X-②
少しの沈黙の後、ネムスはしぶしぶ答えた。
「わかりました……一緒に働かせてください」
「よかった。よろしく頼むよ」
「よろしくねぇー」
ネムスは慌てて付け加える。
「でも、条件があります」
「む?」
「魔法を教えて欲しいんです。仕事の合間で構わないので」
「ふむ……まあ、専門外ではあるが、この村ではわしが一番詳しいだろうし、いいだろう」
「わたしも、治癒魔術なら教えられるし」
「クララさん、それは門外不出じゃないのかね?」
「まあ。聖水のときに今更って言ったのはバートンさんでしょう?」
「それはそうなんじゃが……」
クララとバートンが何やら言い合っていたが、ネムスは魔術を教えてもらえるとの言葉に小さくガッツポーズをした。
魔術の教師を見つけることは、ネムスにとって非常に重要であった。母の蔵書にはいくつか魔道書があったものの、母は魔術の心得がないと言っており、父は衛兵で完全な脳筋であったから、家族から教えてもらう事が出来なかったのだ。ネムスは魔導書を読み、実際使ってみたが、ほとんど発動できていなかったので、教師を見つけたいと思っていたが、辺鄙な村であり、魔術師はいなかった。唯一、ある程度心得があるのがこの二人だったため、交換条件として魔術を教えてもらえるのは非常にありがたかったのである。
「まあ、とりあえずは、時間のある時に診療所でわしらの手伝いをしてくれ。暇な時間は、わしの蔵書をいくらでも読んでくれて構わない。借りていってもいいが、その時はわしに一言いってからな」
「わかりました」
子供なんて遊んでいるか寝ているか飯食っているかなので、時間はありあまっていた。そもそも、魔道書を読んでいたのだって、蔵書のうち、あらかたのおとぎ話を読み終えて暇になっていたからであった。毎日できる限り来て恩を売り、いっぱい魔術を教えてもらおう、とネムスはほくそ笑んだ。ネムスにとって、今の興味は医学よりも魔術にあるのである。
その時、ちょうど診療所の扉が開き、ちょっといいかい、と村人が入ってくる。
「いらっしゃい、どうぞこちらへー。ちょうど良かったな、ネムス君。暫く手伝ってくれ」
バートンが、今日はどうしたかね?といって迎えいれる。
座る椅子を準備しながら、魔術に興味があるとはいえ、医療に携わる以上、この世界の医学も学ばなきゃな、とネムスは思った。
午後になって患者が落ち着いたところで、解放されたネムスは村唯一の鍛冶屋に向かった。ドアノッカーを使ってカンカンと扉を叩くと、小さな影が扉をあけて迎え入れてくれる。
「はーい、いらっしゃいませー、ってあ!ネムスだ!」
ルルナの肩越しにムズカが炉に向かって作業をしているのが見える。
「ごめん、いまお父さん仕事中だから、店番中なの」
ルルナの家は、鍛冶屋を商んでいる。ルルナの母は早くに亡くなっており、ムズカは男手一つでルルナを育てていた。ルルナはネムスの一つ上であったが、自然に家業を手伝うようになっていた。
「そっか、でも今日は僕も結構疲れてるから、ちょうどよかったかな」
「そうなんだ、何してたの?」
「診療所のお手伝い」
「へー!どんなことするの?」
「患者さんの状態を確認したり、棚から薬持ってきたり、傷を洗ったり……」
「大変そうだねー!」
「ルルナの方がいつも大変そうだけどね」
「そうかな?」
ルルナは店番だけでなく、鍛冶屋の製品や物品を運んだり、力を使う仕事をよく手伝っている。なぜそんなものを持てるのかわからない大きな金属をひょいひょい運び、それでいて疲れを見せず遊びまわる無尽蔵のスタミナを見せる。きっとムズカの遺伝なのだろう。
ネムスは久々の労働でもうくたくたであった。
「また遊びにくるね」
「うん!じゃあね!」
金床で熱した鉄を叩き始めたムズカに頭を下げて、ネムスは家路についた。