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兄弟喧嘩

 明け方の、朝日の光が差し込むリックの部屋で、ぐったりした様子でベッドに転がる二人。

 本来なら、肉体的に絶頂に達するリックの方が疲れていそうなものだが、なぜかソニアの方が明らかに疲弊していた。

 

 正直、これはヤバいと思った。

 果たして上限というものがあるのか疑わしくなるほどに、気持ちの高まりに合わせて快感は高まっていく。


 情け容赦なく襲ってくる快楽の波は、生まれて初めてソニアに恐怖感を与えた。

 本当に死ぬかもしれないと思ったのだ。

 だけど、リックの性癖スタイルを鑑みると、「やめて」と言うのはむしろ彼の燃料(・・)にしかならない。

 だから、必死で我慢した。

 なのに、我慢するソニアの顔を見るほどに、リックの顔が、うちから湧き出るSっ気で満たされていく。


 これからの性生活を想像し、ああ、これは大変なことになった、と思いながら、ソニアは、フワフワした体をベッドの上で転がしていた。

 リックはベッドから立ち上がって、だるそうに体を動かす。


「ああ、昨日の昼から何も食べてないから、お腹が空いっちゃったよ。ソニアはお腹、空かないよね?」


 ベッドに横たわり、力無く頷く。

 やはり、彼のほうが元気だ。

 確かに、生前のほうが、事が終わった後も「疲れた」と思うくらいで普通に生活を継続できた。

 今は、マジで立ち上がれないのだ。


 リックは、ソニアに顔を近づけ、まるで愛しているかのような仕草で唇にキスをした。

 ニコッと笑顔を作る彼の顔を見て、ソニアは、口から言葉が出かかった。


 あなたのことを愛してる。付き合ってほしい──と。


 でも、その言葉を飲み込んだ。

 自分はアンデッドなのだ。仮にセックスができるようになったとて、そう簡単に決断して良いことではない。

 自分はアンデッドだからいい。でも、彼はまだ生きているのだ。

 生者の妻をめとって、子供を作って、この村の繁栄に資する。

 そして、二人で幸せな家庭を作って、やがて死が訪れるまで、永遠に……


 気が付けば、目尻から涙が落ちていた。


 大体からして、元々セフレなのだ。生きていたって、同じだったはず。

 生前、散々体の関係をもったあとに告白した時も、情け容赦なくフラれた。

 自分が彼に愛されることなどあり得ない。自分たちは、体の相性がピッタリだっただけなのだ。


「どうした!?」


 扉を開けて部屋を出ようとしていたリックが、そんなソニアに気づいて、慌てて駆け寄る。

 流れ落ちる涙を、リックはそっと拭いてくれた。


「ううん。なんでもない、です。ご飯食べに行こっ」

 

 ソニアは自分も笑みを作り、リックと二人で食堂に向かった。



 食堂では、クララがご飯を食べていた。

 クリスティは台所から作ったご飯を運んできている最中だった。

 食堂に入ったソニアを、クララはものすごい目つきで睨みつける。


「あんた。何勝手に、あたしんに泊まってんの?」

「……ごめんなさい」 


 ソニアはうつむいて、小声で言った。

 だが、リックは強く言い返した。


「おい。この僕が許可したんだ。お前にとやかく言われる筋合いはない」


 リックにたしなめられたクララは、机を叩いて立ち上がる。


「……この際だから言っておくけどね。あたしは、ソニアのことが嫌いなの。知ってるよ、あなた、お兄ちゃんとは体だけの関係でしょ。みんな言ってるよ。ソニアはリックの性奴隷だって。娼婦だってお金のためにやってる。奴隷なんて最下層じゃない、けがらわしい」


 ソニアは、自分の怒りよりもむしろ、リックが心配だった。

 案の定、リックもまた、クララと同じように立ち上がる。

 その声には、家族ではない、「敵」に向けられる感情が込められていた。


「……口をつぐめ。お前といえど許さない」


 リックの体から、水色の魔素オーラが溢れ出す。

 普段はほとんどのことに興味を示さない、ボケッとした印象を持たれがちなリックだが、死霊秘術師として本気を出せば村の中では右に出るものはいないのだ。


 クララは、これまで一度たりとも兄から本気の魔力を向けられたことはなかったはず。

 殺意を纏った魔力は、クララの息を止めていた。


「……かはっ……い……いやっ……」

「クララっ!!」


 両手を喉に当てて苦しむクララ。

 クリスティの叫び声でリックは我に返り、魔法力を消す。

 クララは、椅子に崩れ落ちるようになった。リックは、クリスティとともに疲弊するクララに駆け寄った。


「……触らないで。離してっっ!!」


 目に涙を浮かばせたクララは、リックの手をバシッと払う。

 立ち上がり、食堂を出て行こうとした。


「……あたし、死霊秘術師としては、ファビアンを信じてる。お兄ちゃんのやり方なんて、あたしは認めないから」


 クララは、今まで一度として向けたことのない目を、リックに向けた。

 きっとそれは、決別の意思だとソニアは思った。

 リックは椅子に座り、テーブルに両肘をついて頭をかかえる。


「……なんだよ。なんなんだよ」

 

 どうしていいかわからなかったソニアは、その場に立ち尽くす。

 クリスティもまた、うろたえ、その場で呆然としていた。

 

 リックは、力無く立ち上がり、自分の部屋へ戻ろうとする。

 ソニアは、リックの後を追った。


「あの、リック」


 声をかけると、壁に押し付けられた。

 そのままキスをされる。

 こんなふうに求めてくれるのは嬉しかったが、今は──


「んっ。……リック。クララを、追いかけなくていいですか?」

「…………無駄だよ。俺は、とんでもないことをやってしまった」

「じゃあ、謝って、許してもらわないと」

「でも……とんでもないことをやったけど、先にとんでもないことを言ったのは向こうなんだ。僕だって、向こうが謝らなきゃ許すことなんてできない」

「そうだね。でも、話さないと何も進まないです」

「……そうだね。でも、その前に」


 リックは、見つめ合ったままソニアの手を握る。

 そのまま、自分の部屋へと連れ込んだ。


◾️ ◾️ ◾️


 ベッドの上で意識を取り戻す。

 リックは、ようやくクララを探す気になってくれたようだ。

 時計を見ると一時間が経っていた。部屋から出た時には、リックは「性欲が空っぽになった」と言って、スッキリした顔をしていた。

 

 すっかり忘れていたが、リックは性欲の化け物なのだ。

 このままではマジで殺される、と思うほど。同じく、ソニアも空っぽ──というか、完全に放心状態だった。リックはきっと数十分間放置するだけで再充電されてしまうので、早く部屋から脱出しなければならなかった。


 そのうえ、さっきの行為は、ソニアをしこたま動揺させていた。たっぷり愛を込めたような、まるで恋人にするような、堪らなく優しい愛撫だったのだ。

 イジメられたり、愛されたり。

 もう、訳がわからなかった。


 服を着て、支度をしながらリックはソニアに言った。


「でも、どこへ行ったんだろうね。僕、アイツが行きそうな場所なんて知らないよ」

「妹のこと、興味もなかったんです」

「……キツいこと言うね」


 リックは、死霊秘術師としては並ぶもののいないほどに強力だが、村のリーダーとしては半人前もいいところだ。

 村のトップの死霊秘術師は、ただ戦えば良いというわけではなかった。

 村の防衛に関することは、リーダーシップをとって、みんなを引っ張っていかなければならない。

 国で言えば、軍務大臣のようなもの。だから、政治に無関心で良いわけではないし、人との関わり合いを避けて良い立場でもなかった。


 リックは、村の政治のことに興味はない。

 人のことにも興味はない。

 

 それは性格だから仕方のない面もあるのだが、雑兵ならともかく、村一番の戦士ともなれば、それはやはり皆が放っておかないのだ。

 だから、リックのことを批判する勢力が発生してしまうし、リーダーシップを取ろうとするファビアンについて行こうとする者たちが現れる。

 ファビアンは実力だって二番手だし、変わり者の一番手よりは、村のことを任せるに値すると判断されてしまう。


 ソニアは、リックのことが心配だった。

 リックには、村のことなんて考えずに、ただ、幸せな毎日が送れる環境が性格的に適している。

 リックよりも強いネクロマンサーが現れれば、リックは何の未練もなく筆頭の座を譲るだろうとソニアは思うのだ。


 リックは、手をお腹の前でいじってモジモジしながら、ソニアに言う。


「……あのさ。クララがどこに居そうか、教えて」


 うん、とソニアは言って、にっこり笑顔を作った。

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