流れゆく日々①
フィーアの出生から数か月。
長く続いた冬も終わりを迎え、溶けた雪の合間に見える地面からは新たな生命の息吹が見える。あれだけ厚く垂れこんでいた雲も、今やだいぶ切れ目が目立つようになった。
結局、今年の冬も厳しかったな、とネムスはフィーアをあやしながら振り返る。冬の寒さの厳しいときは、病気も増える。血管が詰まったり、破けたり。脳や心臓の急性疾患はこの村の設備ではどうすることもできず、何人かの高齢患者を見送った。
あわただしくしているうちに、ネムスも一つ、年を取った。といってもまだまだ6歳である。
「あうー」
「ばぅー」
膝に座り、お座りしながらネムスの髪の毛をつかんで遊んでいるフィーアと、ずりばいでネムスに近づいてきたエバン。生まれたのはエバンの方が半年くらい先であったのだが、すでにフィーアが体格でも発達でも追いついてしまった。獣人の発達は早いのだろうか。文献もないので手探りであった。
「エバン、おいで」
エバンを拾い上げると、フィーアを右ひざに、エバンを左ひざに座らせる。ニコニコ笑いあっている二人は本当の兄妹のようであり、ほほえましく思う一方、気がかりなこともあった。
「おっと」
エバンの上体がぐらつくため、腰を手で支える。
心配なこと、それは、エバンの体のことであった。よく赤ちゃん言葉を話し、ニコニコ笑うので、精神的な部分は問題なさそうであった。しかし、どうにも、まだ安定して座位をとれない。生まれてから日本の暦で言えば9か月くらい経っている。
あやしながらエバンの足を曲げ伸ばしする。やはり、硬さが目立つような気がした。
とはいえ、ネムスにできることはあまりない。せいぜいが、マッサージしてあげることくらいである。あとは、自分の心配しすぎであってくれ、と祈ることくらいであった。
春になって道が通じたことで、行商人も姿を見せるようになった。前世での日本の流通網に慣れ切っていたネムスは、雪に閉ざされた村の生活、特に食生活は想像を絶するものであった。毎日酢漬けのキャベツと、塩漬け肉と、硬いパンといったメニューが続くと、やはり気が滅入ってくるものがある。時折カミックが狩りで持ち帰ってくる獣肉がなんとありがたいことか。しかしやはり野菜は保存がきくものが少ないため、食生活は偏ってしまうのだ。一年通して新鮮な野菜が食べられた前世はなんと恵まれていたことか……。
行商人の訪れを待っていたのはネムスだけではなく、村全体であったので、今年に入って初めての行商人が来たときは村総出で歓待が行われた。
数日後には、さらに何人か行商人が訪れて、広場で荷をおろし、こまごまとした品も売り始めたので、ネムスはルルナと連れだって物見遊山に出かけることにした。
「楽しみー。きれいな髪飾りとか、あるかな?」
「そうだね、あるといいね、ルルナ」
るんるん、と明るく跳ねるように歩くルルナ。無邪気なその姿がうららかな春の陽気の中で、なんだか子犬が走り回っているようで、微笑ましかった。ネムスもなんだか開放的な気分で大きく伸びをする。久々に肩の力が抜けたような気がした。
町の広場では、行商人が3人程、敷布を広げて、その上に品を乗せて蚤の市のように市場を作っていた。目を輝かせ、うわー、などと感嘆しながらその品々に見入るルルナ。ネムスもしげしげと品物を眺める。並べられたものは食器や装飾品などが主な品であり、それほどネムスの興味を刺激するものもなかったのだが。
「おじさん、それ何ですか?」
ネムスは行商人の腰に下がった筒のような形状の物体に目がひかれた。幾何学的な文様が刻まれ、中央にキラキラと光る赤い石がはめ込まれている。
「おう、これか。これは坊ちゃん、売り物じゃないんだ」
と言いながらも、行商人はその筒を手に取って、を空に向けると、親指をボタンを押すかのように赤い石にかざす。すると、筒の先端からボオッと音を立てて炎が吹き出す。
「うわあっ」
まったく予期せぬ出来事にネムスは驚き、尻もちをつく。行商人はその姿をみてげらげら笑う。
「坊ちゃん、魔道具をみるのは初めてかい」
「は、初めてです」
「がはは、俺の私物だからな、売っちゃあいないが、帝都に行けば売ってる店があるぞ。高いがな」
「どのくらいするんですか」
「んー、これは金貨3枚くらいだろうな。まあ俺も借金のかたに手に入れたから正確なところはわからんがな」
「金貨3枚!」
村の生活ではほとんどが自給自足、物々交換が主であり、ごくたまに使う時でも、一番価値の低い銅銭である。銅銭100枚で銀貨1枚、らしいのだが、その銀貨すらほぼほぼ目にかかったことはない。だいたい、庶民の一年間の生活費が銀貨50枚くらいのもので、金貨なんて言ったら銀貨100枚と同等らしいから、自分たちの生活とはほど遠いものである。なお、ルルナの治療に使われた例の聖水は1瓶金貨1枚であるらしい、と後でバートンから教えてもらった。ネムスがいまだに無賃労働であるのも、むべなるかな、である。
「なんでそんな高いんですか?」
そうさなあ、と行商人は顎に手をあてる。
「ここにはまってる魔石がべらぼうに高いんだってよ。質が高いものはすごく希少なんだと」
「魔石……」
「だが、俺みたいに魔法を使えない、学のない人間でも、これを使えば炎が出せるんだ。起動するには少しここに魔力をこめると、魔石がそれを増幅して、さらに紋様が詠唱の代わりをしてくれるらしい」
「それは夢のような道具ですね」
「だろう?護身に使ってるんだ、かなりの火力が出るからな。魔獣に襲われそうになった時は、こいつで何度か撃退したよ。護衛なしで行商に出られるようになって、儲けが増えた。本当に助かってるんだ。だからこいつは坊ちゃんが金貨10枚だすって言っても売らないね」
「まさか、そんな大金ないですよ!」
「そうかあ?いい身なりしてるから、どっかの貴族の坊ちゃんが田舎に遊びに来てるのかと思ったぞ」
「そうですか?いい身なり?」
「高い生地だろ、その服。俺の目はごまかせないぜ」
ネムスは首をかしげる。着せられているばかりであったので、自分の着ている服の品質なんて、あまり気にしたことがなかった。しかし、自分たちの生活が、けして余裕のあるものではないことをこの冬痛感したので、とても自分の家が裕福だとは思えなかった。
「たぶん気のせいですよ。母の衣服の管理が良いんじゃないでしょうか」
「うーん、そうかねえ」
「ねえネムス、わたしこれがいい!似合うかな?」
会話に割って入ってくるルルナ。どうやら夢中で物色していて、先ほどの炎にも気づいていなかったらしい。
「おお、似合う似合う」
ルルナの栗色の髪にあてがってみる。青いワンポイントのガラス片があしらわれている花の形の髪飾りで、ルルナの澄んだ空のような青い瞳とよく合っていた。
「嬢ちゃんお目が高いね!うーん、それなら銅銭5枚だな!」
「……ネムス、わたし銅銭2枚しか持ってない」
潤んだ目で見上げられる。これはどうしたものか。
「おじさん、いくら何でもそれは高くないですか。……銅銭2枚でどうですか?」
とりあえず値切ってみる。とはいっても、今までの人生で値切ったこともないので、たどたどしいものであった。
「うーん、おじさんも商売だから……」
「そこをなんとか!」
「まけて銅貨4枚!坊ちゃん、それなら出せるかい」
自分の懐を確認する。銅銭2枚。全財産である。
「ルルナ、じゃあ、大事にするんだよ?」
「え?ネムス、出してくれるの?」
半分だけな、とルルナの2枚と自分の2枚、合わせて4枚を行商人に渡す。
「毎度あり、坊ちゃん、嬢ちゃん」
「ありがと、大事にするね」
ギューッと髪かざりを抱きしめるルルナに、仕舞いこまないで使ってあげてよ、と釘をさす。
(しかし、魔道具か……自分でも使えそうだし、炎以外にもいろいろ応用もできるんだろうか?もう少しいろいろ調べてみようかな。明日バートンさんに聞いてみよう)
喜色満面のルルナとともに、ネムスは家路についた。
いつも読んで頂きありがとうございます。
前回で、ひとつ幼少期の書きたかったエピソードが終わり一息と言ったところです。
チートでも無双でもなく華が全く無い、ランキングにも縁がない拙作ではありますが、読んで頂ける人が1人でもいる限り、地道に自分が書きたいものを書いていくつもりです。
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