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尾行

 喫茶店を出て、レオはしばらくの自由行動を宣言する。

 パーティーメンバーからの異論などはなかった。

 リックたちはしばらく話し合っていたが、やがて四人で行動を始める。

 路地を登り、塔のほうへと向かい始めた。


「ねえ、アイリス。今日は何をするの?」


 エリナが尋ねてくる。

 きっとエリナもこの手の話題には目がないと踏んだアイリスは、事情を説明した。


「えっ! 面白そうっ!」


 目をキラキラさせて飛び跳ねるエリナ。

 目論んだ通りだ。

 アイリスは、白い目で見てくるレオを無視してエリナと一緒にワイワイする。


「……よぉし。じゃあ、バレたらダメだから、レオ、変装魔法」

「えっ!! そこまでやるの?」

「当たり前でしょ? 詰めが甘いとやばいことになっちゃうかもしれないでしょ! それでもリルルを倒そうとする魔術師なの?」


 レオはムッとする。


「……ちょっとだけ時間が掛かるから、待ってよね」


 簡単にアイリスの挑発に乗ったレオは、目を閉じてむむむ、といいながら瞑想する。


 五人だから、一人ずつ──いや、レオなら二つ同時に魔法陣を出すことが可能だから、三回に分けてするのかな、とアイリスは思った。

 だが、変装魔法は他の魔法に比べて、イマジネーション力の要求量がダントツに高難易度なのだ。一人一人リアルに思い浮かべる必要があるから、よく考えれば二人同時にこなすのは到底不可能に思えた。きっと、一人ずつ、五回に分けて魔法をかけていくのだろう──。


 漠然と抱いていたアイリスの想定は、いとも簡単に覆される。


 レオは両手を天に向かって伸ばし、呪文を詠唱する。

 リュカ、アイリス、エリナ、ラウル、そして自分の足元に、同時に紅蓮の魔法陣を出現させる。


 アイリスはゾッとした。

  

 レオなら、二つくらいは同時に出せる。

 それは、もちろんわかっていた。

 だが、いくら何でもそれが限界だと思っていた。

 二つ同時に出せる魔術師ですら、レオ以外に今まで一人たりとも見たことがなかったのだ。

 

 ──五つ、同時に……?


 紅の魔法陣は、全くの同時に石畳の上に描かれ、光り輝く魔素を放散させる。

 レオは、目を閉じて念じていた。

 

 まず、リュカの姿が変わった。

 続いてアイリス、エリナ、ラウル、と、鮮やかに滑らかに、順にパパッと変化していく。最後にレオの姿が変わった。

 全員が変化し終えたのち、魔素オーラは竜巻のように渦を巻いてからファッ、と散った。


 アイリスは、全員の姿を順に目で追う。

 完全に別人だ。

 その姿は、イメージ的には村人。ゾンピアの住人だと言われれば納得する感じの、ただの村人だ。これなら、目の前にいてもアイリスたちだと気づかないだろう。


 自分の姿を確認したくて、アイリスは、斧や剣が飾られた武器屋のショーケースウインドウを覗き込む。

 アイリスの姿は、金髪を後ろで三つ編みにした、美しい少女だった。

 

「おっ! これは可愛い! これなら……あれ? この子、どこかで──」


 言いかけて思い出す。

 蔵書室ですれ違った、青髪の少女。

 髪の色こそ違うが、顔は間違いない。目が覚めるような美少女だったから、アイリスはすぐにわかった。

 

 アイリスは、リュカの言葉を思い出す。

 エリナは、アイリスに似ているらしいこと。

 そして、アイリスはエリナを見た時、この少女に似ていると思ったこと。

 もしかして、この少女は、自分に似ているのだろうか、と考える。一見すると、似ているようには思わないが……。


「さ、これからどうする? 今後のミッションの指示は、お母さん、やってよね」

「え? ……ああ、うん! ありがとうレオ、完璧だよ。よし、行くか!」

「やっほーいっ!!」


 アイリスの号令に、エリナが飛び跳ねた。

 

◾️ ◾️ ◾️


 今日がどういう日なのかはわからないが、路地は人通りが多かった。

 

 建物の屋上を橋渡すように、いつの間にか飾り付けがされている。

 そういえば、昨日の夜は花火が上がっていた。もしかすると、ゾンピアのお祭りの日か何かなのかもしれない、とアイリスは思った。

 五人であとをつけるのは目立つかもしれないと思ったが、この人混みのおかげでそれは杞憂に終わった。


 後ろから眺めると、リックとティナが並んで前を歩き、ジャミルとソニアが並んで後ろ側を歩いていた。

 まあ、術者であるネクロマンサーはご主人様なのだから、この位置関係自体は自然な配置なのだが。


 後列の二人、ジャミルとソニアの距離感は、相変わらずほとんど触れてしまいそうなほどに近かった。


「ほら。ね、あんなに近づくことってある?」

「まだわからないよ。たまたまってことも──」


 レオがそう言った途端、ジャミルはソニアの手を、こっそり握った。

 ソニアは避けるような様子を見せることもなく、それを受け入れる。

 むしろ自分から指を絡ませ、今まで以上に体をジャミルへと引っ付けることで繋いだ手を前から見えないようにしていた。

 体の感触を確認するようにモゾモゾと触り合う。それを二人は、全く互いの顔を見ずにやっていた。


「……わぁ」


 エリナが、口を押さえて感嘆の声を漏らす。

 ニコニコしながら、無意識にか、エリナはラウルの手を握っていた。この二人は、いつも周りのカップルの行為で簡単に触発されてしまうのだ。

 

「……ね?」

「…………」


 レオはあえてアイリスのほうへ顔やら目線やらを向けないようにしているとアイリスは思った。

 くっく、と勝利の笑い声を漏らす。


 笑いを堪えながらジャミルとソニアを見ているうち、なんとなく、ソニアの姿に違和感を覚えた。


 ソニアは、ジャミルと繋いでいる側とは反対側の手に、肘から先を全て覆うシルバーの小手を装着している。

 最初に出会った時は、剣の使い手としてそういう装備なのかと思ったが、今、ソニアを見ていて、そうではないかもしれないと思った。 


 アイリスは、アルテリアにいたとき、そういう感じで鎧を身につけた騎士を何人か知っていた。

 その戦士たちは、手や足など、体の一部を失っていたのだ。いわば、義手・義足を取り付け、その上から鎧を装着して敵に知られないようにしていた。

 もしかすると、ソニアは片手を失ったのかもしれないと思った。


 リュカがアイリスの尻を触ってくる。

 リュカはそこそこ男前の変装を与えられているものの、完全に赤の他人の顔なので、アイリスは、何やら知らない人に触られているような錯覚に囚われてしまった。

 だから「やめて」と拒否する。

 リュカは、悲しそうな顔をしていた。


 行き先を話そうと思ったようで、ティナは道の分かれ道のところで振り向く。

 ジャミルとソニアが、自然な感じを装って距離をとった。それに気づいたのか、眉の形を微妙に歪ませるティナ。

 ティナは、それ以後、ジャミルの隣をキープして、自然を装いつつもソニアを警戒していた。


「あれ? ティナ、ソニアに嫉妬してるのかな」


 この一言で、レオが「ちっ」と舌打ちした。

 顔をプイッと逸らして大きくため息を吐く。


 ──わかりやす。

 レオ、やっぱティナのことが気になってるんだなぁ。

 でも、ティナは全然エリナとは違うタイプだけどな。

 勝ち気そうで少し釣り上がった目は、優しそうなエリナの目とは全然違うし。

 それにしても……

 

「でも、だとしたらティナはどうして嫉妬するんだろうね。ジャミルはゾンビだし、ティナは生きてるから、二人が結ばれるのは難しいんじゃないかなぁ」

「……そんなこと、ないよ」


 レオが呟く。

「結ばれない」と言ったアイリスの言葉を、明確に否定した。

 ふと、アイリスは宿の女将を思い出す。


 ──彼女たちは、竜人と竜人アンデッドだと言っていた。

 ちゃんと結ばれている。

 二人で色々考えて、セックスだって楽しんでる。

 いや、セックスだけが全てじゃないし、子供を作ることだけが全てでもない。

 そもそも、結ばれるのが難しいと思っていたこと自体が、間違いだったのかもしれないな……。


 そう思って、なぜかアイリスはリルルの言葉も思い出した。


 リルルは、「アイリスの生死はどちらでも良い」と言ったのだ。

 殺してアンデッド化したほうが、アンデッド同士で愛し合うには話は早かったはず。

 手に入れられれば、生きていてもよかったのだろうか。

 なら、どうして生きていてもよかったのだろう。

 生きているアイリスを、アンデッドのリルルは、一体どうするつもりだったのだろう。


 うつむき、悩んでいると、リュカがアイリスの背中に手をやる。

 こういうとき、なぜかリュカは絶対に見逃さずに優しくしてくれる。

 それは、いつもアイリスのことを気にかけているからに他ならなかった。

 外観はいつもと違うが、その気持ちに心があったかくなり、体までもが熱くなる。

 少しくらいお尻を触らせてあげてもいいか、と思った。


 アイリスの目を見ただけで、リュカは許可をもらったことを察知したのか、尻を触ってきた。

 少しの間は受け入れていたが、このままエスカレートすると気持ちが高揚して、また失神からの医務室送りにされてしまうかもしれない。

 アイリスは、リュカへ優しく、そしてちょっとだけ困ったような顔を向けて、「めっ」と言った。

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