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いつでも受けてやる!

 もはや緑光で埋め尽くされた石橋を眺めながら、呆然とする。

 魔法陣は緑の光で埋め尽くされ、時折見えるにとどまる程度だ。大量の死霊軍団が押し寄せている。


「リュカ! あれ見て!!」


 白い魔法陣があったはずのところにいる二体の巨大モンスター。

 この距離からでも確かにわかった。

 

「アトラス。……マルン、か」

「リュカ! どうする!?」


 リュカは、指を顎に当てる。

 

「リルルはリッチだ。リッチは、コアを破壊しない限り倒すことはできない。

 ……だが、奴がここにコアを持ってくるとは到底思えない。そもそも、コアがどこにあるかもわからないんだ。アウローラで作った剣があろうがなかろうが、少なくとも、ここでリルルを殺すことは、絶対にできないだろう。つまり、今の俺たちは、ゾンピアから脱出するしか選択肢がない」


 絶望的な結論だった。

 外界へと脱出するための唯一の魔法陣は、敵が雪崩なだれ込んでくるあの一つを残してすべて封印されているのだ。

 リルルは、あの魔法陣のところから動かないに違いない。

 脱出しようとすれば、必ず奴と鉢合わせてしまうのだ。絶対に殺すことのできない、無敵の結界に護られたリルルが……。


「……そんな。だけどどうして? ここは、リオ・グレオリッチが維持する空中都市なのに! あいつが、どうしてそれを勝手に封印できるの!?」

「……わからん。だが、リルルもまた、トップ・ウィザードと呼ばれるほどの大魔導師なんだ」

「お母さん、まだ方法はある! 魔法陣なら、僕が何とかできるかもしれない」

「なんとか? なんとかって? どうするの?」

「前にリルルの魔法陣を弾き返した時の要領さ。奴が封印した魔法陣に僕の魔力を送って、奴の魔力を弾き飛ばすんだ!」


 そんなもの、到底「方法」などと言えるものではなかった。

 魔王死霊軍大将の魔法力を弾くなど、そう何度もできるとは限らない。

 前にレオ自身が言ったことだ。奴はあの時、まだ本気を出していなかったのだと。


「でも、いくつも解放するのはたぶん無理だ。どこか一箇所に絞って、狙いを定める必要がある。前にも言ったけど、僕が弾くことのできた時のあいつは本気じゃなかった。でも、今度は本気で殺しに来ているはずなんだ。だから、瞬間的に弾くのは無理だと思う。時間を掛けて、魔力を練って、一つだけに絞って穿うがつんだ!」

「つまり、それまでレオを護りながら、リックたちへも連絡をとって、対象魔法陣の方向へ退却させる必要がある」

「リックたちも狙われる?」


 リルルが、リックたちをも標的にしているのかどうか、アイリスにはわからなかった。

 でも、一緒に逃げてしまうと、余計に巻き込んでしまう気がしたのだ。


「リルルがここへ来たのは、ジルベルトが言ったようにアブドラが連絡をとったからだろう。それが一体、どの段階なのかはわからないが──」

「可能性、あるね。放って行く訳にはいかないか」


 リュカはレオを背負い、アイリスとともに階段を駆け降りる。

 リックたちは今日、どこへ行くと言っていただろうか。

 そういや、それを聞いていなかった。今日は祭りだから、最後の晩餐として楽しむはずで──。


「お父さん、僕が隠れることのできる場所、どこかない?」

「隠れる? どういうことだ」

「魔法陣へ魔力を込めるのは、ある程度離れていても大丈夫だ。魔法陣の直近まで行ったらモロバレだから、そんなことはしない。

 でも、魔力を込め始めたら、僕がいる場所は敵にバレちゃう。そこを護って欲しいんだ。だから、なるべく見つかりにくい場所がいいんだけど」


 塔の一階にたどり着き、正面エントランスから出た。

 魔法陣のある場所が気になり、デスパレスと呼ばれるテラスの手すりに駆け寄ってもう一度確認する。

 緑色の光は分散し、空中をも大量に移動していた。

 

「……死霊軍の空戦師団が来ているのかもしれない」

「陸の奴らは陸戦師団、ってこと?」

「おそらくな」


 体を這う鳥肌が、事態の深刻さを実感させる。

 敵は、ここでアイリスたちを一挙制圧するつもりなのだ。

 手加減は一切無い。

 リルルが余裕を見せていたアルテリアの戦いとは局面が全く違うことを理解した。


「じゃあ、早くリックたちを──」


 路地へと駆け出したアイリスたちの前に、いつの間にかアブドラが立っていた。


 アイリスの体を、瞬間的に怒気が駆け巡る。

 しかし冷静にならなければならなかった。二度と同じ轍を踏むわけにはいかない。

 戦いの時のリュカを思い出す。リュカは、いつ、どんな危機に見舞われても冷静だったのだ。

 アイリスは足を止めて、声を抑えてアブドラへ問う。


「あなたが、告げ口した張本人ね」

「……何をする気だ?」

「敵の仲間であるあなたに、何も言う必要はない」


 アブドラは、手に持っていた杖を差し出す。

 それは、以前彼が持っていた木製の杖とは違い、金属製の杖だった。


聖銀の杖(ミスリル・ロッド)だ。七、八倍にはなるだろう」

「……どういうつもり?」

「長生きしてるとな。毎日がつまらなくて、生きている気がしなくなってくる。久しぶりに、いいものを見せてもらった。お前たちは、なかなか興味深かった」

「…………」

「その報酬を支払ってやる。家族の命を護り、リルルの手から徹底的に逃げようというなら僅かな手助けくらいはしてやろう。この杖はくれてやる。サービスついでだ、お前の仲間たちを集めるなら『魔法回路』を使って連絡してやる。場所を指定しろ」

「ちょっと、何勝手なこと──」


 レオは、アイリスを手で制した。

 

「ここだ。今すぐ、ここに集めてくれ」

「よろしい。紅蓮の死霊秘術師ネクロマンサーよ──」


 さっきから、レオの体からは溢れんばかりの紅蓮の魔素が放出されている。

 アイリスも、リュカも、レオに共鳴するかのように、その瞳を光らせていた。


「この窮地から脱してみせるがいい。ともすれば望んだ結果にはならぬかもしれないが、精一杯、その命の炎を散らせて見せよ。それが見事であれば、お前たちの子の代──いや、遥かその先の生者の未来に、また報酬をやろう」


 老兵もまた、噴き出す魔素で瞳を黄金に輝かせてアイリスたちを眺める。

 そのまま、呪文の詠唱のように文言を述べた。


「魔導都市ゾンピアよ。支配者マスターめいに従い、作動せよ」


 天を操作するかのように突き上げたアブドラの両手が、すぐに地面へと向けられて──。

 黄金の魔素は術者から空中都市へと伝えられ、地面に溶けるように消えていく。


 しばらくすると、死霊の塔を囲うデスパレスの端に、疾走してくるジルの姿が見えた。

 一番乗りはジルだ。確かに、ジルとアイリスがいた酒場は、死霊の塔の近くだったのだ。


「あれはリルルの軍隊か。どうやら魔の大将は相当お怒りのようだな。どうしたよ、アブドラ。お前さんが助け舟を出すとは、俺の勘は外れたか」

「……ふん。ワシがいただいた報酬のうちには、お前のことも含まれている」

「はあ?」


 ジルはアブドラを一瞥する。

 アイリスたちの元へ辿り着き、小首を傾げて言った。

 

「……よお、お二人さん。仲直りは済ませたか?」

「…………」


 アイリスは、ジルの顔を見ても、何も感じなかった。

 全てをリュカへ話し、そして許され、二度と同じことを繰り返さないと誓った。

 もはや後ろめたいことは何もない。

 自分を守ろうとする必要も、癒やそうとする必要もない。

 全てはリュカとレオのために。それが心を占めている今のアイリスに、ジルのことが入り込む余地は無かった。

 

 だから、虚勢を張って突っかかろうという気にはならない。

 憎しみを込めて睨みつける気にもならなかった。

 憑き物が落ちたようなアイリスの顔を見て、ジルは顔を曇らせた。


「……まさか、全て、話したのか?」

 

 リュカは、まるで瞬間移動のような速度で踏み込んでジルへタックルをぶちかます。

 吹っ飛んでいくジルの体を追いかけるようにリュカは駆け飛び、ジルの体が地面と触れた瞬間に、ジルの胸を踏みつけ見下ろした。


「俺は、お前のことを許してはいないぞゲスが」

「がっ──……。けっ。けヘッヘッヘ」

「何がおかしい」

「アイリス。俺は、待ってるぜ」


 ジルは、倒れながらも、アイリスを見つめた。


「アイリスは、自分のことを本当にわかってくれる誰かを、求めてんだよ。俺は、ずっと待っているからな──アイリス」


 この言葉は、少しだけアイリスの胸に刺さった。

 ジルを、自分の理解者として感じたからではない。

 リュカは昔から、誰よりもアイリスのことを理解し、自分らしくいられるようにしてくれた。

 言葉が刺さったのは、自らの罪を、もう一度抉えぐられたせい。

 いくら許しを得たとはいえ、取り返しのつかない傷をリュカに与えたのだ。

 

「……俺は、アイリスがどんな選択をしようが、決して離れることはない。最後まで、絶対に護り抜く」

「へぇ……」

「だが、アイリスがどんな選択をするかは、アイリスの自由だ」


 リュカは、ジルから足を離し、スッと下がる。

 アイリスは、胸を刃物か何かで切り裂かれたような気持ちになった。


 リュカが今までこんなことを言ったことはなかった。

 こんな時、いつものリュカなら、「今夜はお仕置きだ」とか、「アイリスに手を出す奴は殺してやる」とか言ってくれたのだ。

 

 アイリスが何をしても、自由──。

 リュカは、自分がどんなに切り裂かれるような思いをしても、アイリスを尊重すると言っている。

 でも裏を返せば、それは自分の気持ちをひた隠しにして、まるで抜け殻のようになっていくことも意味しているのだ。

 リュカは、心の底では、もう真の愛をアイリスから受け取ることはないと思っているのだろうか。

 もう何も、アイリスに期待していないのかもしれない。

 ある意味、見限っている……とも。

 動いていないはずの心臓が、破裂しそうになる。

 頭が、真っ白になった。

 

 ジルは立ち上がり、自分の体についた埃を払うような仕草をする。

 アイリスを、優しい目で見つめたが──。


 アイリスはリュカにしがみついていた。

 両手でリュカを掴み、首を横に振りながら、必死に懇願した。


「嫌! もっとわがままを言って。お仕置きすると言って! 絶対に、もう二度とするなと怒って!! お願い。また……あたしを求めて。こんなの、耐えられない」


 リュカは、涙が溜まったアイリスの下まつげを、指の背でそっと拭いた。

 微笑み、ぎゅっと抱きしめてから、自分のおでこをアイリスのおでこに引っ付けて、悪ガキ極まりない顔をして言った。


「当たり前だろ。タダで済むと思ってたのか? この戦いが終わったら、一週間くらい完徹でお仕置きしてやる。楽しみにしてろ」


 全力のキスと同時に体を駆け抜ける雷撃。

 

 ──ああっ。

 ダメっ! 敵が、目の前まで迫ってるんだっ!

 こんなところでイけないっ、失神できないっっ!!

 いやっ……あああああああっっっっ

 

 強い意志を込めて、耐えろと自分に言い聞かせる。

 かろうじてブラックアウトは免れたが、絶頂の余韻で、ぺたんと座り込んでフラフラと上半身を揺らす。

 

 焦点の合わないボヤける視界の中に、ジルがいた。

 ジルは、不機嫌そうに目を逸らす。

 リュカはアイリスをお姫様抱っこで抱き上げ、ジルへ言った。


「俺たちを引き裂けるものなら、引き裂いてみろ。いつでも受けてやる」

「へっ……後悔すんなよ」


 アイリスはリュカの胸に頭を預け、ジルは苦々しく笑った。

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