村のリーダーとは
「たぶんだけど、ファビアンのところです」
「……野郎。僕の妹に手を出そうってのか」
「違う違う。……いや、違わないかもしれないけど。クララは、『死霊秘術師としてはファビアンを信じてる』って言ったです。だから、きっと彼のところです」
「だけど……『信じる』って、一体なんのことだよ? 村を守るために戦う戦士の話だろ。それなら、僕だってそこそこちゃんとやってると思うんだけど」
「わかんないけど……ファビアンには何か考えがあって、クララはそれに感化されているんだと思うんです」
「ふむ……」
魔界石の話は、昨日の寄合で出たところだ。
もっとずっと前から、ファビアンは魔界石の話をクララにしていたのだろうか?
だとするとクララだけではないはず。
ファビアンは、リックの反対派を集めて、そういう話をしているということになる。
もしかすると、リックは村から追い出されてしまうかもしれない、とソニアは危機感を持った。
「ま、考えても仕方ないよな。とりあえず、気は進まないけどファビアンのところにでも行くか」
「はい!」
ソニアは、リックに続いて家を出た。
村の集落はそれほど広くはないので、ファビアンの家へはものの一〇分くらいで着く。
クララの所在は、一瞬で判明した。
ファビアンの家の広い庭にあるテーブルに、ファビアンとクララは座っていた。
しかも、そこにはサリーもいた。
想像していなかった人物がいたので、ソニアは少し緊張した。
リックに気づいたファビアンは、早くも嫌ごとを言った。
「ああ。これはこれは、ナンバーワン殿ではないか。どうした? 俺の家へ来るなど、何年振りだ」
「……クララを探しに」
クララは、テーブルで頬杖をつきながらそっぽを向く。
「妹を殺そうとした兄が、今更なんの用だってんだ? 謝って済む問題じゃないだろ。お前、やっていいことと悪いことの区別もついてねえのか。そんな奴に村を任せようって奴らの気がしれねえよ」
リックは、ぐうの音も出ない。
拳を握りしめて、目を逸らした。
「ソニアさん。お体の調子はいかがですか?」
「あの……昨日は、本当にありがとうございました。おかげさまで、幸せな時間を過ごせました」
ソニアは心の底からサリーに感謝していた。これほどの幸福感を再び味わえるなどとは、夢にも思っていなかったのだ。
サリーは微笑んだが、ソニアの一言でクララは激昂した。
テーブルを叩いて立ち上がり、ソニアへと噛みついた。
「ふざけないで! ゾンビ風情が生意気よっ!! 人の家族に土足で踏み入って、全部あんたのせいだって言ってんの!! ……お兄ちゃん。もし謝る気があるのなら、まずその死体を処分して」
ソニアは、うつむいた。
見ると、リックは怒りを必死に我慢し、落ち着こうとしていた。
「……お前、どうしてソニアを目の敵にするんだ。ずっと前からそうだろう」
「……うるさい。誰のことを好きで、誰のことを嫌いでもあたしの勝手だ」
クララのことを、この場で説得しようというのが無理な話だった。
でも、追いかけても来なかったら、クララだって悲しい気持ちになってしまうかもしれない。
これでいいのだとソニアは思った。
少しずつ、話すしかないのだ。
あとは、リックが妙なことを言わなければ──
「ここで、何をしている? お前、ファビアンの家に入り浸っていたのか」
「おいおい、まるで妻帯者の俺がクララを囲っているかのような言い振りじゃないか。性奴隷と毎夜ただれた関係を続けるお前に言われたくないね」
ソニアを指差してファビアンはニタニタする。
クララは、ファビアンの言葉に、まるで棘が刺さったかのような顔をした。
リックは、またもや黙る。
何を言っても、余計にイライラするだけの場だ。
「知りたきゃ教えてやる。魔界石のことさ。今後、魔界石は廃止し、このサリー氏が提唱する『魔除けの守り』にしようって話を、俺たちで進めてるんだ」
「……なんだと?」
「昨日も言ったがな。賢者の石を取りに行くために、どれだけの仲間が危険を犯さなきゃならないと思ってる? これは、ずっと前から不満が出ていたことなんだ。いくら山岳地帯に強力な魔物が多いとはいえ、俺たちで勝てないわけじゃない。だが、賢者の石を取りに行くのはほとんど運否天賦だ。どっちが合理的か、誰が考えても明らかだろ」
リックは、言葉に詰まった。
サリーへと疑問を問いただす。
「サリーさん。その『魔除けの守り』とやらは、どのくらいの魔物を弾けるんですか?」
「そうですね。術者の魔法力以上の力を持った魔物には、効果はありません」
リックは、意思を固くもったような顔をした。
「ファビアン。魔界石のいいところは、俺たちが手に追えない魔物も弾いてくれるところだ。今まで来なかったからと言って、これからも来ないとは限らない。もし来たら──」
ファビアンは、うんざりしたようにリックの言葉に被せて言ってきた。
「あのなぁ。そんなもん、山岳地帯でなくとも同じだろ。下界だってそうさ。だからって、下界にあるマキアなんかが結界なんぞ張ってるかよ? 張ってるわけねえよなぁ。そりゃそうさ。『たられば』言い出せばキリねえんだよ! それより、来るかどうかわからない『強力な魔物』とやらのために賢者の石を取りに行かされる、現実として日常的に危険な目に遭う戦士たちのことを考えろって言ってんだ。何度も言うが、それによって大事なもんを失くしたはずのお前が、本来はこの話を進めていかなきゃならねえはずだろ。お前は人にも政治にも興味がねえかもしれねえが、筆頭ネクロマンサーがそんなんじゃ、いずれまた人が死ぬんだよ!」
この場でファビアンに言い返すのは無理だとソニアは思った。
客観的に見れば「職責を果たしていない」と言われているのだ。合理的に考えてもファビアンの話には納得できる村人の方が多いはずだった。
しかし、リックが言い返せない最も大きな理由を、ソニアは知っている。
リックのお母さんは、リックの父が亡くなった時、リックに見せないようにしていたが、隠れて毎日のように泣いていたのだ。
リックも、当然、知っている。
だから、もう、こんなことを繰り返したくないと、リックこそが一番、強く思っているのだ。
サリーが、慰めるように言う。
「リックさん。お気持ちはお察ししますが、やはり、時代とともに方法も変えていくものだと思います。どこの国、どこの人々も、そうやって進化していくのです。進むのをやめた時に、生き物は滅びるのですから」
リックは、小さな声で言った。
「……だが、父さんは魔界石の必要性を信じた。僕は、父さんを信じる」
リックがこう答えたあと、サリーは微笑みながらソニアにも尋ねた。
「ソニアさん。あなたはどう思いますか?」
ファビアンやサリーの言っていることは的を射ている。
彼らは、間違ったことを言ってはいないと思った。
だが──
「……私は、リックを信じます」
「そうですか」
サリーは一言だけ言った。
ファビアンは、イライラしたように言う。
「勝手にしろ。だが、俺たちは金輪際、魔界石の交換なんぞに手は貸さねえ。やりたきゃお前が勝手にやれ」
「……わかった」
リックは、肩を落とす。
もうこれ以上、ここにいても仕方がない。
ソニアはリックの背中をさすり、一緒に去ろうとした。
その時、サリーがリックに問いかけた。
「リックさん。まさか、一人で魔界石を交換しようと思ったりしてませんよね」
「……先ほどファビアンが言った通りですから。まあ、これから仲間には声を掛けますが」
「魔界石の交換期限までは、あと一ヶ月程度だと伺いました。なら、当然それまでに交換しなければならない、ということになりますが……」
「ええ……明日、朝一から動くと思います」
ファビアンは、くくっ、と笑う。
「心配すんな。この村には、もうすでにサリー氏が監修した魔除けの守りを配置してある。お前が失敗しても、なんら問題はねえよ」
ファビアンは、テーブルから少し離れたところにある社を指差す。
そこには、神殿を模した小さな工作物が置かれていた。
中には、白く輝く宝石のようなものが浮いている。きっと、これが「魔除けの守り」なのだろうと思った。
リックは何も言わず、ソニアとともにファビアンの家を去った。




