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きっかけ

 家に帰ってきたアミラは、すぐに着替え始める。

 兄貴が忠告したことを素直に聞くなんて可愛いところもあるじゃないか、と思ったのも束の間、着替えているのは戦闘着だった。


「さあ。兄貴、手合わせを」

「……今、帰ってきたところだろ。それに、ゲス男に乱暴された後だ。ちょっとくらい休めよ」

「大丈夫だよ。あんなの、なんでもない」


 自分の妹ながら、気力だけはなかなか良いものを持っている、とジルは思う。

 可愛らしい顔をしているが、顔面に攻撃を入れられたくらいでは怯むことはない。

 今のところ、実力が伴っていないだけだ。技術が追いつけば、良い剣士になると思った。

 それに、この国では、実力のない者は死あるのみ。

 自分がついているからと言って、甘やかしていい状況ではなかった。


「……いいだろう。表へ出ろ」

「ふん。いつまでも子供だと思ってたら、痛い目見るよ」


 強くなることが唯一生きるための手段である以上、誰も彼もが強くなろうとする。

 それは、女子供であっても同様だった。

 だが、それを考慮しても、アミラの意識はここ最近、飛躍的に高くなった。

 以前は、「兄貴、あたしのことしっかり護ってよね」とか言って、甘えてきたりしていたのだ。


 ジルは、アミラの剣を受けながら尋ねる。


「なあ。お前、何かあったのか」

「おらっ!! 喋ってる余裕なんて、あるのっ!?」

「あるから喋ってんだよ」

「このっ、クソ兄貴っっ!!」


 アミラが剣を振り、スカ振りした隙を狙って頭に優しくチョップしてやる。

 舐められて激昂するアミラの隙を狙って、めくれ上がった服の下に見えるヘソをつん! としてやる。

 もはやアミラは、怒りすぎて冷静さのカケラも見られない。

 大味な回転斬撃の隙をついて、お尻をパシン! と平手打ちしてやった。



「あ────っっ、もうっっ!!」



 顔を真っ赤にして怒る。

 アミラはついに、大の字になって地面に転がった。


「降参か?」

「降参だよっっ! もう無理」


 アミラは、プンプン怒って、家の中へと入っていった。

 そんなアミラの後ろ姿を見つめ、ジルはほっこりした気持ちになる。

 可愛い妹なのだ。

 まだ強くはない。絶対に、護り抜かねばならない。


「よ、下町の戦士。調子はどうだ?」


 声がするまで気付かなかった。

 ハッとしたジルの真横に、一人の男が立っていた。


「……ディーン。相変わらず趣味の悪い登場の仕方しやがんな。話しかけるならいちいち気配を消すな」

「いやあ、お前の腕が鈍ってないか心配でさ。ちょっとなまってんじゃないの? 俺の接近に気づかないなんてさ」


 アミラの彼氏、ディーンだ。

 金色の髪に、茶色いツノ。

 ジルより筋肉はないが、どちらかというと力ではなくスマートに敵を切り刻むタイプの剣士だ。

 彼は王宮戦士時代のジルの同僚で、同い年だった。

 その頃は、ジルが兵士長。ディーンは平の兵士だった。

 だが今は、ジルは王宮戦士を追放され、ディーンは兵士長だ。

 彼はまだ武将には抜擢されていなかったが、ここ最近、どんどん実力が上がってきている注目株として周囲からは見られていた。


「アミラ、いる?」

「ああ。ってかお前、アミラにあんな乳首の見えそうな服、着させんな」

「そういうお前だって、そんな女を取っ替え引っ替えしてんだろうが」

「俺のは別だ」

「俺はアミラを愛してる。心の底からだ。絶対に、幸せにする」

「……ああ。そうしてやってくれ。そんで? それと乳首の見えそうな服との関係は?」

「だからさぁ。そのついでに、お互い、いろいろ欲望もさ……」


 急にウジウジと言い出す。

 まあ、こいつに悪気がないのはわかっていた──というか、ディーンは派手な見た目の女が好きなのだ。

 ディーンがアミラを愛しているのも知っている。アミラの言うように、自分と違って「一夜限りの愛」などではないことも。

 ただ、いかんせん遊び人にしか見られない軽めの顔と調子が気にはなる。


「だがな。そんな格好で街を歩いたせいで、あいつ、今日は暴漢に襲われたんだぞ」

「はあっ!? ジル、お前がいながらどうしてそんなことになった!!」


 それ言われると耳が痛かった。

 気が付けばいなかったのだ。だいたい、いい年をした家族の動向を、四六時中監視などするわけもなく。


「まあ、気が付けばいなくなっていたんだが」

「しっかりしろよ。やっぱお前、鈍ってんぜ。王宮を離れて忘れてしまったんじゃないのか、この国のルールをな。一瞬でも目を離せば、大切なものが消えるんだ」


 ディーンは、真剣にジルを怒っていた。

 確かに、もっともなことだった。今回のは、自分が悪い──

 と思い始めたジルは、気が付けばすっかりディーンに言いくるめられ、服ことはケムに巻かれてしまっていた。

 

「なあ。ディーンよ、最近アミラの様子が少し変なんだ。やたら剣の訓練に励むというか。お前、何か知らんか?」


 ディーンは、意味ありげな顔を作って腕を組む。

 こうすると、いくらディーンでも少しは真面目な顔に見える。

 どうやら、何か知っているらしい。


「……アミラの友達、イエナって女の子が殺されたんだ」

「本当か? イエナは、うちにもよく遊びにきていた。王宮の宰相『エゼリオ』の娘だろ? 最近は来なくなったと思ったが──」

「ああ。これはまだおおやけにはされていないが、噂では、どうやら死霊軍の刺客にやられたって話だ。あいつら、同じ魔王軍でありながら、自分たちが一番上だと思ってやがるからな。俺たち悪魔軍がよほどかんさわるらしいぜ」


 そうだとしたら、アミラがどんなに辛い思いをしたか。

 最近の変わりようは、間違いなくそれが影響しているだろう。

 大事なものを護り抜く。

 それは誰もが抱く、共通の願いなのだ。

お読みいただきありがとうごさいます。

ここでちょうどストックがなくなったので、この作品は一時お休みしたいと思います。

別作品「人機恋愛」を投稿中ですので、そちらもよろしくお願いします。

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