PRAY⑦
「この場所、生と死の狭間は、他の世界の生と死の狭間とも繋がっています。ですから、他の世界から魂を連れて来ることも可能なのです」
クローヌはネムスの顔を覗きこむ。
「あなたのいた世界では、人が魔力を持たない代わりに、科学が大変進歩しました。その進歩は、私から見ればむしろ魔法のようなものです。特に医療の進歩は、私の世界とは月とスッポンのようなものです。ですから、あなたの世界から医療者を私の世界に連れて来る、その機会を伺っていました。そして、あなたを連れて来ることにしたのです」
「なるほど。しかし、それこそが疑問なのです。自分は内科医です。確かに、当直では色々な診療科の対応はしていましたが、それでもこの世界には外科医の方が適しているような気が」
「確かに、技術だけみればそうなのでしょう。しかし、私があなたを気に入ったのは技術でも知識でもありません。その精神性です」
「おっしゃる意図が」
「私はあなたの死を見ました」
ネムスは渋面する。開きかけた記憶の蓋を無理やり閉じようとする。忘れようとしていた過去の記憶。
「……悪趣味ですね」
「生と死を司っているのです。当然の権限でしょう」
「自分は忘れたいものです」
ネムスはクローヌを睨め付けるが、どこ吹く風でクローヌは話し続ける。
「私は驚いたのです。あなたは患者の家族に逆恨みされ、殺された。しかし、この世界にやってきたあなたの魂は、それを赦していた。なぜですか?」
「それは……患者家族が行き場のない怒りを自分に向けることも、当然だと」
「あなたが行なっていた治療は、常にスタンダードなものだったでしょう。なんというんでしたっけ?」
「ガイドラインですか?」
「そう、それです。ガイドラインに沿った物で、間違ったものではなかったのに?」
「治療を行う者として、最も治る可能性の高い『正しい治療』を提供することは当然の義務です。しかし患者とその家族にとって大事なのは、正しいことじゃなく、治ることです。だから、救えなかった命に対しては、言い訳でしかない。恨まれるのも仕方のない事です」
「それです」
思い出したくもない記憶を掘り返されたネムスは怒りを孕んだ目でクローヌを見つめるが、クローヌはしたり顔であった。
「人の死に対する自責の念。仕方のない死であっても、それを持ち続けられること。医療に関われば関わるほど、難しいことです。何故なら、それ強く持てば持つほど、医療者は精神を病んでいく。そういう人から耐えきれず辞めていく」
「……そんな大それたものでは」
「いいえ。そしてもう一つ。医療者としての矜持です」
確信めいた口調で言い切るクローヌに、ネムスは推し黙る。
「あなたにはやらない自由があったはずです。幼馴染に行った蘇生行為はまだしも、弟や外傷患者はあなたの専門外だったはず。それでもあなたは手を出して救おうとした」
「上手くいかなかったこともありました」
「最初から上手くいくばかりではないでしょう?そもそも環境が整っていないのです。それでもやろうする医療者としての矜持。そして上手く行かなかった事を、それで良しとしない自責の念。それで病まない精神。この世界にあなたを連れてきて正解でした」
「……側から見ればそうかもしれませんが、自分はただ必死なだけですよ」
「あなたはそれでいいのです。そのまま頑張ってください」
「……」
なんというか、これは、いわゆる『やりがい搾取』ではないか?いや、まあそれは別に前世からそうだけれどもだ……。
釈然としない顔に気づかれたのか、クローヌにクスクスと笑われる。
「もちろん、頑張ってもらう分、なにかお礼はしないとですね」
「もう頑張るのは確定なんですね……」
「そもそも私が何か言わなくても勝手に頑張るでしょう?なのにさらにお礼してあげようとしているんです。破格の待遇でしょう」
「むむむ……」
「さて、何がいいですか?」
「え、選べる感じですか?」
「まずは言ってみなさい」
鷹揚に頷くクローヌ。ちょっと神様めいて見えてきたな……。
「じゃ、じゃあ、魔法がもっと使えるようになりたいです……」
魔法がいろいろ使えるようになれば、治療にも戦闘にも生かせるだろう。
「……ネムス、残念ながら私は万能ではないのです」
前言撤回、やっぱりそうでもなかった。
「そう厳しい目で見ないでください。これには構造的な問題があるのです。魂の構造というか……」
「魂の構造?」
「この世界の人々は先ほど、ろうそくとして見せましたよね?一方、これがあなたの魂なのですが……」
そういってクローヌが指さした先には、白熱電球が光っていた。
「そもそも構造としてまったく違うのです。ですから、あなたが魔法をうまく使えないのも、そこに起因しています」
これが自分の魂なのかとまじまじと見つめる。白熱電球かあ。でも白熱電球っていうのも中途半端だな。どうせならLEDがよかった……。
「ふむ。しかし、構造的問題はどうにもならなくても、ほかにやりようはあるかもしれませんね」
「というと?」
「ふふ、起きてからのお楽しみです」
クローヌがニコっと笑い手を小さく振る姿が、だんだん視界からぼやけていく。暗い水の中から登っていく感覚を味わい、ネムスは目が覚めていくのを感じた。
紅白のB'zかっこよかったですね。
本作品の章タイトルはすべてB’zや稲葉ソロの曲名からつけています。もしよかったら聞いてみてください。




