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恋愛事情はさまざま

「アイリス、相変わらずモテますねぇー」


 アイリスに憧れるエリナは、ニコニコしている。

 だけど、エリナはアイリスの辿った道のトレースをモットーとしているので、あまりこのような姿を見せすぎるのも良くはない。


 入口の扉がバタン! と大きな音を立てる。

 全員が飛び上がった。

 リュカは、剣の先に突き刺したジルの頭部を高々と上げ、体を引きずって入ってきた。


「こらあ、ヤメロっ!! 離せっ」


 床に体を放って、まるでオブジェのように剣を壁に立て掛ける。

 首だけで喋るジルはさすがに気持ち悪かったので、「戻してあげて」とエリナはリュカをなだめてくれた。


 剣を抜かれ、紅い光を撒き散らし、ようやく元の体に戻ったジルは、何事もなかったようにアイリスの横、元の席にスッと座る。

 ソファーの背もたれ部分には、全く傷はなかった。ジルの胸板分だけ正確に突き刺したリュカの腕前はさすが剣聖というべきか。


「お前の父ちゃん、ちょっと乱暴なんじゃねえか?」

「あのね。あまり僕の家庭を荒らさないでくれる? あとが大変なんだから」


 レオは人間用に仕入れているらしきジュースを口につける。

 これは、本物の果物のようだ。


「そうだ。あたしちょっと、ソニアに話があったんだよね〜」


 そう言ったアイリスは、カウンター席のほうへとフラフラ歩く。

 なんの話をする気なのか、一部の者たちは聞くまでもなくわかっていた。

 ついさっき、尾行までやらかしたのだ。

 見ると、アイリスのグラスはもう空っぽになっている。

 

「ねえリックとティナ、あなたたちはさあ、付き合ってるのぉ?」


 カウンター席にたどり着くなり、唐突にぶちかますアイリス。

 ギョッと目を見開き、リックは弁解する。


「なっ!! 何っ、あっ、あっ、」

「そんな慌てなくてもいいじゃんかぁ。好・き・なんでしょ?」


 アイリスは、リックのおでこを人差し指でツン! とする。


「バカっ! アイリス、なに言ってんの!? もう酔ってんの?」


 ティナも脂汗を浮かせて両手を振った。

 

「ひひひ。ほら、あっちの席が空いたから、お二人さんはジルにも挨拶してあげて」

「もうっ、ほんっと、この人……!」


 慌てて退散するリックとティナ。

 アイリスは、心配そうな目つきでリックを見るソニアの表情を見逃さなかった。

 ジャミルとソニアの間の席に座り込み、バーテンダーに注文する。


「他にも何かおすすめ、ないですか?」

「承知しました。お待ちくださいね」


 アイリスは上機嫌だった。

 両脇の二人は、肩をすくめてアイリスを観察する。

 アイリスは、カウンターに両腕を組んで倒れ込み、ソニアのほうへ顔だけ向けた。


「ところでさ。お二人さんは、どうなの?」

「えっ。何がですか?」

「何がって。もう! あたし、見てたんだからね」

「見てたって、何をだよ?」


 ジャミルも、アイリスの後ろから慌てふためいた声をあげる。


「手、繋いでたでしょ?」

「「ぎくっ」」


 二人して飛び上がりそうになる。

 そうそう、この反応だ。

 アイリスはニンマリした。

 

「アイリス……まさか、見てたのっ?」

「たまたまれぇ……」


 たった一杯でロレツの怪しくなってきたアイリスが説明しようとしたその時、バーテンダーの詠唱と同時に、前方にあるグラスの上、わずか一〇センチほどの空宙に小さな水色の魔法陣が出現した。


 今度現れたのは、水色の液体だった。


 よく見ると、水色の液体の中に、少しだけ濃い青色の筋が螺旋を描いている。

 螺旋の中心には、白く輝く細い光の筋が一本立っていた。

 色々入っているにもかからわず、全体的には限りなく透明度の高い、クリアな色感。

 バーテンダーは、グラスをスッとアイリスのほうへ押し出す。


「あなたの瞳の色と同じ、この世に二つとないほどに澄み切っていて美しい、水色のカクテル『蒼き女神(カエルディア)』でございます」


 アイリスは、言葉を止めてその美しいカクテルに見入った。

 うっすらとはかなく光る透き通った水色の液体は、いつまでも眺めていたいほどに芸術的だった。

 

「ありがとう。すごくキレイ。嬉しいな……こういうカクテルがあるんだ」

「いえ。もともとはありません」

「え? どういうこと?」

「あなたを見て、今、考えました」

「…………」


 バーテンダーは、このカクテルと同じ、キレイな水色の髪をした青年。

 優しく微笑むその様子に、アイリスは頬が熱くなるのを感じる。

 とろけそうな意識のせいで、不覚にも、彼の瞳に目を奪われていた。

 

 ──ちょっと危なかったぁ……。

 バーテンダー、恐ろしや。


 組んだ腕の上で頭を傾けて、カクテルを視線ででる。

 そうそう、と話の続きだったことを思い出す。


「ジャミルとティナって、どういう関係なの?」

「…………」

「失礼だったら答えなくていいんだけどねぇ。もし、よかったら」


 ジャミルは、ふう、と息を吐く。


「……元カノ、だよ」


 寂しそうに、視線を床に落として言う。

 生きているティナに、アンデッドのジャミル。


「別に、俺、付き合ってる時に死んだわけじゃないんだ。死ぬいくらか前には、もう別れてたんだけどさ。俺、兵士だったから。マキアの周辺でモンスターと戦っている時に、不覚をとってさ。マキアの周辺って、そんな強いモンスター、いなかったんだ。それが、かなりの奴が突然現れてさ」

「そっか……」

「うん。別れを告げたのは向こうでさ。要はフラれたんだ。俺は未練タラタラだったんだけど。でも、気づいたら、なぜかあいつが俺を蘇らせてた。びっくりしたよ。どうして、って尋ねた。あいつ、『わかんない』ってだけ言ってた」

「…………」


 ジャミルは天井を見上げる。

 

「きっと、フッた男が無惨に殺されたのが可哀想だったんだろうな。俺はアンデッドだ。どうせ、ティナと結ばれることはない。だから、俺は、次の恋に進むことにしたんだ」


 ジャミルは、まっすぐにソニアを見つめる。

 ソニアは、微笑んで顔を赤らめた。

 アイリスは、自分を挟んで見つめ合う二人の間で、うつむいた。


 ──生者とアンデッドだから、どうせ結ばれることはない──

 これをレオに言った時、即座に否定された。

 そんなことはない、と。

 今、彼に、そのことを話すべきだろうか。

 もう前を向いて、次の恋に進もうとしている彼に、その話を──。


「そっか。……うん。応援してるよ」


 アイリスは、微笑んでこう言った。

 それから、ソニアへ意地悪そうな顔を作って尋ねる。


「さあ、次はソニアだよ? リックとの関係わぁ〜〜??」


 ソニアは、オレンジ色の耳をぺたっと伏せて、聞こえないふりをする。

 うつむいて、視線をウロウロさせた。


「あっ、嫌ならいいんだよ? ごめんね、辛い思い出だったら──」

「……私、リックとは、付き合ったりしてません」

「そうなんだ。友達なのかな」

「もっと言えば、セフレ、っていうか」

「…………」


 ツッコミかたを見失う。

 困ったアイリスはチラッとジャミルを確認したが、ジャミルは知っていたようだ。驚いたような様子は見られなかった。

 ソニアは、ジャミルをうかがって、口をキュッとつぐんだ。


「ソニア。俺は大丈夫。口にしたほうが、スッキリすることもある」


 ソニアは小さく頷き、ごめんね、と言った。


「……私、リックのことが大好きでした」


 その一言で、ジャミルは苦しそうな顔をした。

 なかなかにデリケートな話ばかりで、アイリスは気を遣ってしまった。いや、そもそも話を振ったのは自分なのだから、そのくらいの責任は当然の如くあるのだ。


「そうなの? なら──」

「でも、リックは私のことなんて、きっと好きじゃない」

「…………」

「『あなたのことが好きだ』って言えば、抱きしめて頭を撫でてくれました。『あなたが欲しい』って言えば、いつでも抱いてくれました。私が傷付いていれば、必ず慰めてくれました。してる時(・・・・)は、『愛してる』と愛の言葉を囁いてくれることも……。でも、決して付き合ってはくれませんでした」


 ソニアは、視線を目の前のグラスに固定し、悲しそうにした。


「でも、それでも良かったんです。彼と一緒にいる時だけは、彼は私のものだったから。彼の子供を身籠ってしまえば──なんて考えたこともあったけど」


 ソニアも、ジャミルのように天井を見上げた。

 とりあえずアイリスも一緒に見上げてみる。

 

「彼は肝心な時には優しいけど、反面、容赦もありません。今でも、何か失敗した時にはキツくお仕置きされます。ゾンビになってからの方がやばいです。それはもう、意識が飛ぶくらいにイかされて。一晩中、失神してはイかされての繰り返しで」

「でも、別に嫌じゃない……でしょ?」


 ソニアは、顔を真っ赤にしてうつむいた。

 最初ジャミルに遠慮していたのが嘘だったかのような、ジャミルの心に杭を打ち込むが如き告白をソニアはつらつらと喋ってくれた。

 しかしそれは置いといて、アイリスは、まるで自分のことのようにソニアの気持ちがわかった。

 そう──二人は磁石で言うと、きっとS極とN極なのだ。

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