光芒-⑮
試しの儀から10日ぐらいたった頃。ネムスはカンロとともに、トルクス家に産後の診察へ向かっていた。日差しのあたたかな日である。今年の冬はあまり厳しくなさそうだ。
「どうしたんさ、ネムス君」
「気にしないでください、ただの筋肉痛なんです」
えっちらおっちら歩いていたネムスを心配したカンロに声をかけられる。父に弟子入りしたネムスであったが、まだ剣を握っていなかった。まずは基礎体力からだ、と、ひたすら走らされており、ネムスはほぼ毎日筋肉痛の状態であった。
トルクスさんの家までたどり着く。コンコン、と扉を叩くが、反応がない。獣人の子、フィーアの泣き声は聞こえるのだが……。
カンロと目をあわせ、一つ頷くと、ネムスは中に声をかける。
「トルクスさん、入りますよー」
そういって、ギッと音のする扉を開く。
真っ暗な部屋の中に、外の光が差し込み、照らし出された光景にぎょっとする。
「ト、トルクスさん……?」
部屋の中は荒れ果てていた。食器が散乱し、いすや机はひき倒されている。砕け散った花瓶としおれた花が寂しく横たわっていた。
トルクスは、部屋の隅のベッドに、うなだれて腰かけていた。膝の上に、フィーアを抱いている。ぎゃんぎゃん泣いているが、それに反応する様子はない。
「トルクスさん!」
あわてて駆け寄り、トルクスさんの肩に手をあてて揺さぶり、顔を覗きこむ。生気のない顔で合わなかった視線が、何度か揺さぶると徐々に光がもどり、ネムスと目が合う。ようやくその存在に気が付いたかのように、すこし驚きながら、口を開く。
「ネムス君……」
「トルクスさん……」
堰を切ったように、その目から涙が溢れだす。
「トルクスさん、聞きにくいことを聞くようじゃけども……、奥さんは、どうしたんじゃ?」
「ぐ、つ、妻は……」
とぎれとぎれ、詰まりながら、トルクスが話始めた。
自分たちの娘が獣人として生まれた、という事実について、トルクスと奥さんはやはりかなりのショックを受けていたものの、しかしやはり自分たちの娘であるのだという気持ちから、前向きに頑張ろうと話し合っていた。しかし、育てると決めたときに、問題になってきたのが、親戚になんと伝えるか、という問題であった。
もともと、トルクスは一介の農家である。早くに両親を亡くした彼は、この村の隣町にある豪農、クトラ家の下働きに出ていた。そこで、豪農の娘、アグルと恋仲になった。もちろんアグルの両親の反対もあったのだが、二人の意志が強かったため、最後には折れ、結婚が認められた。義両親となった豪農の方針で、この村を新たな生産拠点にするために、二人で移住し、開墾を始めたばかりであったのだ。
奥さん、アグルの実家、つまりこの豪農クトラ家にどう伝えるか。迷った二人は、直接みてもらおうと、何も言わずにアグルの両親を呼び出した。これが結局、最悪の結末を招いた。
クトラ家一同、つまり奥さんの両親と兄二人が、新たな親族の誕生に気持ちを逸らせながら、今朝、馬車で訪れた。しかし、家に入って対面した赤ちゃんが獣人であることに驚愕する。どういうことだ、という言い争いが始まる。
やり玉に挙げられたのは、立場の弱いトルクスであった。トルクスの両親がなくなっていることをいいことに、トルクスの血筋に獣人がいるに違いない、けがれた血筋だ、などと暴言を吐きかけ、一方的に婚姻関係を解消し、抵抗する奥さんを馬車にむりやり乗せて連れて帰ってしまったのだ。
呆然とするトルクスと、フィーアだけがその場に残された。
「ひどい話ですね……」
「トルクスさん、気を確かにもって」
カンロが背中をさすりながらトルクスをなだめる。
たしかに、現代のお産でも、たとえば障害のある子供が生まれたときに、実家同士が揉めるというようなことはままある。しかし、倫理観が育っている現代では、ここまでの事態に発展することはあまりない。
「しかし、どうしようかねえ」
「トルクスさん、まずは、奥さんと話に行くのはどうですか。隣町なんでしょう?」
ネムスはそう提案する。しかし、トルクスはかぶりを振る。
「無理だ……あの様子じゃあ、会わせてくれもしないだろう」
「でも、奥さんは連れていかれるとき、抵抗していたんでしょう?なら、まだ気持ちは残っているんじゃないんですか」
「しかし……自分は、彼らに抵抗する力はないし……」
「トルクスさん、今から大事な話をします」
一呼吸おいて、ネムスは続ける。
「フィーアちゃんにとって、トルクスさんと奥さんは唯一、頼れるところです。トルクスさん、子供をつくるということは、それに応じた責任があるはずでしょう。あなたが、子供にとって、安心して過ごせる場所をつくらなくてどうするんですか」
トルクスの顔に、徐々に生気が戻ってくる。
「でも、その間、フィーアは」
「それは心配しなくてよいさ、こちらで預かっておこう」
「ありがとう、ありがとう!」
トルクスはカンロにフィーアを渡すと、バタバタと軽い旅の準備を整えて、家を飛び出していった。その背中には、先ほどまでうなだれていた男の影はなかった。
カンロとネムスはトルクスの背中が見えなくなるまで見送ると、顔を見合わせる。
残された自分たちにとってもまだ解決すべき問題がある。
「さて、どうなるかのう。とりあえずわしらは診療所にもどろう。フィーアちゃんの預かり方も考えなきゃいけないし」
「はい、カンロさん」
フィーアを抱き、ネムスとカンロは診療所へと戻った。




