PRAY③
一通りの処置が終わり、経過観察が必要な患者を診療所奥の簡易入院施設に移動させるころには、とっぷり日が暮れていた。みな疲労の色がありありと浮かんでいるが、ある手の充足感ですこし気分が高ぶっている。少し落ち着こう、と食事をして一息入れることになった。
マイラにたのんで持ってきてもらったパンにかぶりつきながら、今日の処置を振り返る。
「バートンさん、結紮上手になりましたね」
「いやはや、まだまだじゃが、老いても成長できることを実感できるのはよいのう」
「ミルトンさんも、どんどん状況に応じた動きができるようになって来ていてありがたいです」
「嬉しいです、うふふ」
「そういえばミルトンさん、傷を縫ってみたりとかしたいですか?」
「え?いいんですか?」
「いいんじゃないですか?」
この世界には別に免許もないので、よいだろうというのがネムスの考えである。日本では医師免許を持たずにそんなことをすれば傷害罪になるが……。だいたい、医者だから処置がうまいわけではない。手先の器用さと頭の良さは別に相関しないのである。
「……あの」
和気あいあいと話している三人に、ぽつり、と冷や水を落とすような呟きがソファから発せられる。
「レインさん、どうしました?というか大丈夫ですか?お水でも飲みます?」
「まさか血が苦手だとはのう」
「はい、もう大丈夫です。そうじゃなくて……」
まだ顔色が悪いが、ゆっくり体を起こすレイン。処置の間、ソファに横になっていてもらった。
苦々し気な顔で、重々しく切り出すレイン。
「あんな、野蛮なこと、いつもしているんですか?」
そうだよな、とネムスは心の中で頷く。おそらく、この帝都からきた少女は治癒魔法以外の外科治療方法は知らないだろう。帝都はクローヌ聖教の総本山がある。たった一人の神官がいなくなっただけで外科治療が全くできなくなるこんなド田舎とは違うのだろう。
「……そうじゃな。こういうやり方でいまは治療しておる」
「そんな!こんな野蛮なこと、クローヌ教の聖職者が許すわけが!」
「そりゃ、クララさんがいたころはクララさんにお願いしてましたよ」
ネムスも口を挟む。そもそもこれを始めたのは自分なので、黙っているのは責任逃れだとおもったのだ。しかし、レインは潤んだ眼で、憐みの表情をこちらに向けてくる。
「可哀そうに。こんな小さい子まで洗脳されて……。この村がおかしいのよ。正しい教育を受けさせないと……」
「いや、洗脳なんてされてませんよ。というかそもそも、こういう形で始めたの僕なので……」
「そんな訳ない!というか、気づいてないと思った?」
ビッとバートンを指さす。
「バートンって名前、どこかで聞き覚えがあると思ったわ。反教者リストに載ってたわよ。あなたがクローヌ教に反抗して、こんなことを始めたんでしょう!?」
なるほど。確かに、クローヌ教サイドから見ればそう思うかもしれない。
「こんなこと許されないわ!神聖なクローヌ教を汚す行為よ!」
「……じゃああなたが治療すればよかったじゃないですか?」
今まで黙っていたミルトンが口を開く。その声色は冷たい。
「……そうね。次からはそうする」
「だいたい、神官不在の間、この村の人たちを救ってくれたのはこの二人なんです」
「でも、あんな、人の体を縫うだなんて……」
「じゃあどうすればよかったんですか?そのままみんな死ねばよかったんですか?」
「そ、それが神の定めた寿命で」
「み、ミルトンさん落ち着いて!」
冷たく詰めていくミルトンを遮る。この人、怒ると怖いタイプなんだと初めて知った。
元々、むしろこういう外科処置に懐疑的だったミルトンだが、ミルトンの夫を救って以来、いまや急先鋒の味方である。ありがたいのだが、涙目になっている少女をコテンパンにしろとまでは思わない。
「いいですから、ミルトンさん。確かに傷を縫って直したりするのはこの世界では外道でしょう。それは分かっていたことです」
「でも、ネムス君」
「育ってきた常識が違うだけです。……レインさん」
「な、なんですか」
「確かに、僕は治癒魔法は使えません。使えないなりに、人を救いたいと始めたことです。それはたしかにあなたから見れば外道で、野蛮で、不快かもしれません。だけど、その外道で、救われる人が増えるなら、僕は何を言われても構わないと思っています」
「え?あなたほんとに年下?まさかほんとにあなたが始めたの?」
「僕は、医療を限られた才能がある人だけの特権にしたくないんです。治癒魔術はもちろん素晴らしいものなので、治療体系に組み込むべきでしょう。しかし、治癒魔法を使える人がいないと医療が成り立たない、それはまちがってると思うんです。それではその一人が倒れたらすぐに崩れてしまう。いろいろな方法で、関われる人が増えて、多くの人の命が救われる、崩れない医療体制を作りたいんです」
「でも、それは」
「クローヌ教の方針とは違うでしょう。あなたが習ってきたこととは違うと思います」
「……」
唇をかんで黙りこくってしまうレイン。そこには葛藤が見てとれた。
「どうするかのう……こうなるとは思ってたんじゃが」
「別に、この子はこの子で好きにやってもらえばいいんじゃないですか」
「ミルトンさん、厳しすぎますよ。相手は小さい女の子ですから」
「ネムス君の方が小さいじゃない」
まあ、この世界ではね、とネムスは心の中で思う。
「そうも言えんじゃろ。だいたいこの建物はクローヌ教の礼拝所を間借りしているわけじゃし、あの子が出て行けというなら従わざるを得んな」
ネムスはうつむいているレインを覗き込んで尋ねる。
「レインさん、僕たちにどうしてほしいですか?」
絞り出すようにレインは答える。
「……あなたたちのやり方がわからないから、今日処置した人たちが良くなるまではいてくれてもいい。でも、みんな良くなったら、出て行って。ここは私が任された場所だから。そのために、ここに来たんだから」
それが彼女の中での許せるラインだったのだろう。隠し切れない善性が見て取れる。
「わかった」
「ちょっと、バートンさん!」
お手上げのポーズをして、バートンは了承する。それを咎めるミルトンさんが何やら突っかかっているが、それは意識の外に追いやって、ネムスはレインを見つめていた。
レインの自信無さげな所作。初級の魔術での治療に興味津々だったところ。
自分の常識とは全く違う治療がなされているのを、血が苦手なのに青い顔しながらずっと見つめつづけていたこと。
(この子は、多分、押したらいけるぞ)
ネムスはそう直感していた。
※前話で出た人物の名前が主人公の母とかぶっていたのでライラ→レインに改名しました。
混乱させてすいません。
血が苦手な人って結構いまして、学生実習の手術室見学とかで結構クラっとくるひとは多いです。それで選ぶ科に制限がかかったりするのはなんだかもったいないなあとも思います。いい対処法はないもんですかね?




