明日また陽が昇るなら②
店のある通りの一角に、小さな人だかりがあった。
人垣の隙間から覗くと、人だかりの中で、子どもたちが何かに石を投げている。石から身を守るようにうずくまっているその姿に見覚えがあった。
「ちょっとすみません、通してください!」
大人たちの足元をすり抜けるように掻き分け、円の中心に躍り出ると、石を投げているうちの1人の背中に体当たりをかます。背後からの不意打ちに反応できなかったその少年がうめき声をあげて転がっているのを構わず踏み越えて、うずくまっている、猫耳の少女を庇うように立ち塞がる。
当然の闖入者に、少年たちがいきり立つ。
「何してんだテメェ!」
「どけよ!」
「こいつもやっちまえ!」
標的をネムスに変えた石つぶてが降ってくる。石がこめかみを掠める。太腿に当たり、鈍い痛みで顔をしかめる。しかし、動くわけにはいかない。
ネムスは仁王立ちし、大きく息を吸い込んで、そしてありったけの大声を張り上げる。
「お前らこそ俺の妹に何してんだ!」
「何って、なあ?」
にやにやと下卑た笑いをした少年たち。
「成敗してやってんのさ」
そうだそうだと同調する取り巻き。歳の頃は8つから10といったところか。ネムスよりもいくつか歳上のようだった。
「どういう意味だ!」
ネムスは凄むが、少年たちは薄ら笑いのまま、完全に舐め切った態度であった。
「そいつ『凶星』だろ?みんな言ってるぜ。魔獣達が襲ってきたのはそいつのせいだってな!」
「そんなバカなこと……あるわけないだろ!」
ネムスはあまりのことに軽く眩暈を覚えた。迷信を信じ、人を攻撃する程度の低さ。今までこの世界で知り合った人達が、善い人ばかりであったから忘れていた。世の中にはこういう人間もいるのだ。
『凶星』。久々に聞いた話だ。
そもそもはクローヌの予言だという。要約すれば、獣人が泰平の世を揺るがすという話である。それを真に受けたこの世界の人々は、建国以来、獣人を迫害し、産まれればそれを間引いてきていたのだ。フィーアが生まれた時も一悶着あった。紆余曲折して我が家で預かっているのだが、やはり偏見意識は根強く人々の中に残っているわけだ。
(しかし、クローヌがそんな事言うだろうか?)
ついこの間、ネムスが悪い夢を見ていたのでなければ、神となったクローヌと対話した。その時の印象であれば、クローヌが獣人を迫害することを望むとは到底思えなかった。
(いや、今はそんなこと考えている場合じゃないな)
「父さんと母さんが言ってた!その薄汚い凶星が、魔獣達をこの村に誘き寄せたんだって!」
「そんなやつ、生まれてきた時に殺しちゃえば良かったんだ!」
ネムスの中で、一本の糸が切れるような、そんな感覚があった。行き過ぎた怒りは最早自覚すら出来ないのかもしれない。
「だめ!ネムス!」
服の裾を強く引っ張られてハッとする。
まさに、思い切り殴りつける寸前だった。少年たちはネムスの速さについて行けず、迫力に圧倒されたようで目の前で固まっていた。
振り返ると、フィーアがうるうるとした目でこちらを見つめていた。うずくまっている時は見えなかったが、胸にはバスケットを抱えている。覆いの隙間からはバゲットがのぞいていた。おそらく、母からお弁当をネムスとルルナに渡すよう頼まれ、ここまで来たのだ。
「なぐっちゃ、だめ」
「でも、フィーア、こいつらは酷いことを、許しちゃいけないことを言ったんだ」
怒りのおさまらないネムスに対し、フィーアはふるふると首をふる。
「ネムスは、だめ」
「フィーア……」
な、なんて健気でいい子なんだ、わが妹は。こんないい子が魔獣を引き寄せる訳がないんだ。
思い切りフィーアを抱きしめる。
先程の動きで、ネムスが本気を出せば簡単にヒネられる事を察したのか、少年たちはジリジリと後退している。その姿は哀れで滑稽であった。
確かに。こんな奴らに振るう拳が勿体無いか。でも。
「フィーア、でもやっぱりスッキリしないからこいつら全員殴っちゃダメかな?」
「だめ」
「仕方ないなあ。じゃあそしたら、魔法を使うか」
「?」
フィーアが不思議そうな顔をする。それも当然だ。ネムスは本当に初級魔術を、わずかな威力でしか使えない。これは生まれつきでどうしようもないようなのだ。いわく、魂の構造が違うからである。しかし、今から使うのはハッタリという、古来からある交渉術の魔法である。
「ま、魔法だって……、まじかよ」
「見たことあるか」
「いや……」
「ドラゴンと戦ってる時にバートンさんが……あいつそんなの使えんのかよ」
「げ、そういやあいつ診療所のやつじゃん。バートンさんの弟子じゃん」
ほら、ビビってる。
この村で攻撃魔法を使うのはバートンだけだ。村の魔術水準が低いから、魔術が初級からあることを知らない。威力の多寡があることも知らない。
『そよ風よ、この手に宿りて、命を育む息吹となれ』
小さな声で初級風魔法の一文を唱えると、そよ風が流れ始める。
(ん?なんだ?いや、今はハッタリに集中、集中)
すこし気になったことはあったが、怪訝な顔をしていてはハッタリに気づかれてしまうかもしれない。
本当は、ネムスにできるのはここまでだった。しかし、これは演出だ。
次に、手を天に掲げ、ネムスは大声で唱え始める。
「風よ、大地を揺るがす豪風よ、すべてを薙ぎ払う竜の息吹よ。その身をつんざく鋭い刃となりて、石を穿ち、山を揺るがし……」
ありもしない、創作の呪文。しかも魔術の起動に必要な魔導語ではなく、現代語。ぶっちゃけなんか強そうな言葉を並べ立てただけである。しかし、魔術に魔導語が必要なことなんて知らないだろうというネムスのカンは当たっていたようだ。少年たちの顔がどんどんおびえた表情になってくる。
(演出、演出っと)
そしてそんな強そうな単語を並べ立てながら、そよ風をすこしずつ強くしていく。
まるで、このあと体をつんざく鎌鼬が、大地を揺るがす竜巻が起きる、その予兆のように。
そして、最後に、一番ビビってそうな少年にがっつり目を合わせ、にやりと笑う。
「我が障壁を切り裂き、その血潮を……」
「うわあぁぁ、逃げろぉぉぉーっ!」
創作魔法を物騒な方向に進めたところで、そいつが大声をだして、こちらに背を向け転がるように逃げ出す。
こうなれば後は連鎖する。
尻尾を巻いて逃げ出す少年たち。周りで見ていた大人たちも我先にと散っていく。
「やった!決まった!」
思い切りガッツポーズするネムスを、フィーアはあきれ顔で見ている。
「ネムス……あいつらにげなかったらどうしてたの」
「その時は普通に殴ってやろうかなって。そっちの方が得意だしね」
「もう!ネムスはなぐっちゃダメ!けがにんふやしてじぶんでなおすの?」
確かに。その通りである。医を志す以上、人間への暴力はいけないだろう。
戦闘訓練ばかりしていて大事なことを忘れていた。
「フィーアは賢いね……。あいつらが言ってたこと、気にしなくていいからね」
フィーアの頭を撫でながら、根が深い差別にため息をつく。少年たちはまだ、分別がついていないという考え方もできるが、止めない大人たちはもっとタチが悪い。大人たちが変わらないことには解決しないだろうが……。
「ネムスー!わっ、めっちゃ血でてる!」
ルルナが駆け寄ってくる。ミルトンも一緒だ。
こめかみに手をやると、べっとりと血がつく。頭部の外傷は出血しやすい。小さい傷でもかなりの出血になる。
「大丈夫だよ。ルルナとミルトンさんはお怪我ないですか?」
「なんで平然としてるんですか」
ミルトンに呆れ顔をされる。頭部外傷ではあるが、かすめただけで脳に影響はなさそうなので大事はないだろう。まあ確かに、血がだらだら流れるのを放っておくのはまずいか。ネムスは上着を脱ぐと、鉢巻を絞めるようにこめかみの止血をする。
「フィーアは大丈夫?」
「うん!」
「一応見せてね」
全身触って確かめるが、確かに傷一つないようだ。
「フィーアは凄いね、偉いね」
そもそもフィーアの能力であればあんな何の鍛錬も積んでいない少年達など一捻りのはずだ。それを反撃せず耐えていたのだ。
「ネムス君、とりあえず診療所に行って傷の処置をしませんか?」
どうやらこの中で傷病人は自分だけのようだ。ネムスは観念して重い腰を上げた。




