永遠の夜をもたらす者
「やった……!!」
涙を流して抱き合うリックとソニアを見て、アイリスは、知らず知らずのうちに声をあげていた。
リックたちがマルンを倒した。願いを果たした。
とうとう、リルルの側近中の側近、死霊軍陸戦師団長──「武将」を倒したのだ。
これで側近は残り二匹。
たとえリルルのことが倒せなくとも、こいつらを長い眠りにつかせることができれば、たくさんの人たちが死ななくて済むかもしれないのだ。
アイリスは、胸の中に希望が沸々と湧いてきているのを、身体中で感じていた。
広場を取り巻いていた大勢の魔物たちは、武将・マルンの最期を目の当たりにして全員が立ち尽くした。
リュカの相手をしていた武神・アトラスは戦いの手を止めて、マルンを眺めていた。
リュカは、猛烈な魔法力を帯びて光る魔法剣をアトラスへと向ける。
「どういう気分だ? 自分の未来を見るのは」
「……ふん。戦うこと以外の雑念が多い。そして敵の弱みをつくような戦い方ばかりするからここぞというときに覇気がない。だから奴は負ける。武将として恥じるべき無様な最期だ。同情の余地などない」
「それだけか? 仲間がやられて」
「それ以外に何がある。仲間などではない。『同じ大将を持つ』というだけだ」
「だからお前たちは負けるんだ。それこそ、同情の余地などない」
「……意味がわからんな」
アトラスは斧を振りかぶる。
魔法で覆われたリュカの剣は幾度となく巨斧を受け止め、弾き、押されることなく対等に張り合っていた。
猛烈な勢いで振られるアトラスの斧を、多重魔法剣は受け止めてくれていた。
武器破壊を回避できること自体が奇跡的な話なのだ。普通の戦士では、そもそもアトラスの相手にすらならなかっただろう。
そして、アイリスは「聖騎士」という戦士の存在を、これまで以上に「すごい」と思った。
生きている、普通の人間なのだ。
それが、生前のリュカは、この武神アトラスをして、全く相手にしなかった。
白魔法の効力がアンデッドの力を減衰させ、溶かし、強烈な攻撃すらも受け止める。
人間など、非力な存在だと思っていた。
強力な魔物の存在に比べたら、ちっぽけな、ひ弱な存在だと。
アンデッドとなった今、これほど強く感じるとは想像もしていなかった。
魔物は恐れている。
人間の力を──いや、「生者の力」を、アイリスは、生きていた時よりも強く実感していた。
が、
「こざかしい」
光を増した緑色の単眼は、これまで以上に斧の速度を上げてきた。
光り輝くことなど全くない、薄暗い闇に紛れて轟音を響かせる巨斧がリュカを襲う。
リュカの予測を超えたらしい敵の斧は、リュカの左腕を吹っ飛ばした。
「これが生体なら、お前は片腕を失っている」
「俺が生きていたなら、お前は今頃、手も足も出ず既に完全消滅しているさ。前の戦いをもう忘れたのか?」
リュカの腕の切断面が紅蓮に輝いたかと思うと、遠くに飛んだ腕の切断面とが赤い光で繋がれた。
復元魔法が発動する。
接合しようと浮かんで飛んでくる腕を、アトラスは斧で遠くに弾き飛ばした。
アトラスと剣を交える最中、弾き飛ばされた腕がブーメランのように戻ってくる。
アトラスは、それをまた弾こうと構えた。
リュカは腕の接合を諦め、分離したままの腕を空中操作する。
ちぎれた腕は不自然な軌道を描き、アトラスの首にかじり付くようにしてくっついた。
その腕に向かって引き寄せられるようにリュカは加速する。
リュカと腕を繋ぐ紅蓮の光が、二つのパーツをくっつけようとしているかのようだった。
アトラスは、その「赤い糸」を、武器を持っていない方の腕でカチ上げてリュカが飛んでくる軌道を上方へと修正した。
リュカの到達予定ポイントを正確に読み取り、巨大な斧を下から振り上げる。
斧を魔法剣で受けたリュカは上へと高く飛ばされ、放物線を描いて落下する。
前転しながら落下し、回転速度を徐々に上げ、アトラスの頭上から猛烈な回転斬撃を繰り出した。
それをアトラスは再び斧で打ち上げる。リュカは剣で受け流し、スッと綺麗に着地しつつ、アトラスの首へと放っていた自分の腕を回収する。
腕が紅蓮の光を消した頃、リュカの腕はすっかり元通りになっていた。
「……やはり面白いな。お前の戦いは」
「面白がっている場合なのか? うちの大将が言っただろう。『死は、誰にでも平等に訪れる』。お前にもな」
「くっく。もちろんお前にもだ、リュカ。俺は、何の策もなくお前と真正面からやり合いたい。人質をとった戦いや、不意をついた戦いなど不本意だ。だから、教えてやる」
「なに?」
「今、お前たちの大将がいるところに、もう一人の武将が向かっている。護りは万全か?」
レオを討つために手を打っていることを、明確に宣言する。
わかっていたことだ。
だが、やはり現実として言われると身体中を不安感が駆け巡る。
──もう一人の武将。
おそらく、悪魔剣士に違いない。
だけど、ジルだって弱くはない。リュカと張り合えるくらいに強い──
「ジルベルトがいる。お前は面識があったな、アトラス。奴なら、レオを護り抜けるだろう」
「くっく」
アトラスは、表情の見えない鉄仮面の奥から笑い声を響かせる。
それは「余裕」からくるものではあろうが、どちらかというと「結果を知っている者」の確信めいた笑いのように聞こえた。
「確かに奴は強靭なる戦士だが、ジルベルトでは彼女を倒せない。決してな。そして間違いない。お前の大将は、ここで死ぬことになるだろう」
「…………!」
全ての魔物たちは、広場を囲むようにして、戦況の行方を見守っていた。
武将マルンを殺した敵を目の当たりにして、もはや彼らの手には負えないと判断したのかもしれない。
そして、リュカとの一騎打ちを望むアトラスもまた、それを咎めるような素振りもなかった。
リュカは、アイリスへと視線を向ける。
迷っている、と思った。
リュカは迷っている。はっきりとわかった。なぜなら、同じくアイリスも迷っていたからだ。
と────。
「……やあ。君たちはほんと面白いね。アトラスの言った通りだよ」
迷う二人の耳に、最悪の声が聞こえてくる。
声のしたほうへ慌てて向き直り、歯を噛み締める。
広場を囲んでいた魔物たちは、まるで海が割れるかのように道を開けた。
ゾンピアの外周方向へと続く路地の向こうから、一人の男が歩いてくる。
男は、広場に入るなり、こう言った。
「キキキ……まあよく頑張ったよ剣聖リュカ。でもね……そろそろ夜の時間だ」
「明けない夜など無い。お前の最期もまた、訪れるんだリルル」
「このゾンピアのように、永遠の夜をもって支配するのが魔王だ。光は、遠く届かないところで見えるだけ。あの空のようにね」




