインの方が身長が高い。
ネムスはレインとミルトンに向け「この診療所、よろしくお願いします」ともういちど頭を下げる。
なんだか泣きそうになってしまって、顔は見られたくなかった。そのまま踵を返して、エバンの車いすを押して教会を出た。エバンは振り返って二人に手を振っている。後ろから二人の暖かい声が聞こえていたが、ネムスは振り返らず、家へ歩いた。
「いやあ、まさかオレの息子が学校に行くことになるとはなあ」
この村での最後の夕食。父カミックがめったに飲まない酒を片手に管を巻いていた。どうやら、この世界では教育機関に行くというのはほとんどが貴族だけのようで、格が上がったようで父は大層うれしいらしい。
「まったく誰に似たのかなあ!オレかな?オレも勉強したら行けたんじゃないか?」
「何を馬鹿なこといってるの」
ぴしゃり、と母がたしなめる。やはり母はどんな時も冷静である。
「あなたみたいな脳筋に似たわけがないでしょ。当然私よね」
前言撤回。そうでもないようだ。
「そうだ、ネムス」
「なんでしょう」
「お前もなかなか強くなったが、さすがに帝都まで一人で行くのは心もとないだろう」
「そうですか?」
ネムスとしては、中身はすでに大人である。であるから、自分一人で行く気持ちであった。
「まあお前は大丈夫そうだが。一応、まだ体も小さいし、やはり一人は危ないだろう」
「なるほど。どなたかついてきてくれるんですか?父さんとか?」
「うーん、考えたが、仕事もあるからな。往復すればひと月かかる」
「じゃあ」
「うむ。一応信頼できる人に頼んでおいた」
「誰なんですか?」
「それは明日のお楽しみだ。村から出たところでわかるさ」
にやりと笑う父。なんだろう。すごく嫌な予感がして、ネムスは身震いした。
「そうだ、ネムス、これを渡しておくわ」
母が棚から何かを取り出し、ネムスに手渡す。巾着袋と手紙である。手紙は蝋で厳重に封されている。
「これは?」
「バートンさんが今日渡しに来たのよ。袋の中身を見てごらん」
袋の口を開けると、まぶしい光の反射にネムスは目を細める。
「!これって……」
「今まで働いてくれた分だって。直接渡せばいいのに、恥ずかしがりなのね。それだけあれば帝都でも1年は暮らせるわ」
「バートンさん……」
どうやらこれまで診療所で働いたり、バートンの研究を手伝ったりした報酬のようであった。ただ働きだと言っていたのに、やはりこういうところは憎めない。
「手紙のほうは?」
「これは大学校についたら学長に渡すようにしてね」
「なるほど、わかりました」
ふむ。バートンからの推薦状だろうか。ネムスは受け取った二つを準備しておいた旅の鞄に入れ込む。はち切れそうな鞄の蓋を無理やり閉める。
「ネムス、大変だったらいつでも帰ってきていいんだからね」
ふいに母から後ろから抱きしめられる。ネムスが動けずにいると、肩口が暖かく湿る。どうやら母は涙を流しているようであった。
「母さん……」
「ごめんね、ネムス。あなたは立派で、これは喜ぶことなのに……」
ネムスはなんと返すべきか逡巡して押し黙る。そこに大きな声でカミックが言う。
「ネムスぅ、偉くなって金持ちになれよぉ!」
「もう!カミック!ほんとにあなたって人は……!」
しっとりした雰囲気をぶち壊す父に怒る母を見て笑いながら、ネムスは一抹の寂しさを感じる。これも今日が最後かと思うと、やはり少し来るものがあった。
翌朝、日が昇るとすぐに家族に別れを告げネムスは家を出た。教会を横目に、村を抜けていく。
思えばこの村にはいろいろお世話になった。この村だからこそ、自分の技術や知識を生かせたのだろう。なんだか鼻の奥がツンとなるのを抑えながら、ネムスは重いリュックが肩に食い込むのを感じながら一歩一歩村の出口に向け歩を進めた。
村と街道を隔てる門の直前には川が流れている。ルルナがおぼれかけた川だ。あれはもう何年前だろうか。あれからたくさんのことがあった。いろいろな出会いがあり、別れがあった。そして、今自分も、別れを告げようとしている。
川には短い橋がかかっている。ネムスがそこに足を踏み込んだ時、後ろから、大きく叫ぶ声が聞こえた。
「ネムスうううううう!」
次回 第一部最終話です。




