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あの命この命⑤

漏れ聞こえてくる戦況は、けして芳しいものではなかった。


そもそも昼の襲撃ですでに、普段衛兵をしている者の一部は戦闘不能になっていた。当然、慣れない村人が戦っても魔獣に勝てるわけではなく、運び込まれる怪我人は増えるばかりであった。教会の周囲にじりじりと魔獣の包囲網は接近してきているようで、村人たちのどなり声や獣の咆哮が、教会の中でもかすかに聞こえるようになっていた。


そんな状況で、ネムスは引き続き運び込まれてくる患者の処置をする。


ネムスの心は揺れていた。


自分は、少なくとも今戦いに向かっている村人よりは、腕に覚えがあるつもりであった。自分が戦いに出れば、今よりも被害は抑えられるかもしれない。しかし、この場はどうなるか。今、ただでさえ手が足りていないのだ。


悩みながら、ひとまず目の前の問題に対処することにする。次の患者、次の患者、と座り込んでいる男の下に向かうと、見なれた少女が抱きついている。まじまじとその男の顔をみると、見慣れた顔であったので、ネムスは思わず声を上げてしまう。


「ルルナ!ムズカさん!」

「ネムスーぅうう、パパが、パパがぁ」

「おおう、ネムス君。忙しいところすまない。ルルナ、大丈夫だ、大丈夫だから。」


幼馴染のルルナと、その父親であるムズカである。姿が見えないので心配していたが、ようやく顔が見られて少し胸をなでおろす。


「いえ、怪我はどこに」

「左腕だ」


ムズカさんの左腕をみると、大きく獣に噛みつかれた痕があった。盛り上がった筋肉が裂けてぽたぽたと血が滴っている。骨は折れていなさそうであった。

「ムズカさん、感染が怖いので洗いますよ。痛いですから覚悟してください」

「頼む」

傷に水をかける。ぐうう、と呻いているムズカに申し訳なさを感じながらも、念入りに傷を洗う。獣につけられた傷の感染は必発だろうが、しかし抗菌薬として使える聖水の量も限られている。であれば、できる限り感染を起こしにくいように、起こしても軽症で済むように、しっかり洗浄するほかない。


念入りに洗うと、どうしても固まっていた血がとけてしまい、再び血が流れ出す。傷は前腕にあったので、上腕を布できつく縛って止血する。傷口にとりあえず包帯を巻いて保護する。


「はい、終わりです。あとは順番待っていてください」

「ネムスううう、パパ死なない?大丈夫?」

「大丈夫だよ、ルルナ」

「よかったあああ」


実際、この傷なら、あとあと感染をひどく起こしたりしなければ、止血さえしっかりしていれば命に関わることはない。

すこし安心したようだが、まだぐすぐすと泣き続けているルルナの頭をぽんぽんとなでる。ムズカはルルナにとってたった一人の肉親である。確かに不安になるだろう。


そんなとき、普段の豪放磊落な姿とは打って変わったムズカが、ぼそりと呟くようにネムスに言った。

「ネムス君、俺はカミックさんに助けられたんだ」

思わずムズカををまじまじと見つめる。そういえば、父はずっと外で戦っているのだ。運ばれてきていないから、怪我はしていないのだろうが、と思っていたのだが、生存報告は初めてであった。

「そうでしたか」

「獣に腕に噛みつかれて、組み敷かれてなあ。絶体絶命だと思ったところで、俺の上に乗った魔獣を切り飛ばしてくれたんだ」

そういって、ムズカは無事な右手でルルナを抱き寄せる。

「あのとき助けてもらえなかったら、ルルナもやられていただろう。本当に、ありがとう!」

「わかりました、また父に伝えておきます」


そう言って、ムズカにペコリと頭を下げた時だった。

何かが爆発するような大きな音とともに、教会の壁の一部が吹き飛ばされた。

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