心当たり
「あ、あのっ。お初にお目にかかります、あたしたち──」
「君はアイリス。そして夫のリュカ、息子のレオだな。その後ろは、ネクロマンサーの獣人リックとティナ、アンデッドのジャミルとソニアだ」
アブドラは、順に指差して呼称した。
アイリスは驚いて言葉を止める。
どうしてわかったのか? と尋ねたそうな顔をするアイリスに、アブドラは合図した。
「座りなさい。まずは席について、飲み物でも頼んだらいい」
「あっ……」
ちょこんと礼をして、アイリスは席に座る。
カウンターの奥にいた店員とは別に、獣人女性のウエイターがやってきた。
彼女は金髪に白いウサ耳、シュッと細い腕や腰とあまりにもアンバランスな大きい胸を弾ませていた。
ジルは、彼女の顔と胸に視線を往復させながら一番最初に注文する。
「俺はブラックだ」
「あたし、ロイヤルミルクティーのホットで。あっ、モンブランも」
「僕はオレンジ」
「俺は……アールグレイで」
「あれっ? リュカ、コーヒーじゃなくていいの?」
「いい」
「…………」
めちゃくちゃコーヒー好きなのに、ジルに先を越されたせいで注文をあえてジルと変えるリュカ。
強がり、グルグル喉を鳴らせて、ジルを睨みながら腕も足も組む。
今日はミルクティーの気分だったアイリス。
他のみんなも続いて注文していく。
店員はカウンターの前で詠唱し、小さな白い魔法陣をカップの上に出現させる。
じっと観察していると、モンブランも魔法で作り出されていた。
「調理魔術師」って職業なのかな、と思いながら、この人たちへの感謝の気持ちでいっぱいになる。
「それで? わしに何用かな、アイリス。まさか魔法整形手術の申込みに来た訳じゃないだろう?」
「っっっっっ!!!!!!」
アイリスは絶句した。周りのみんなが一斉にアイリスを見る。
誰にも顔色がバレないように必死でうつむいた。
顔が死ぬほど熱い。絶対に真っ赤になっている。
変装魔法にこんな機能もつけてやがったのか、とうつむきながらレオを睨む。
──なんでっ!? どうしてっっ!?
誰にも言ってないのに!
あっ! もしかして……。
宿屋の女将さん!?
「?? 魔法整形手術って?」
ぽかんとした顔で尋ねるレオ。
その他大勢も、そんな顔だった。
ジルは、何か事情を知っていそうな顔。
アイリスの秘密をぶちまけたアブドラ当人は、澄まして目を閉じながら、すでにテーブルの上にある彼の飲み物、黄色い色の、ジュースらしき液体に口をつけた。
アイリスは、堪らずジルを問い詰める。
「あんた。何、笑ってんの? まさか──」
「けけけ。『まさか』ってなんだよ。お前、そんなに人に言えない秘密があんのかよ?」
「────っっ」
口をへの字に強く結んでまたうつむく。
膝の上で手をギュッと握って、ただ黙っていた。
リュカが心配そうに尋ねる。
「どうしたんだ? アイリス……俺に何か隠してるってのか?」
「ちっ、違う! 信じて! あたし、あたし、何もしてない!」
アイリスは、横に座っているリュカの服を掴んで首をブンブン振った。
リュカは、レオの変装魔法により、その心を忠実に反映してどんどん顔色が悪くなっていった。
「そっか……わかった。今夜も、お仕置きだね、アイリス」
いつもの調子に戻っていたリュカは、これ以上ないほどに強い意志を宿した紅蓮の瞳を光らせる。レオの変装魔法では隠し切れないほどに、リュカの瞳は魔法力を出力していた。
アイリスは、もう、何が何やらわからずフラフラだった。
「くっくっく。自分しか知らないことでも、アブドラに言われたか?」
追い詰められ、青ざめた顔でジルを見つめるアイリス。
ジルは、アイリスとリュカの心を完全にかき乱すことに成功し、満足しているようだった。
リックやティナなどは口を半開きにして怪訝な顔だ。まさに「何を言ってるんだ」とでも言いたげだった。
しばらく呼吸を整え、ようやくアイリスはアブドラに尋ねる冷静さを取り戻してくる。
とりあえず、はっきり言うのは気が引けたので、まずは抽象的に尋ねた。
「どうして……ですか?」
「このゾンピアは、リオ様が作ったものだ。それは聞いているな?」
「はい」
「この街には、魔法力で張り巡らされた『魔法回路』がある。それは、管理上、街の至る所で起こっている事象を全て把握するためにリオ様が敷設されたものだ」
「え? 至る所?」
「そうだ」
「…………ちょっと待って。ってことは」
「ん?」
「宿屋のあたしたちの部屋の中で、何が行われてるかも、知ってる……ってこと?」
アブドラは天井を見上げ、顎に手をやり、ん〜〜、と唸り、そして深く頷いた。
「全員の性癖まで言える」
もう、耐えられそうになかった。
この場から逃げ出してしまいたい。
破裂しそうなその衝動をなんとか我慢できたのは、ふと顔を上げてみんなを見渡した時、リックとティナ、ジャミルとソニア、エルナとラウルが、それぞれ相方とアイコンタクトをとって、顔を赤くして動揺していたからだった。
──へ?
まさか。
みんな、心当たりがあるの?
レオの変装魔法だけが特別製だと思っていた。姿形だけでなく、感情までもを完全再現する魔術師など、そう居るはずがないと思っていたのだ。
ジャミルとソニアも、アイリスたち同様、顔を真っ赤にしていた。
しかしそのおかげで、アイリスは仲間ができて心強くなった。
レオだけが、なんの心当たりもなく心身ともに安定していて、不快そうに全員を睨む。
「ちょっと! どうしたってんだよ! あんたら、一体何しにここへ来てんだよ!」
「くっく……全くだ。リーダーの言う通りだよ」
ジルは、「おかしくて堪らない」といった顔をして笑いながら、レオの意見に同意した。




