明日また日が昇るなら⑨
フィーアが村を去って2年が経った。
10歳になったネムスは、エバンと共にムズカの工房にきていた。ムズカに車椅子の調整をしてもらうためだ。
2年前、突如現れた獣人にコテンパンにやられ、両足とも折られたネムスは、ムズカに車椅子の作成を依頼した。
しかし一筋縄では行かなかった。ネムスは大きな車輪の事しか覚えていなかったので、大きな車輪の2つついた椅子であるとしかムズカに伝える事が出来なかった。車椅子が4輪車であり後輪駆動であると気づいたのは何度か試作を繰り返した後だった。ようやく車椅子が出来、厠への移動ができるようになった時には思わず涙が溢れた。
ネムスが車椅子を卒業するのには4ヶ月かかった。ほとんど偏位がなかった骨折とはいえ、両足であり、将来の事を考えると、変形を防ぐために、免荷は長い期間を要した。そこから運動できるまでも数ヶ月。衰えた体をもとの状態に戻すのは大変だった。最近ようやく、怪我以前の状態へ戻ったかなぁという印象である。
そんなこんなしているうちにエバンが大分成長した。フィーアがいた頃は、フィーアに捕まって移動していたのだが、今も足は動かず、両腕で移動するほか無かったのだ。そこで、ネムスが車椅子を卒業するとき、車椅子をお下がりとしてエバンに譲ったのであった。譲った当初はまだまだ幼く、なかなか車椅子を操る事は出来なかったが、今では大分慣れたようで家の中では自由に動き回っている。正しく怪我の功名である。自分が怪我しなければ、自走式車椅子の重要性には気づけなかっただろう。
「エバン君、どうだい!」
エバンがキコキコと車輪を回して工房内を往復する。
「うん、ありがとう。動きやすくなった!」
にっこり笑うエバン。
「そりゃ新品の車輪だからな!」
「そういえばザルグさん、車輪の事なんですが……」
今の車輪は金属の車軸に木製の車輪を取り付けている。耐久性に欠け、更に操作の快適さにも欠ける。重さもかなりのものだ。可能なら、金属フレームにゴムのような弾力素材のタイヤを取り付けたいのだが……。
「どうでしょう」
「うーむ、そんな素材はあまり覚えがないが、スライムの種類によってはつかえるかもしれないな」
「なるほど」
「お兄ちゃん、どーいうこと?」
キョトンとした顔で見上げているエバンに、ほら、と車輪を指す。
「ほら、その車輪良く割れちゃうだろ?しかも、外だとガタガタしちゃうじゃないか」
「うん」
「それをどうにか出来ないかっていう相談なんだ」
「えー、すごいね」
「でもまだ出来なさそうだな。ごめんね」
「ううん、いいよ。まってる」
エバンの頭をくしゃくしゃと撫で、ムズカに尋ねる。
「そういえば、今日はルルナは?」
ムズカはかぶりを振って工房の奥の扉を指さす。
「ダメだ、引きこもって出てきやしない」
「そうですか、明日出る予定なので、会っておきたかったのですが」
「そうだよなあ、待っててくれ。呼んでくる!」
のしのしと扉へと向かい、ガッと扉を開けると、大声でその向こうに呼びかける。
「ルルナー!ネムス君が呼んでるぞ!」
しかし、扉の向こうから返事はない。ムズカは肩をすくめ振り返る。
「見ての通り完全に拗ねてるんだ」
「わかりました。でも、出来れば明日、村を出るまでには会いたいと伝えて貰えますか?」
「まかせてくれ!」
胸をはるムズカに礼を言い、エバンの車椅子を押して工房を出る。でこぼこの未舗装の道を、極力平坦に進める用にラインどりしながら家路を歩く。
「ルルナちゃん、どうしたの?おなかでも痛いの?」
あどけない顔で聞いてくるエバンに、ネムスはわかりやすく答える。
「ほら、お兄ちゃんが明日この村を出て帝都に行くだろ?」
「うん。まどうぐ、の研究をしに行くんでしょ?お兄ちゃんはすごい!いつもみんなも言ってるよ」
「ありがとな、エバン。でも、お兄ちゃんはみんながいうほど凄くはないんだよ。結局、魔法はやっぱりまともに使えないし」
「そうなの?でも、お兄ちゃんがこのイスを作ってくれたから、ボクはやっぱりスゴイと思う!お医者さんもやってるんでしょ?ボクもなれるかな?」
「そうだね。エバンがなりたいならお兄ちゃんも手伝うよ。でも、エバン。お兄ちゃんがどうとか関係なく、まずはエバンの本当にやりたいことを探すんだよ」
「わかった!……あれ、何の話だっけ」
「ルルナの話だったね。ルルナとお兄ちゃんはずっと仲良くしてたから、ルルナはとっても寂しいんだよ。帝都は遠いから、なかなか会えなくなっちゃうからね」
「そっか……ボクもさびしいや」
「いっぱい手紙を書くよ」
魔術を使う人に、魔法紋が浮き上がって見えるようになって2年。バートンと共同で研究した新規の魔法紋理論を発表したのが1年前だ。これは、今まで偶然に頼っていた新規魔法紋開発を、系統化によって理論的に実施できるようにし、尚且つ複数の魔法紋を組み合わせる拡張性をもたらすものだ。魔法紋の幅が広がれば、魔道具の幅も広がる。バートンとネムスの連名で、魔術協会にまず論文を送付した。しかし、魔道具や魔法紋を冷遇する魔術界には顧みられなかった。
しかし、そこで諦める男ではない。バートンは今度はかつての弟子、現在の魔道具の第一人者、ラステに論文を送った。その時のバートンの葛藤は見ものであった。そもそも、ラステが魔道具研究の道に進んだことをきっかけに仲違いしていた2人だ。しかし、最後にはプライドを理性が上回ったのだ。
ラステの反応は早かった。「この論文が今後の魔道具の在り方を変えます!やはり我が師は天才であった!」と熱い返事が返ってきて、バートンはすっかり溜飲を下げた。何度かのやり取りの後、ラステとバートンで共同研究を行う方針になった。
理論はほぼバートンとネムスで作り上げ、完成に近いものであったが、資金面の問題で実践が足りず、証明が不十分であった。そこで、資金と研究資材が村より多いラステの研究室で実践を行うことになった。その実践研究のために、ネムスは帝国教育大学校にあるラステの研究室に単身向かうことになったのだった。
読んでいただきありがとうございます。
年度替わりでみなさん大変でしょうか?
私は初期研修が終わってからほぼ毎年転勤しているのですが、今年は初めて県を跨いだ転勤になったので少しバタバタしました。折しも内容もそんな感じですね。
あと2話で第1部は完結です。
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