尖った王宮魔術師の実力
「ふん。粋がるのは結構だが、俺の相手にすらならなかったことをもう忘れたか。所詮はトカゲに過ぎん」
「グエッグエッグエッ」
トカゲの印象からそう遠くない鳴き声を響かせ、マルンは笑った。
「思い上がるな下賎な戦士よ。『アンデッドの強さは、術者の魔法力に依存する』。閣下の魔法力は、あの時とは違うぞ」
「だから? いずれにしても、うちの大将があんなゲス野郎に負けるとは到底思えんな」
「余に相手をしてもらおうというのがそもそも思い上がっていると言っている。まず、この空戦師団をなんとかしてから宣うんだな、剣聖よ」
マルンは、リュカとアイリスへ向かって、上げた腕を振り下ろす。
空戦師団のアンデッドたちが奏でる耳をつんざくような怒号が空気さえも震わせた。
「ひゃあーっはっは! 俺が一番乗りだぜぇ!!」
意気込み、叫びながら突っ込んでくる竜人族の男が、宙を高速で飛びながら、リュカへ向かって、手に持った大きな剣を振り下ろす。
リュカは、三角座りをするような体勢のアイリスのお尻のあたりを片手で抱き抱えながら、もう一方の手で持った剣を華麗に操る。
多重魔法剣が光り、紅蓮の風が吹いた直後、リュカの肩口から後ろを覗いたアイリスの視界にはさっきの竜人族が真っ二つになっているのが映っていた。
一対一なら負けるはずはない。
だが、次々と、押し寄せるように近づいてくる灰色の「壁」。
「アイリスっ!! いけっ」
リュカが叫ぶ。
アイリスは、ふうっ、と息を吐き魔力を練った。
敵が、自分のことを侮っていてくれたことを感謝した。
「リルルが惚れた女」くらいにしか思われていないだろう。だから、戦力としては完全にノーマークだったのだ。
アイリスは、確かに「魔術師」としては未熟な部類に入るかもしれない。
使える魔術のバランスは最悪だ。
強力な防御系は使えないし、検知・探索系も苦手。回復系の威力も雀の涙だし、冒険に出たら「いったい何の役に立つのか」と文句を言われてパーティを追放されても不思議ではない。
そのアイリスが、なにゆえ一級魔術師にランクされるのか?
アイリスは、円形の空を見上げる。
両手をあげ、天に向けて杖をかざして詠唱する。
「煌々と燃え盛る赤き紅球よ……これより我が求め召喚せしめるのは熾烈なる獄炎『灼熱連球』。母なる大地の深淵より魔力を引き寄せ顕現し、我が言葉に応えて敵を焼き尽くせ──!!」
詠唱が完了した直後にいくつもの煌めく光が同時に走り、アイリスの頭上に直径一〇メートルを越える紅蓮の大魔法陣を描き出す。
魔法陣と連動し、瞳は紅蓮の光を増していく。アイリスの命を維持する術者から、これでもかというほどに送られてくる魔法力はまるで津波のように押し寄せ、制御不能なほどにアイリスの体内を荒れ狂う。
アイリスが元来得意とする火炎系。それに、杖による魔素流量の増大と、トップウィザード・レオの甚大なる魔法力が乗ったのだ。
吸えば吸うほど無制限に送られてくる魔法力に体を蝕まれる。
叫ばなければ、耐えられそうになかった。
「うあああああああああああああっっっ!!!」
ゴアっ、と荒ぶる咆哮を上げた、魔力の炎。
魔法陣の中心に、巨大火球が現れる。
攻撃目標に一点集中しようとするアンデッドの空軍は、まるで太陽のような眩い光の出現に、進行を一時停止し、たじろいだ。
次に彼らが目撃したのは、その火球一つだけではなかった。
アイリスの頭上に現れた火球を恒星として、公転するいくつもの惑星大火球が生み出される。
まるで天体のように動き回る大量の火球群はほとんど竜巻のように暴れ狂い、その公転半径を徐々に広げて嵐のように敵を飲み込んでいく。
地上から見上げたなら、まるで空が焼けたかのように見えただろう。ゾンピアが浮かぶ火口は、まさに火口と呼ぶに相応しいほどの炎に巻かれ、ゾンピアの領空は生物の生存できない灼熱の死空間へと変貌した。
レオが掛けた変装魔法はカケラも残らず消し飛び、アイリスとリュカの肉体は灼熱連球が発する輻射熱で焼かれていく。
腐った肉は渦巻く高熱で焼失し、骨だけが残った。
しかしその目には、紅蓮に輝く瞳だけが、力強くその生命力を宿している。
高速で暴れ回る大火球たちは、アンデッドの軍団を容赦なく焼き尽くしていった。
レオのように、高威力の防御系魔術「聖なる盾」など使えないアイリスは、生前には一定以上の火球を生み出すことはできなかった。
不用意に生み出した火球で火傷し、ゴードンにこっぴどく怒られたこともある。それ以来、魔術師の中でも類稀なる火炎術師であったにかかわらず、その能力をずっと抑えてきたのだ。
「グッ……おおおおおおっっ」
マルンが悲鳴をあげていた。
奴の変装魔法も同じように消し飛び、骨だけが残り、同じように鮮緑の眼光だけがアイリスたちへと向けられていた。
両腕を前でクロスし防御しようとする姿勢。だが、そんなものは役に立ちはしない。
爆風で後方へ吹っ飛び、後ろにいた部下どもに当たって、まとめて吹き飛んだ。
「よくやった。さすがだ、アイリス」
「……こりゃあ、レオのプレゼントだね。やばいって、この威力」
宙を飛び交う魔物どもは、あらかた焼失させてしまった。
レオの魔法力に後押しされた火炎台風は、一瞬にして空戦師団を飲み込み壊滅状態に追い込んだのだ。
変装魔法の前に、復元魔法が働いた。
自然に腐り、融解し消失したなら別として、火球によって焼損した肉体は外力による破壊損傷と見做され復元魔法の対象となる。
よって、アイリスたちの体は、紅蓮の光を伴って、腐った肉体を復元させていった。
濃い灰色の肉を纏いながら、今度は徐々に、変装魔法が機能し始める。
アイリスの視界に、美しいリュカの横顔が見えた。
骸骨と、濃い灰色の肌と、美しい健康的な肌が混ざったリュカは、紅蓮に瞳を光らせて、同じような状態のアイリスにキスをした。
「愛してる、アイリス」
「あたしもだよ、リュカ。この世の誰よりも」
半骸骨のまま会話する二人は、互いに見つめ合い、微笑み合い、頷き合ってから、残るアンデッドの殲滅に動き出す。
ゾンピア市民がまだ大勢いる地上に向けて「灼熱連球」を放つわけにはいかない。よって、陸戦師団のはびこる地上は、肉弾戦で対応するしかなかった。
地上に降り立ったリュカはアイリスを地面に降ろし、二人は狭い路地を駆けていく。
リックたちがどこにいるか、探さなければならないのだ。
「グエッグエッ」
「……!!」
急ブレーキを掛ける。
頭上から聞こえたその声で、アイリスは空を睨みつけた。
アイリスたちと同じように復元魔法と変装魔法の作動中であるマルンが、緑の光に体を包まれながら、建物の屋上から見下ろしている。
元々裂けるような口元を、さらに横方向に開いてニヤついた。
「なかなかやるではないか。我が空戦師団を壊滅させるとは……まさかそれほどの戦力を有しているとは考えていなかったぞ、女」
「だからリュカが言ったでしょ? 粋がったところで、たかがトカゲに過ぎない、って」
「いでよ、『死霊槍ゲイボルグ』」
水平に伸ばした太い手の先に、光を巻いて槍が具現化された。マルンは、その槍をアイリスたちへと向ける。
槍は光ったまま、その槍体から眩い光を放った。
事前情報を得ていたリュカは、今からどんな攻撃が来るか予想できた。素早く身を翻し、アイリスを抱いて回避行動を始める。
その光が槍から分離したかと思うと、いくつもの光球が直下──アイリスたちへと向かって放出された。
逃げるリュカたちを追撃するように、光弾が路地の地面を掘っていく。
リュカは、アイリスを抱いて路地を加速した。




