明日また陽が昇るなら⑦
父に呼ばれたというその男を連れて、家までたどり着いたネムスは扉を開け父に声をかけた。
「帰りましたー。父さんはもう戻ってますか?」
「おう」
「ええと、お客さんです」
父はいぶかし気に尋ねる。
「おう、どなただ?」
「えっと」
そういえば名前を聞いてなかったな、と振り返る。
「……ザルグだ」
「ザルグさんだそうです」
その瞬間、父は布で磨いていた鎧を取り落とした。目を見開いてバタバタと玄関口まで走ってくる。
「ザルグさん!?こんなに早く来てくれたのか!?」
声が上擦っている。父のこんな声を聞いたのは初めてであった。ネムスは2人に挟まれ見上げる形になる。
「……呼んだのはお前だろう」
冷静な低い声でザルグは答える。
「いや、それはそうなんだが。あれから随分経っているし。そもそも、本当に連絡がつくとは。あの店に手紙を出しただけだから」
「……俺はあの店にしか行かないからな。ところで、入っても?」
「勿論だ!おいマイラ、大変だ、ザルグさんだ!」
父が大声で炊事場へ呼びかけると、慌てて母が出てくる。
「まあ!ザルグさん!お久しぶりです!」
どうやら2人とも知り合いらしい。しかしこんなに喜ぶというのはだいぶ深い仲なのだろうか?
ネムスの問いたげな視線にカミックが答えてくれる。
「ザルグさんは俺とマイラが2人で旅をした時に助けてくれて、俺に稽古もつけてくれた。まあ命の恩人で、師匠だな」
ほう。父も強いと思っていたが、その師匠とは。強そうな訳だ。
ネムスはそこでふと、フィーアがいつにない表情をしていることに気づいた。怯えとも、驚きともなんともとれない顔。
「フィーア、どうした?」
ネムスが声をかけると、ザルグもフィーアにむけてすっと歩み寄り、しゃがんでその顔を覗き込む。
「……君がフィーアか」
「だれ?」
「……俺はザルグ。君のことはカミックから聞いている」
そう言って、被っていた外套のフードを外す。
そこには、大型のネコ科を思わせるような、三角形の耳が生えていた。
「君と同じ獣人だ。よろしくな」
そう言って、フィーアの頭をポンポン、と撫でた。
客人をもてなさなければ、ということで、ザルグも含めみんなで食事をとることになった。
急だからあまり大した物が出せなくて、と母は謙遜していたが、普段よりシチューの干し肉の量が多かった。
父はいつになく饒舌だった。恐らく、この村に辿り着いた頃にザルグと別れたのだろう。村に来てからの苦労を滔々と語っていた。かなり脚色が入っていそうであったが、指摘するのも野暮だ。
話題が自分に移った時は、恥ずかしかったので流石に訂正したが。
ザルグは口数は多くはなかったが、軽く頷きながら父の話を聞いていた。まだこの人を知って数時間であるが、どうやら楽しんでいるようだ、ということを感じられた。
話が進み、エバンが寝てしまった頃にようやく、去年の秋に話が進んだ。魔獣達の暴走的な村への襲撃、竜の撃退、クララの死。
他人から語られるあの出来事は、返す返すも厳しく辛い体験だった。それを反芻していたネムスは、カミックが流れるように話したザルグへの依頼に最初反応できなかった。
「だからフィーアを頼む、ザルグさん」
「……心得た」
「……ん?今なんの話してます?」
ネムスの疑問に、父は肩をすくめながら言う。
「ネムス、俺はフィーアをザルグさんに預けようと思ってる」
「え?どういう事ですか?なんで急にそんな話に」
「これは言いにくいことなんだが、つまりー」
言い淀んだカミックから引き継いでザルグが低い声で告げる。
「……つまり、去年の魔獣の襲撃の一因にはフィーアがある」
「……え?」
「フィーアがというより、獣人がだ。魔獣たちは何故か獣人を目指して集まる。もし、村のように、ひと所に留まれば、その周囲の魔獣の密度はだんだんと上がっていく。集まってきた魔獣たちは、餌が不足したところで堰が切れるように村に雪崩れ込む」
ネムスは足下の感覚がなくなり、床と天井が混ぜ合わさるような感覚を味わった。それだけ、聞いた話が衝撃的だったからだ。
「それは、意図的な……?」
「……いや。我々の意思とは関係ない。勝手に集まってくる。俺だって魔獣に出会えば襲われる」
「俺も、獣人は魔獣を寄せるという話はザルグさんに聞いていた。だが、あそこまでとは」
俺も予想外だったのだ、とカミックは腕を組んで言う。
そうか。
そりゃ、獣人が迫害される訳だ。フィーアに石を投げた奴らが言っていたことは、ある種真実だったのである。
「つまり、もしこのままフィーアがこの村にいると……」
「去年何年後かわからないが、またああいう事が起こる。それを防ぐために、ザルグさんは常に移動しながら生活している」
「それでザルグさんに連れて行ってもらおうと」
「ああ。誰よりも獣人の事をわかっているし、信頼できる人だ」
「ザルグさんなら安心だわ」
どうやら、母も納得しているようだ。
ネムスは考える。たしかに、頭ではそれが最も犠牲が少なく、理性的な判断なのだと理解できる。だが、どうしても腑に落ちない。納得ができない。これは感情論だと頭で分かっていながら、それを口にした。
「僕は反対です」
両親は唖然とした顔でネムスを見ている。今まで理性的な判断を重視してきた分、驚きが大きかったのだろう。
ザルグが眉を顰める。
「……俺が信用出来ないか?」
「いえ、そういう訳ではなくて。僕はただ、フィーアが厄介払いされているような気がして嫌なんです」
「ネムス、そういうつもりじゃ」
「じゃあどういうつもりなんですか!ここにフィーアがいたら、また魔獣たちがやってくるかもしれないから、じゃあフィーアはいなくなってくれ、そういうことでしょう!」
「いや、だが……。フィーアにとっても、その、いいだろう」
「フィーアがいじめられるからですか?この村にだれも獣人がいないからですか?」
「そうだ」
父が頷くのをみて、ネムスはさらに怒りを覚えた。
「なら、僕たちが守ってやればいい!魔獣が来ても、父さんと僕で撃退すればいい!」
「黙れ!」
父が大声をあげて立ち上がる。
「それが無理なことくらい、お前もわかってんだろ!去年のあれを忘れたのか!何人死んだ!」
ネムスも負けじと立ち上がって父をにらみつける。
「それでも!僕らは家族なんだから!」
「ネムス!カミック!落ち着きなさい!」
マイラも仲裁するために立ち上がる。エバンは泣いている。フィーアは自分のことで争われているのがわかっていて、きょろきょろネムスとカミックを交互に眺める。
先ほどまでの団らんは嘘のように、修羅場となっていた。
そこで、にらみ合うネムスとカミックがお互いに譲る気がないのを察したのだろう。
「……部外者で悪いが」
ザルグが軽く手をあげて低い声で言う。
「たしかに両者の言い分はわかる。では、本人はどうだろう。フィーアだったかな。君はどう思うんだ?」
全員の視線がフィーアに集まる。フィーアは居心地悪そうに身じろいで、少し泣きそうになりながら、口を開いた。
「わ、わたしは……」
いつも読んでいただいてありがとうございます。
最近ブクマが少し増えて大変モチベが上がりました。第一部はもうそろそろ終わりますが、第二部を続けて書くモチベのために、まだブクマや高評価していない方はぜひお願いします。
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