大嫌い
失神したつもりはなかったが、ボンヤリしているうちにエリナとラウルが集合していた。
アイリスは、リュカにお姫様抱っこされたまま視線を受ける。
視線に気付き、ハッとする。羞恥心で頭がスキッとした。慌てて自分の足で立つ。
エリナは、両手を胸の前で組んで、キラキラした目でアイリスを見ていた。
「素敵。そんなになるくらいにリュカのこと、愛してるんだね!」
後ろ頭を掻きながら、顔が赤くならないように深呼吸をする。
こんな機能を付加したレオに、恨みをこもった目を向ける。
「……えっと。集まったのは二人だけ?」
「うん、そうみたいだけど。なんだか、頭の中にアブドラさんが話しかけてきた。何がどうなってるの?」
リックたちの姿は見えない。
空戦師団はゾンピアを取り巻き、まもなく市街地へと侵入するところだ。
「アブドラが、僕の願いを聞いて、全員にここへ集まるように言ってくれたんだ。リックたちは?」
「わかんない。私たちは、二人でデートしてたから……」
「リックとティナ、ソニアとジャミルは、今現在、転送魔法陣のほうへ向かっている」
アブドラは、仲間たちの現状をレオへと知らせた。
「どうして!? ここへ呼んでくれたんじゃないの?」
「もちろん呼んだ。だが、奴らはそれに従わなかったということだ。会話を聞き取るに、塔のところなど集まってる場合ではない、逃げるための魔法陣を探すべきだ、という結論に達したようだな」
「ダメだっっ!! 僕たちは死霊の塔のてっぺんから見てたから、知ってるんだ。魔法陣は、全部リルルに閉鎖されてるんだ! このままじゃ、リックたちは敵の真っ只中に突っ込んじゃうよ!」
「レオ」
リュカは、リーダーであるレオへ進言する。
「どっちみち、魔法陣を解放しない限り脱出は不可能だ。お前は、今すぐにでも魔力の蓄積作業に入れ。リックたちの救出と、お前の守護は俺たちとジルベルトでやる」
「はあ……しゃあねえな。リーダーが指示してくれりゃあ、もちろんやるさ」
ジルは後ろ頭で手を組みながら、やる気無さそうに言う。
「ジルベルト。お前は、レオを護れ」
アイリスが全く想像だにしていなかったことを、リュカはジルに指示する。
命よりも大切と言って差し支えない我が子、レオの護りをジルに任せるというのだ。
別に、ジルの戦闘能力を疑っているわけではない。
信用の問題だ。
何より大事な息子であり、自分たちの「命」でもあるレオを、ついさっき愛する妻の唇を奪った男に預けると言っているのだ。
さすがにアイリスは、リュカの考えが理解できなかった。
「……へっ。ほんとにいいのかよ? どうして俺を信用するんだ。いくら勝負に負けて仲間になったからといって、ここで裏切らないとは限らないぜ?」
「そうだよ、リュカ! レオのことなんだ。あたしたちが──」
「簡単に命を賭けるな、と言ったな」
ジルは、減らず口を止める。
まっすぐにリュカを見つめる。
「……それがどうした」
「何か大切なものを失くした」
「…………」
「アブドラが言っていた。命に誓って探し出したい妹がいる、と」
ジルが歯を噛み締める。
アイリスも、思い出した。アブドラと真剣にケンカしそうになった時、アブドラが口走ったことだ。
「……ズカズカと、人の事情に──」
「ついさっきお前が立ち入ったのは、俺たちの何だ?」
「…………」
ジルは黙る。
本来なら、こんなことを話している場合ではない。
今すぐに、動かなければならない。
しかし、他ならぬリュカが、そうすることを望んでいる。
認めた相手だからこそ、話すのだ。
だからこそ、レオも黙って従った。合理的に動くことを重視するレオが、この状況で、黙って従っていた。
「……妹は、生き別れた」
「それを探しているのか」
「ああ。アトラスとの戦争で、行方不明になった。だから俺は、アトラスを探している。奴が何か知っているに違いないんだ。奴と再び戦うその日まで、俺は二度と負けないつもりだった」
ジルは歯を噛み締め、ギリっと鳴らす。
レオの魔法力で光る紅蓮の瞳は、殺気を秘めていく。
そんなジルの顔を見て、リュカは言った。
「だから、俺はお前にレオを任せるんだ」
「……なに?」
「大事なものを失う悲しみを知っている。もとより、『仲間』というのは烏合の衆ではない。背中を任せても良いと思える人物しか『仲間』にはなり得ない。どこに配置しようが、重要局面を任せることになるんだ。お前がやられることは、そのまま俺たちの全滅を決定づけることに直結する」
今、話をしているのは、騎士団長としてのリュカだった。
アイリスは、誇らしい気持ちになる。
黙って夫の顔を見上げ、今もなお横に並べることの幸せを噛み締める。
「……そうか。ジルは、きっと多対一はあまり得意じゃない」
レオは、ハッと思いついたように言った。
「そんなことねえよ。俺は、一人で何人もの敵を──」
「それはあくまで剣を使った戦闘だろ。それだとあの数の敵は厳しいはずだ」
「レオの言う通りだ。今、最も厄介なのは空戦師団。奴らを放っておけば、武器や魔法による襲撃を上空からまともに喰らうことになる。俺とアイリスなら、奴らを効果的に減らすことが可能だ」
「でもお父さん、リックたちはどうする? 早く助けに行かないと!」
「奴らも戦士だ。俺たちは、奴らにマルンを任せようとしたんだ。そう簡単にくたばってもらっちゃ困るな。せめて、俺たちが空戦師団を抑えるまでは──」
「お前ら」
アブドラは、作戦会議をするレオたちへ、自分に注目するよう命じる。
さすがに時間がないこの状況だから、レオもイライラして言った。
「なんだよ。今、忙し──」
「ゾンピアの魔法回路を通じて、通信が要求された。応答するかどうか決めろ」
「要求? 誰からだよ」
「決まっている。この会戦の、敵将だ」
レオは、全員と目を合わす。
小さく頷き、アブドラへ合図した。
アブドラの周りが黄金色の魔素オーラで覆われる。
アイリスたちの前に、突如としてリルルが現れた。完全に、何もないところにいきなり現れたのだ。
全員が飛び跳ねるように下がり、慌てて武器を手に取って身構える。
ただ一人動じていないアブドラは、それを制した。
「幻影だ。実際の奴は、あそこにいる」
デスパレスの遥か向こう──ゾンピア外周のまだ外にある白い魔法陣を指差すアブドラ。
今思い出しても胸糞が悪くなる、緑の髪に緑の瞳。
余裕をかました澄ました顔が、無意識のうちに感情を沸騰させる。
やがて幻影がしゃべった。
幸せの日常にいたアイリスたちを地獄の底へと突き落とした、悪魔の声。
そして、あの日、母を殺し、全ての悪夢を始めた、死神の声。
「アブドラ。珍しいね……君が人間なんかに肩入れするなんてさ」
「……ただの暇つぶしだ。強者の旗持ちをするのはもう飽きた」
「へぇ。なら、その暇つぶしで僕と敵対するというのかな?」
「お前こそ、このわしが管理するゾンピアに正面切って攻め入るなど、余程の覚悟なんだろうな」
「もちろんだよ。君とこの街の住人には極力手出しはしないつもりだが、これは魔王の意思なんだ」
幻影として存在するはずのリルルは、アイリスを見つけて微笑む。
「……ああ、僕のかわいい妻。アイリス、相変わらず綺麗だ」
以前なら、アイリスは腰が引けただろう。
大勢の聖騎士を率いて幾多の戦いを潜り抜けたリュカや、幼いながらに聡明な頭脳と莫大な魔法力を持つレオとは違って、凡人の自分が自信を持ってこのパーティを代表して話すことなどできないと思ったからだ。
だが、今は少し違う。
能力云々ではない。
一言、言ってやりたいことがあった。
「アイリス。遅くなってごめんね。迎えに来たよ」
「……一つだけ答えて」
「唐突だな。もっと感慨深げにしてほしか──」
「イストリアは、あなたの国なの?」
リルルは沈黙した。
神妙な顔などして欲しくなかった。そうでなければ、心の底から遠慮なく叩けないと思ったのだ。
やがてリルルは、薄ら笑いを浮かべる。
横に長く切れたような口から、癇に障る笑い方を披露する。
記憶の中で何度も聞いた、あの笑い方だ。
「キキキ……覚えているよ。マリア。ニール。ポーター。アクセルの尊い犠牲となった、君の大切な人たちのこと」
「もう十分だよ」
敵を砕く意志を固めるにしても、これ以上の会話は無用だった。
期待した通りの反応だったことに、アイリスは感謝した。
レオは、怒り狂いそうになる母親を心配そうに見上げる。
アイリスはレオの頭を撫でて、微笑みを返し、深呼吸した。
「何百年間も、いろんなことを思い通りにしてきたんだよね。でも、あたしたちは、もう殺されない。あまり舐めないでよ……あんたのことなんて、大っ嫌いだこのゲス野郎っ!!」
ふう、と吐いたため息が魔法回路を通って聞こえる。
「……君が僕を選ばない理由がよくわからないなぁ……」
「わからなくていい。消えろバカ」
「キキキ……君の意思など関係ないよ。『これから迎えに行く』と言ったんだ」
「王宮でリュカに言った言葉を、そっくりそのまま返すよ」
「ん?」
「過剰に束縛して、それで愛を表現してるつもり? 笑わせないで」
「…………」
無表情のまま続く今度の沈黙には、怒りが混ざっていると思った。
ただでさえ強力な化け物なのだ。これ以上怒らせて、得になることなど一つもない。
だが、そもそもこの戦いは、損得で始めたものではない。
アイリスの頭を撫でたリュカは、リルルへ言う。
「リルル」
「……やあ、剣聖。最初に言ったとおり、アイリスはもらう。僕は、決めたんだ」
「お前の意思など関係ない。今日、ここでお前の命は終わる。『夜明け』の始まりだ、死霊軍大将リルル・リッチ」
「キキ……」
明らかに込められた怒気。
離れているはずなのに、伝わる魔法力に寒気がする。
一段階、低くなったリルルの声がデスパレスに響きわたる。
「……では、最後だ。君たちの大将、レオ・アルフォードよ」
この場にいるすべての者が、レオを見つめた。
たった十歳の、人間の子供。
そして、愛すべき、我が息子。
「この前のことで、まさかこの僕に勝てるなんて思ってないよね」
「死は、誰にでも平等に訪れる」
「…………なに?」
「死神にもさ。お前は僕には勝てないよ、リルル」
幻影のはずのリルルから、爆発したように緑の火炎が噴き上がる。
遠くにある、白い魔法陣の方向で爆発音が聞こえた。そこでは、緑色の火柱が高くに舞い上がっていた。
幻影のリルルは、レオを指差し宣告する。
「……いいだろう。全ての魔法力を解放するなど千年は無かったことだ。かかってこい、勇敢なる戦士たちよ。死力を尽くし、我が腕の中で息絶えるがいい」




