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飲み屋での作戦会議

 ソニアは、テーブル席に移ったリックをチラッと見る。

 リックはどうやらジルと気が合ったようで、肩を組んで悪そうな話をコソコソしていた。微かに聞こえる声を読み取った限り、いい女がどうとか、効く酒がどうとか、そんな話をしている。


「あの二人、ほんと悪そうなところで気が合っちゃったね。気をつけないと」

「最初、あなたにお出ししたお酒は、ジルの指定なんです」


 テーブル席のほうを向いていたアイリスの後ろから、バーテンダーは言う。


「指定? あなたのおすすめじゃなかったの? ……えっ!? ってか、あたしだけ違うお酒だったの?」

「ええ。あの魔法酒は『カデーレ』と言って、非常にフルーティで飲みやすい割に、かなり強くアンデッドの意識に作用するので、女の子がつい飲み過ぎてすぐに潰れるのです」


 ジルの野郎……と一瞬心の中でののしったが、もうすでにかなり良い気分になっていたので細かいことは気にならなかった。その名の通り、すでに落ちている(・・・・・)のかもしれなかった。


 それにしても、ソニアはどう考えても未練タラタラだ。ジャミルのほうへ心が向いているようには見えない。どういう心境でジャミルへ向かおうとしたのだろう。

 だが、他人が口を出すようなことでもない。

 ああ、恋愛事情は色々だなあ、なんて気楽に思いながら、人に話を振っておいてお茶会のネタを仕入れるアイリスは十分に満足していた。


「さあ──馬鹿話はこのくらいにしておいてさ。そろそろ、大事な話をしようか」


 レオは、和んできた場に大きな投石をする。

 ほとんどアイリスたちだけだった店内は、シン……と静まり返った。


「ここにいるのは、これから魔王死霊軍大将リルルを討伐するパーティメンバーだ。あっ、エリナとラウルは僕らをゾンピアへ連れてきてくれただけの案内人だから、攻め込む前に家に返すけどね。歴史書によると、確か悪魔族は元々、魔王軍の主力だったはずだ。死霊軍と悪魔軍は、魔王の両翼だろ?」


 レオは、ジルへと問いかけた。

 

「ああ。だが、それはかなり昔の話だ。今は、俺のように誰かのアンデッドとして飼われたり、別の国に雇われたり……まあ、色々だな」

「だけど、死霊軍のことについては知っているよね」

「何が聞きたい?」

「敵の情報だよ。もし知っていれば、だけどね。敵の情報を、ここで共有しておきたい。だから、僕たちが持っている敵情報も周知する。お母さん、お父さん、お願いするよ」


 レオに促され、アイリスたちは一息ついてから自分たちが戦った時の記憶を語り始める。

 まず、ドラゴニュートのことを説明した。

 ジルは、指を顎に当てて頬杖をついた。


「……それは、おそらく『マルン』だろう」


 その名前に、リックとティナは目つきが変わる。

 ジャミルとソニアも、まるでこのまま闘争に入りそうな目つきで魔素を滲ませた。


「やっぱりか」

「奴は、ずっと昔から存在するアンデッドモンスターだ。死霊軍武将の中でも古株だな。かつて、俺は悪魔軍の武将として奴と戦ったことがある」

「魔王軍同士でも、戦うのかよ? ってか、お前、武将だったのか」


 ジャミルが驚いたように言った。


「あるさ。人間など、基本的には敵ではないからな。そうなれば、魔王軍同士で覇権を争うことは、ままある」

「それで?」

「リルルは、俺は直に対面したことはない。リルルの魔法力は、何色だ?」

「緑だ」

「なら、その頃からリルルの配下だったんだろう。俺が戦った奴の瞳は緑に光っていた」

「特徴は?」

「生体能力が停止し、竜神族としての能力は失われているから炎を吐くことはできない。その代わり、奴は槍から光の玉を無数に放つ。飛び道具があると思えばいいか。その上、至近距離に詰めた相手には『アラネウム』を使う」

「アラネウム? なんだ、それ」


 レオの質問には、リックが答えた。


「……まるで蜘蛛の巣のように相手の動きを封じる、魔王軍お得意の暗黒魔術さ。地面に緑色の魔法陣が現れて、その領域全体が動きを封じるトラップになっている。半径五メートルほどしかないが、そのぶん強力だ。長い槍の射程内に入って安心した敵を、それで討つ。奴は、おそらく追い込まれない限りこの技を使わない。きっと、最後の手段なんだ」


 言葉を口から出すたびに、それが自分の胸にそのまま突き刺さっているかのような顔をして、リックは話していた。

 リックが言葉を止めると、また静寂が場を包む。

 バーテンダーが食器を片付ける音だけが、カチャカチャと響いた。


遠距離アウトレンジでは飛び道具を使い、中距離ミドルレンジでは槍を使い、至近距離クロスレンジでは拘束魔法……か。ジャミル、ソニア。マルンは、基本的には君たちに任せたいんだけど」

「当然だ。じゃなきゃ、なんのために行くんだ!」

「もちろんです。私たち、絶対に村のみんなのかたきを討ちます!」


 ジャミルとソニアは、声を揃えて言った。

 レオは、アイリスとリュカに続きを促す。

 アイリスは口が回らないので、リュカが話した。

 

「ドラゴニュートと同じくらいのデカさのサイクロプスがいた」

「……サイクロプス?」

「ああ。鉄仮面をつけた、緑色に単眼を光らせた化け物だ。筋肉量が多く、体より大きいと思うくらいの大きな斧を持っている」


 ジルは、持っていたグラスを握りしめて割ってしまった。

 全員が、驚いて黙る。

 ジルは目を見開いていたが、やがて口元を緩めた。


「……アトラス。くっく……探したぜ」

「探した? 知り合いなの?」

「……ふん。まあ、今の時点で確信はないがな。それは、きっと『武神アトラス』だ。武将として名を馳せているし、常に何らかの軍を率いてはいるが、特定の師団長には従事しないから、どこにいるかは特定しずらい奴でな。ただ一つわかっているのは、奴は常に最前線で戦況を切り開く、いわば『特攻隊』──悪く言えば『戦闘狂』だ。……しかし、奴の性格からして、そんな筈はないんだがな……」

「どういうことだよ。詳しく教えて」


 独り言を呟くように喋るジルに、レオは少しイラついて尋ねる。


「巨神族の戦士でな。奴は、戦闘種族である一族の中でも『武神』と呼ばれている。誇り高き一族だから、人質をとるようなことは一族の血にかけてしないと思うんだがな。奴の斧の一撃に耐えられる武器などないだろう。武器を破壊されることが、最も危惧しなければならないことだ」

「でも、お父さん、あいつの斧を剣で弾いてたよね?」

「剣で弾いた、だと? お前、何をやったんだ。化け物か」

「あれは、おそらく白魔法の魔素オーラで剣を覆ったからだ。剣の強度が上がるうえに、アンデッドの力を減衰させるからな」


 リュカの分析は、ジルを納得させたようだ。

 一度だけ深く頷き、リュカへ話す。


「聖騎士として戦ったからか。なら、今は不可能だな。白魔法なんて掛ければ、リュカがまず死ぬ」

「ああ。だが、このまま素で戦えば、剣を合わせた瞬間に武器破壊されるってことだ。つまり──」

「僕が、『多重魔法剣ファエドラ・グラディウスを掛ければ問題ない……だよね?』


 ジルはまた頷く。


「ただし、当然だが条件はある。アトラスの強撃は、もちろん術者の魔法力の強さに裏打ちされている。すなわち、リーダーの魔法力が、敵のリーダー(・・・・・・)の魔法力に打ち勝てるかどうか、に掛かっている」


 挑発に触発される水色の瞳。

 ジルは、それを見て微笑んだ。


「さらに、奴もまたおそらくリッチなんだ。魔術を使うらしいんだが──」

「おそらく? らしい?」

「ああ。俺も、奴が魔術を使ったところを見たことはない。名前だけは聞いているがな。『破壊エクシティム』というらしい」


 その名の通りであれば、まさに「武神」の名に相応しい、攻撃特化の魔法であることに間違いはないだろう。


「その『アトラス』と戦ったことがあるのか」

「…………昔の話だ」


 ジルは、それ以上、アトラスのことに関しては話さなかった。

 何か因縁でもあるのかもしれない。

 問い詰めて聞き出すようなことでもない。レオも、それ以上は聞かなかった。


「次に、悪魔剣士だけど……実は、その悪魔剣士の相手を、ジルにして欲しいと思ってたんだけどね。因縁があるなら、サイクロプスのほうがいいのかな」

「そいつは悪魔族なんだろ? 俺に相手しろって、もし俺の友達だったらどうする気だよ? ちょっとは考えて欲しいモンだな。

 ……まあ、俺はリーダーに忠誠を誓った戦士だ、同族であろうが関係はないがな。お前が言ったように、そもそも悪魔族は魔王軍と繋がりが強いから、魔王軍にいる方が自然ではある。俺のような酔狂な奴は、どちらかというと少数派だろうな」


 リュカは大袈裟に頷く。


「酔狂か。確かに、ピッタリの表現だ」

「んだぁ?」

「酔って狂ってる──んだろ?」


 また立ち上がり、表に出ようとするリュカとジル。

 レオは、まあまあ、と二人をなだめる。

 どうしてこんなに、大人たちは大人気ないのが多いんだろうなぁ、とアイリスは苦笑いした。


「……ちっ。そいつのことはわからん。悪魔族は、元来、強力な筋力を使って武器で戦い、翼を使って空中戦を得意とする奴が多い。まあ、一部は魔導師にもなるが。俺は翼が小さすぎて、空中戦はどちらかというと得意じゃないんだ。異端と言っていいだろうな」

「異端というか、落ちこぼれだろうが」

「やめてやめて!!」


 悲痛なレオの叫びで、かろうじて開戦を回避する沸点の低いアンデッド二人。

 頭を沸騰させて何度も立ち上がる二人は、まともに話ができなくなってきた。

 

「さ、最後にリルルだ。奴は、お父さんが相手するんだけど……」

「……さっきも言ったが、俺は対峙したことはない。能力も知らない」

「ほんの少しでもいいんだ。何か情報はない?」

「どういう存在かなら、言い伝えられている」


 ジルはうつむき、しばらく考え事をしているように見えたが、やがて顔を上げて、レオをまっすぐに見つめて言った。


「……魔王がこの世に誕生してから現在に至るまで、常に王のことを護り続けてきた忠臣。他の大将が勇者に敗れ入れ替わる中、一人だけ、一度たりとも討たれたことのない、正真正銘の本物の大魔導師(トップ・ウィザード)だ」


 今までで、一番の静寂が訪れる。

 倒すなど、まるで夢物語だと思わされるほど、途方もない存在。

 だが、その中で、リュカとレオだけが、ほんの僅かな臆病心さえ見せなかった。


「ま、わかってたことだよね」

「ああ。奴を倒さない限り、アルテリアに未来はない」


 ジルは、脅すように話しても萎縮する様子のない二人に表情を緩めた。

 そして、一つの提案をする。


「このゾンピアには、同じく世界最高の大魔導師(トップ・ウィザード)と呼ばれるリオ・グレオリッチの弟子、アブドラがいる。あいつなら、リルルのことを何か知っているかもしれないな」

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