あの命この命⑯
獣たちの襲撃から一日が過ぎた。
ネムスは教会の広場に座り、何を考えるでもなく、曇天の空を見上げていた。
ネムスは一度休み、そのあとまたけが人たちの対応に当たった。快方に向かう人もいれば、トルクスのように亡くなってしまう人もいた。幸い、ネムスが傷を縫った何人かは状態が安定していた。あの大けがを負っていたゲルナーも意識を取り戻していて、奥さんのミルトンから大変感謝された。
視線を落とすと、広場には50を越える、布で覆われた遺体が並べられていた。大きいものも小さいものもある。今回の襲撃で、すでにこの村のだいたい四分の一程度が命を落とした計算になる。まだこの後も増えていくだろう。
フーっと吐いた息が白く立ち上っていくのをぼんやりと眺める。かさかさと風に吹かれて木々から落ち葉が舞う。
最近は寒くなってきたとはいえ、このまま遺体を置いておくことはできない。明日から順に共同墓地に埋葬していく予定だと村長が話していた。今日までにお別れは済ませておくように、という通達があったからか、それぞれの布の傍で祈りを捧げている声が風に乗って聞こえてくる。
広場の端の方で、遺体の前から動かず、朝からずっとうずくまっている男がいる。
クリンスマンだ。
その顔は生気が抜けていて、表情に乏しい。昨日の晩にドラゴンを撃退したばかりの男とは思えないほどやつれている。
それもそうか、とネムスは思う。自分の想い人が、命と引き換えに蘇生してくれた。そんな状況に置かれて、それをどう受け止めていいのか。自分がその状況に置かれても簡単に答えが出るとは思えなかった。
もちろん、クララの選択が完全にまちがっていたわけではない。実際、クリンスマンがいなければドラゴンからの防衛は困難だっただろう。クララはクリンスマンだけでなく、この村を守った英雄でもあるのだ。しかし、戦闘後にはクララの持っていた治癒魔術があれば、救えただろう人もいた。おそらく、トルクスも何とかなっただろう。
あの時、自分はどう動くのが正解だったのか?そんなことはわからない。
わからないことをぐるぐる考え続けても仕方ない。とりあえず今は、クリンスマンに声をかけよう。それが正解なのかはわからないけれど、とネムスはクリンスマンに歩み寄った。
「クリンスマンさん、そろそろ教会に戻りましょう」
「……」
クリンスマンは反応しない。
ネムスはクリンスマンの隣に座る。目の前のクララの遺体は布で覆われてみえない。
目を閉じ、手を合わせて祈る。今までの数年間のクララとの日々が瞼の裏には浮かんでは消え、浮かんでは消える。優しい笑顔、快活な笑い声、お酒を飲んで酔っぱらっている姿、たばこを慌ててもみ消している姿……。あれ、思い返してみると、案外しょうもないときの方が多かったけれど、それでもやっぱり魅力的な人だったな、と思う。
「ね、ネムス君……」
隣からぼそっと声が聞こえて、ネムスは目を開ける。
「く、クララさんは、どうして……」
じっと布を見つめながら、クリンスマンはつぶやく。
「なんで、じ、自分が、生きているんだ……」
なんと言おうか、ネムスは少し逡巡する。クリンスマンの大きな体が、自分と同じぐらい小さく見えた。
「僕には分かりませんけど、クリンスマンさんに生きていて欲しいって、クララさんが思ったんじゃないですか」
クリンスマンの体がさらに小さくなったように感じる。
「し、自分には何も、できないし……」
「ドラゴン撃退したじゃないですか」
「でも、きっと、クララさんが生きていた方が……」
ネムスにはクリンスマンの気持ちがなんとなく理解できた。自信がないのだ。クララの分まで背負って生きていく、その自信が。
「でも、そうしたらこの村は全滅していたかもしれませんね」
「じ、自分は、どうしたら……」
「ぼくは、クララさんからこの村の医療を託されたと思ってます。クリンスマンさんは、何を託されたんでしょうか?一日中広場に座ってうなだれていることでしょうか?」
「……き、厳しいね、ネムス君」
厳しいと言われ、ハッとする。いつも、クリンスマンに対して少し敵対心のようなものがあった。今も、なんだか腹が立っているような気持ちがどうしても首をもたげてくる。
どうしてだろうと考えるまでもなく、ネムスには理由が分かっていた。クララに認められた人間が、うじうじしているのが気に食わなかったのだ。これは嫉妬心だ、とネムスは思う。クララに憧れに似た、淡い気持ちがあったことをネムスは自覚する。今更遅いのだけれど、それは確かだった。
「すみません、言いすぎました」
「いや、き、君の言う通りだよ。壊れた家も多いし、獣の群れは去ったとはいえ、い、いつまた襲ってこないとも限らない。じ、自分みたいな無傷の人間が、ずっとこうしていてはいけないんだ」
思わず、クリンスマンの方を見る。やつれているのは変わらなかったが、目の奥の方に光が戻っているように見えた。苛立ちに任せて発破をかけたのが、存外うまくいったようだ。
「ネムス―!ごはんよ!」
炊き出ししている母が大声で呼びかけてくれる。ネムスは立ち上がると、パンパンと尻の砂を払う。
「クリンスマンさん、行きましょう。まずはご飯を食べましょう」
「わ、わかった」
のそり、と立ち上がったクリンスマンの背中を押して、二人は教会へと歩き始める。
「あれ」
その最中、ネムスは冷たさを頬に感じ、空を見上げる。
雪が降ってきていた。
ひらひらと舞う雪片が、音を吸収して、静けさが村を覆っていく。
冬の始まりだ。この状況で冬に入るのは、この村にとって大きな試練となるだろう。
そんな現実とは裏腹に、ネムスは、今は、雪がこのまま止まないで欲しい、そんな気持ちになっていた。
この世の悲しみを全部、深く、深く、埋めてしまうくらいに。
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同じ日。
聖都では、エド大帝のお世継ぎの生誕が大々的に喧伝された。
お披露目が行われた広場には人々が押し寄せ、次の皇帝の姿を目に焼き付けようと色めき立っていた。
テラスに立ち、幸せそうに息子を抱いたエド大帝とクリスティーナ妃に、大衆は惜しみなく歓声と祝福を送った。
その祝賀ムードの裏で、渋い顔をし、頭を悩ませている初老の女性がいた。
クローヌ聖教の総本山、大聖教会の聖王室で、側近の枢機卿たちと密談しているこの人こそ、クローヌ聖教で最も権威をもつ聖王、クラリスである。
「聖王様、今のペースではすぐ立ち行かなくなります」
議題に上がっているのは、まさにこのお世継ぎである。
生まれた傍から最上級治癒魔術を3人分必要としたこのお世継ぎは、その後も体調を崩し、そのたびに最上級治癒魔術を必要としていた。使用者の命と引き換えに対象の治療を行うこの魔術は、秘術であり、会得している者は決して無尽蔵にいるわけではない。それをこのペースで消費されては、聖教が組織として成り立たなくなる。
聖王クラリスは二択を迫られていた。
このまま世継ぎの治療を続けるのか。それとも、やめるのか。
クローヌ聖教が今の地位を築いたのは、ひとえにこの国の中枢人物たちの治療を一手に担い、文字通り命を握っているからに他ならない。お世継ぎの治療をあきらめるということは、クローヌ聖教の権威の失墜を意味していた。
閉じていた目を薄く開き、クラリスは枢機卿たちに命じた。
「背に腹は代えられません。見習いを含めて、すべての聖教医師団員に最上級治癒魔術の開示を許可します。また、最上級治癒魔術を習得しているものを全国から集めなさい」
「はっ。承知しました」
「覚えている者は片端から全員ですよ。左遷した者、破門した者も含めてです。何ならそういう者を率先して集めなさい。最後くらい、我々に、帝国に貢献していただきましょう」
翌日、全国へと聖教から極秘に早馬が飛んだ。
しかし、深い雪に閉ざされたネムスたちの住む村にその知らせが届いたのは、雪が解けて春になってからであった。
ウグイスの鳴き声とともに、年老いたロバに乗って、一人の少女が現れた。
この章はこれで終わりです。
正直、なろう受けしないエピソードであったと思います。というかそもそも、なろう受けしない小説なので。それでもブックマーク登録してくれたり、いいねしてくださる方には感謝しかありません。
うまくいかないことばかりで、周りの人も救えない。そんな苦しさ、寂しさ、力不足を痛感する。
生きているとそんなことばかりですよね。
小説でまでそんな思いしたくない?それはそうかもしれないけれど。
でも、主人公って、つらい思いをして、そこから全力で這い上がってほしくない?
自分だけなんでしょうか。これって性癖?
次の章で第一部は終わりにするつもりです。
もうちょっとお付き合いください。




