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明日また陽が昇るなら⑧

「わ、わたしは……」

皆に注目される中、フィーアは俯いて答えた。

「わかんない……。わたしのせいでわるいことがおきるのはやだけど、でも……」

唇を噛んだその姿からは逡巡がみてとれた。


「……ならば、こうしよう」

ザルグがすっと腰を上げ、ネムスを指さす。

「模擬戦をしよう。この坊やが俺に一太刀でも浴びせられたら、認めてやらなくもない。それなら大言壮語するだけある。カミックと2人なら十分この村を守れるだろう」


その言葉に、父が青ざめる。

「いや、ザルグさん、コイツは今意固地になってるだけで、頭を冷やせば分かるはずなんです。何をそこまでしなくても……。一晩待ってもらえれば……」

「いや、待ってる時間はない。夜のうちに出なければ」

そのやり取りを聞いて、ネムスは決意を固める。

「……模擬戦お願いします、ザルグさん」

父は慌てて制止する。

「まてネムス!無理だ!やめとけ!」

父の静止に構わずザルグは家から出ていく。

「なんで父さんが止めるんですか。僕が負けてフィーアがザルグさんと行くなら、父さんは満足では?」

「それとこれとは話が違う!実力が違いすぎる!ネムス、はっきりいうが俺はお前も大事なんだ!」

こんな父を見るのは初めてでネムスは困惑する。

「父さん、実力差なんて織り込み済みですし、模擬戦ですよ」

「いーやお前は分かってない!」

何を父はそんなに怯えているのだろう。首を傾げながらネムスは軽防具を身につけるとザルグの後を追った。


家の前は多少開けており、立ち合いするには充分な広さである。幸い今日は満月であり、立っているザルグの姿がよく見えた。これならば充分模擬戦も可能だろう。

父と母も出てきて心配そうにこちらを注視している。その足の間からフィーアがちょこんと顔を出している。

「ザルグさん、これを」

木刀をザルグに渡す。刀といっても刃はなく、棒にガードのついた簡単なものだ。軽くうなずくと、ザルグはそれを受け取る。

ネムスは大股で5歩離れると、ザルグに向き直り、一礼すると木刀を構える。

ネムスが立てていた作戦はこうだ。ネムスがもし上回るとすれば、父にも褒められた回避能力だろう。まずはひきつけて、避けて、相手が驚いているところに一発食らわせてやるのだ。


ネムスは構えを崩さず、ザルグの出方を伺う。しかし、すっとただ立っているザルグはこちらにかかってくる気配はない。

「……どうした、来ないのか」

ザルグが首を軽くかしげる。

「……」

ネムスは無言でザルグの出方を伺う。

「……まったく、呆れたものだ。お前は妹を守ると大言壮語しながら、自分に襲い掛かる火の粉しか払わないつもりか?それならば、もう模擬戦もいらないな」

「!」

挑発だと、分かってはいた。しかしそれはどこまでも正しく、だからこそネムスは前に出ざるを得なかった。

「シッ!」

ネムスは姿勢を落とし、地面を蹴るとザルグへの距離を詰め、その勢いでそのまま刀を振り上げるように胴を狙う。

入ったと思った。それ程、ザルグは隙だらけだった。

しかし、ザルグに木刀が届く前に、ネムスの手から木刀が抜け、跳ね上がった。

「くっ」

慌てて数歩後ずさり、空になった手を見つめる。ジンジンと鈍痛が今更になって襲ってきた。

状況を整理しようとザルグを観察する。落ちてきた木刀を軽々キャッチし、ザルグは両手に刀のスタイルになる。長いローブの裾から見える足の位置が、最初と少し違っている。おそらく蹴られたのだろう。しかし、ネムスは蹴られたことにも気づけなかったのだ。


ブワッ、と冷や汗が全身に噴き出す。


父が言ったことがようやく身にしみてわかった。格が違う。対等な立場の真剣勝負などではない。始まったときから、すでに自分は狩られる側だったのだ。

だが。

グッとザルグをにらみつける。ここで降参しているようでは、自分にフィーアは守れないと認めるようなものだ。生存本能は撤退を叫んでも、ここで退いてはいられない。


「……威勢だけは認めてやろう。だが、お前ではまだ力が足りない」

ザルグはそうつぶやくと、両手から剣を手放す。

なんだ?とそれに一瞬目を奪われたその瞬間に、ザルグの姿が消える。

「しまっ……」

ネムスは完全にカンで身をかがめる。ブンという音が頭の上すれすれをかすめる。ザルグの右腕がネムスを狩り取り損ねた音だった。ほう、と感心したような顔で口の端を上げたザルグ。

それが、ネムスが最後に見た光景であった。

次の瞬間、何かとてつもない衝撃がネムスの両足に走り、少しの浮遊感のあと、頭から地面に叩きつけられた。遠ざかる意識の中で、母の泣き声と、父の怒りの声が聞こえたような、そんな気がした。



「……!」

ネムスは両足の痛みで目が覚めた。あたりを見回すと、見慣れた光景である診療所のベッドの上のようだった。窓の外はもう明るい。すでに夜は明けていたようだ。

ネムスは恐る恐る上体を起こすと、かかっている布団を上げて、自分の両足を覗き込む。そこには添木を添えられて包帯をまかれた両足があった。


「めっちゃ痛い……骨折って痛いんだなあ」


よくよく考えれば人生初骨折である。救急外来で痛そうな人たちは今まで何度も見てきたが、やはり想像と体験は違う。これは痛い。

「起きたー?」

「あ、レインさん。おはようございます。痛いです」

「まったく、やんちゃしたね」

ほれ、とキラキラ光る丸薬を渡してくる。これはヒカリヤナギという樹木の樹皮の成分を抽出したもので、痛み止めになる。前世のアスピリンと似たようなものなのかもしれない、が、抗血小板作用は強くないようなので、ちょっと違うのだろう。光ってるし。

それを水で飲み込むと、両親が部屋に入ってくる。エバンも母に抱かれて一緒だ。

「おにいちゃん、だいじょうぶ?」

うるうるとした目で見てくるエバンにカラ元気で答える。

「ああ、エバン。大丈夫だよ」

「もうネムス!無茶して!」

そういうとこつんとネムスの頭を小突く。

「いて!母さん、怪我が増えますって……」

「あら、そしたら中身も一緒に治してもらいなさい」

「すみません、心配かけて」

「ほんとよ。まあ、一番は結局止められなかったこの人が悪いから」

「……すみません、マイラ様」

しおれている父。なぜか様付けである。だいぶこってり絞られたのだろう。しぼんでいる父にネムスは尋ねる。

「……フィーアは?」

「昨日ザルグと一緒に村を出た」

「そうですか、それは……安心ですね」

「そう思うか?」

「少なくとも、僕や父さんといるよりは安全でしょうし」

あれほどコテンパンにやられたのだ。ネムスとしても、仕方ないと納得する部分があった。この世界では強さがすべてだ、そう再認識させられた。

「父さんの忠告が初めて正しかった気がします。ザルグさんは、戦うべき相手ではありませんでした」

「あの人は一人で竜を倒せるからなぁ。そもそも、獣人は身体能力が我々より高い。そこに技術がある」

父は遠い目になる。ザルグとかつて旅したころ、いろいろ苦労したのだろう。

「そして、感覚も我々とはずれてるからな。昨日の夜も、お前がやられた後、何てことしてくれるんだと思って詰め寄ったんだが……『安心しろカミック。くっつきやすいような折り方で、両足を折っておいた。これで追ってこれないだろう』だと。優しいだろう、みたいな顔でそう言うからほとほと呆れてしまった」

「そうですか」

「だからまあ、気を落とすな。あれは理の外にいる存在だ」

ネムスはそれには答えず、体をベッドに沈めると天井を見つめる。

「フィーアは、出ていくときどういう様子でしたか」

「ああ、寂しそうではあったがな。納得した様子だったよ」

「……いつか、会えますかね」

「なんだ、弱気だな。お前なら会いに行くためにどうするか考えるだろ」

「ちょっと弱ってるんですよ。怪我人なんで」

「たしかにそうか。いつも大人っぽいから勘違いしちまうな。しばらく休め。お前はいままで頑張りすぎた」

よくよく考えりゃまだ子供なんだ、と父は言う。これがいい機会かしらね、と母も同調する。

ネムスはそれをぼんやり聞きながら、フィーアのことを思う。あのザルグと一緒にやれるだろうか。心配な気持ちがむくむくと浮かんでくる。しかし、自分には何もできない、その歯がゆさに悶々とする。ただ、この状態では何もできない。確かに、もしかしたら休み時なのかもな、とネムスもなんとなく納得した気持ちになった。

「じゃあまた準備してくるわね。レインちゃん、ミルトンさん、ちょっとの間よろしく」

「はい!」

「まかされました」

両親と弟は一度家に帰るようだ。ベッドの上からそれを手を振って見送る。そして、ミルトンに小声で起きてからずっと思っていたことを伝える。


「……ミルトンさん、ちょっとトイレに行きたくて」

ミルトンが無言で尿瓶を取り上げたのを見て、ネムスは大きくため息をつく。

「……大きい方もなんです」

「ならそのまましてください。最初からおむつにしてあります。」

前言撤回。まったく休み時ではない。

病人の当事者になったことがなかったから、自分も当たり前のように、患者さんにそう言っていた。これは本当に恥ずかしい。この辱めから何とか早急に脱しなければ。とりあえず、トイレに移動できればいくらかましだろう。ムズカさんが来たら相談して、車いすを作ろう。そう決心して、ネムスは観念して目をつぶり、堅く閉ざしていた尊厳の門を開いた。


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