実力の証明
得体の知れない、まるで別の生物のような会話。
それを、剣術もろくに修行してこなかったレオが口にする。
レオの横顔は、リュカそっくりだった。
魔導の気配ではなく、人間の心の強さで相手を押していくかのような──。
輝く光で、アイリスはハッとして決闘をする二人へと視線を戻す。
リュカの体が、あちこちで赤い光を発生させていた。
復元魔法の発動だ。まるで全身がキラキラと輝いているかのようで、それは、リュカがひどく被弾したことを意味していた。
「お前じゃ勝てねえよ」
「…………」
「どうしてだか、わかるか? 勘違い野郎がイキがってもなぁ──」
残像を残して、リュカの目の前に現れるジルベルトの移動速度はリュカとほとんど遜色がない。
一瞬にして間合いは潰され、リュカが体を動かすよりも僅かに早く、ジルベルトは斬撃を繰り出す。
「出せる力なんぞ、大したことねえからだよ!!」
リュカは、さっきよりも大きく動こうとした。
剣を合わせれば、絡みつくような風に捕まるのだ。だから、距離をとって風刃を回避しようとしていたのだろう。
「はっ! 無駄だぜっ、」
しかし、同レベルの速度で動き回るジルベルトはすぐさま移動方向を修正し、リュカへ剣を合わせようとしてくる。
風の剣を使う限り、奴は積極的に剣を振る必要がない。
リュカに剣を受けさせるだけでいいから、リュカの行先を塞いで追い詰めることだけを考えればいいだろう。
キャイン、と音を鳴らして剣と剣が接触する。
すぐさま風がまとわりつき、蛇のように絡みついてリュカの腕を斬っていく。
今度は、リュカは即座に離脱した。
被害は最小限に抑えられ、浅い傷がたくさん入っただけで済んだ。
小さな赤光がリュカの体中でパパっと瞬き、キラキラと煌めいていた。
「…………」
「どうしたよ? 言葉も出ねえか」
「俺たちは勝つ」
静かに呟くリュカの言葉で、ジルベルトの表情がシワを増やしていく。
憎しみで、相貌がどんどん険しくなっていく。
「……はあ? 寝言かよ。口だけ野郎に相応しいじゃねえか。言うだけでなんとかなるなら、誰も彼も涙を呑んだりしねえんだよ!!」
圧倒的に、リュカにとって不利な状況だと、アイリスは思っていた。
なのに、表情を見る限り、特に焦った様子もない。いや、それどころか完全に無表情だ。
アイリスは、ハッとした。
よく考えれば、リュカが戦いにおいて焦った様子を見せることなど、今までほとんど見た記憶がない。
遠い昔、元副団長アクセルから自分を護ってくれたとき以来、慌てる様子など見ていないのではないか。
言葉を交わす時には激情に駆られているように見えるリュカは、しかし闘争状態に突入すると意外なほどの冷静さを見せる。
リルルと対峙した時も、アイリスが人質に取られたにもかかわらず、波風一つ立っていない顔をしていたのだ。リュカは、余裕であろうが、ピンチであろうが、戦いの時には常に静かな顔をしている気がする。
つまり、今もまた、いつも通りなのかも知れない、と思った。
「イキがりであれ、なんであれ、口にした言葉は力を持つ」
「うるせえよクソが……何度も言わせんな」
むしろ、優位なはずのジルベルトがイラついていく。
力を込めて柄を握りしめたのがわかる。
歯を食いしばり、憎しみに溢れた瞳でリュカを睨みつける。
その怒りのままにジルベルトが一歩踏み出そうとしたとき──
リュカが、思い切って突っ込んだ。
まさに残像だけを残して、リュカの姿は消えたのだ。
目を見張ったジルベルトは、一瞬、出遅れる。
敵の懐に入りながら両手で剣を振り上げ、先に斬撃態勢へ入ったのはリュカ。
目にも止まらぬほどの剣速で、斜め上からジルベルトを袈裟斬りにしようとした。
「何度も何度もよぉ……口だけな上にバカかっ、」
流すように受けようとしたジルベルトの剣と接触し、鍔迫り合いにもつれ込む。
またもや風刃が渦を巻いた。ぐるぐると回りながら剣をつたってリュカの腕を斬り刻み始める。
が、リュカは止まらなかった。
そのまま体当たりするように力強く前進し、ジルベルトの剣ごと、敵の体に剣を押し付ける。
「このっ、」
瑠璃色の瞳と紅蓮の瞳が、至近距離で睨み合ったかと思うと──
「がっ……」
リュカの掌底が、ちょうど死角になったところでジルベルトの腹に食い込んでいた。
アンデッドに痛みなどは無いはずだが、あまりに攻撃の勢いが強力だったのか、それとも不意をつかれたからなのか、ジルベルトは呻き声を上げた。
アンデッドだから痛みで動きが止まることはない。
しかし、威力で態勢が崩れていく。
それを元に戻すまでのわずかな時間に、リュカは次の攻撃を繰り出していた。
ついさっきリュカが喰らったばかりの、真正面からの斜め斬り。
ジルベルトの胸へ、ザクっと大きな傷が入る。
同時に、サルバドールが操る風の刃は休むことなくリュカを斬り刻む。
二連撃によって体が後ろへ押されたせいで、ジルベルトはバランスを崩して反撃の態勢がいまだ取れていない。
腰を落としたリュカが放つ三つ目の斬撃は、下から真上に振り抜かれた。
まるで一条の光のように、芸術的に直線を描く剣線は、ジルベルトの左腕を肩から吹き飛ばした。
ちぎれた腕は天高く舞い上がり、ぐるぐると回転しながらサルバドールの前にドッ、と落ちた。
ジルベルトはヨロヨロと後ろへ後ずさり、残された左手で切断面を抑えてリュカを睨む。
しかしリュカだって無傷ではない。風の旋回刃を受け続け、身体中が斬り刻まれているのだ。
レオの掛けた変装魔法は縞模様のように剥ぎ取られ、下にある濃い灰色の体がボロボロに斬られているのが見えていた。
敵の風はリュカの顔にも傷を入れ、頬やら額やらがゾンビの様相を呈している。
リュカは自然体で構えたまま、最初からずっと変わらぬ無表情で、ジルベルトと対峙していた。
復元魔法の光に包まれながら、リュカはジルベルトへ宣告する。
「降参しろ。これ以上は無意味だ」
「無意味だと? 調子に乗ってんじゃ──」
「お前自身が言ったことだ。軽々しく命を捨てるな」
「…………」
「……ジル。本気でいくぞ」
後ろで魔法力を行使していたサルバドールが、ジルベルトへと喝を入れる。
足元に見える鮮やかな青い魔法陣は、爆発的に魔素オーラを吹き上げた。
それと共鳴するかのようだった。
ジルベルトの体から、燃えるように揺らめく青色のオーラが発生する。
先端に蒼い宝玉が入った杖を振りかざし、渦巻く強風の如き魔法力を発生させながらサルバドールはレオへと指差し宣告し返した。
「もとより、アンデッドは単体ではない。ネクロマンサーと一心同体なのだ。なかなかよくやったが、術者の格の違いでこの勝負は終わる。これで終わりだ」
ブアア、という轟音が耳を支配する青の嵐が吹き荒れる中──
背筋を凍らすような寒気が、アイリスの体を突き抜ける。
静かに、まるでリュカのように、無表情でサルバドールを見据えるレオからはいつものように冷気を纏った気配が溢れ出していた。
レオの魔法力がそのまま流し込まれるアイリスとリュカは、レオが魔導の領域に入ったことを敏感に感じ取ることができるのだ。
リュカは当然のように気付き、レオに警告しようとした。
「レオ。待て、この勝負は俺が──」
「お父さんは、もう十分に強さを証明したよ。サルバドールが本気を出したなら、次は僕の番さ」
リュカは、顔を振り向かせる。
レオの目を見て、口を止めた。
「確かに、この勝負はこれで終わる。術者の格の違いによってね」




