騎士の会話
「もう一度確認しておく。お前らが勝てば、俺はお前らの仲間になってやる。が──」
「ええ。あたしたちが負ければ、あたしはあなたのものになる」
「アイリスっっ!!」
エリナは、すぐにでも泣き出しそうな顔で叫ぶ。
ジルベルトは口元をニヤけさせ、「これ以上我慢できない」といった様子で目をトロけさせた。
「心配するな。後悔はさせない。すぐに俺の虜にしてやる」
「その妄想は実現しないさ。フワフワした頭、スッキリした時にはここで倒れて起き上がった後だ」
「くっくっく」
「……何がおかしい?」
笑うジルベルトに、レオが噛み付く。
「いや。お前、見たところリュカの術者だな」
「だから何だ」
「なら、余計に勝ち目などない。わかっているのか? アンデッドの強さは、|術者の魔法力に比例する《・・・・・・・・・・・》」
「だから何だって言ってんだ、何度も言わせんな薄汚い下等な小悪魔が。口上だけは上等だな」
普段のレオらしくなかった。
怒っている。
レオは、今までアイリスが見たことのないほどに、まるで憎しみの塊のようになって、怒っていた。
「くっく……。威勢だけはいいが、お前、杖はどうした? 多少は魔法力もあるようだが、魔術師の命たる杖も持たずにこんな勝負を受けるとは」
ジルベルトの顔が、厳しさを増していく。
ヘラヘラした表情を消し、凍てつくようなブルーに輝く瞳でレオを射抜いた。
「舐めるなよ小僧……命を賭けた真剣勝負ってのは、お前のようなガキが一端の魔術師を気取って簡単にやっていいようなもんじゃねえ」
「…………」
「お前の親父は、剣技では俺に勝てない。その上お前は、魔法力ではサルバドール様には敵わない。それで一体、どうやって勝つってんだ? 景品は極上だが、勝負の相手がこれじゃ全くもってやる気が出ねえ」
レオの良いところは、いつも冷静なところだ。
冷静沈着、どんな時も敵のことを正しく分析し、最善の行動をする。
でも、今のレオは、冷静さを失っている。
アイリスは、レオの背に手をやった。
「レオ。挑発にのっちゃだめだ。落ち着いて──」
「あいつの言うとおりだよ」
「え?」
「僕たちの成し遂げようとしていることは、こんなリスクを恐れてちゃ実現できないことだ」
「ええ」
「でも、あいつは、僕らを挑発した」
「…………」
「くだらない、クソみたいな挑発をするために、僕らに何を賭けさせた?」
湧き出る魔素の量は、レオが抱く思いの強さにつられて引き上げられていく。
今はまだ、魔法陣を出していない。レオは、母なる大地からまだ魔法力の本体を引き出してはいない。
にもかかわらず、溢れ、噴き出る魔素オーラ。それは、リルルがやっていることと同種のものなのかもしれない、とアイリスは思った。
「さすがは俺の息子だ」
術者と同じ紅蓮のオーラを散らすリュカは、瞳をも紅蓮に輝かせてレオと同じ方向を向いて立っていた。
「後悔させてやる。一体何を、くだらない勝負の景品にしようとしたのか、をな」
並んで立つ二人の戦士は、背の高さも年齢も違うが、同じ気持ちを持った仲間だった。
まるで同じ背中。
アイリスは、目頭が熱くなる感覚に捉われた。
「よし、決まったな。これはあくまで剣士二人の一対一だ。術者が直接手出しすることを禁ずる。後ろへ下がれ」
勝手に勝負を取り仕切るように宣言したサルバドールを、レオは睨みつけた。
一瞥してアイリスの元へと戻る。それに返すように口元を引き上げたサルバドールもまた、後ろへ下がった。
「……はじめ!!」
リュカとジルベルトは、しばらくの間、自然体のまま互いの目を見合っていた。
ジルベルトは、背負った剣の柄を握ったまま話す。
「この前の立ち会いで、まさか俺と互角だと思ってんじゃないだろうな?」
「…………」
「気に入らねえなぁ。どうしてこう実力のない奴らは、力でねじ伏せられないとわからんのかねぇ」
「勘違いが自分のほうだとは、考えないんだな」
「くっくっく……相当自信があるようじゃないか。だからって、妻を賭けるかよ?」
リュカは、ジルベルトがするたわいもない話に、律儀に応じていた。
もちろん、敵の口上の途中で斬りかかることはよくあるのだ。そのあたりのことについては、決闘をする当事者にしかわからない感覚なのだろうが。
戦闘のプロであるリュカが、戦いには直接必要の無いはずの、敵の話に素直に応じることの意味を、今のアイリスはわかっていた。
同じ疑問を、エリナも持ったのだろう。
アイリスの腕に抱きついて男たちの背中を見ながら、その疑問をアイリスへ問うた。
「リュカは、どうして攻撃しないの? これは絶対に負けれない勝負のはず。隙をついて攻撃したって卑怯なんかじゃない。あんな奴と話をする必要なんてないのに。そんなにあいつに隙が無いの?」
「……きっと、気になったんだよ」
「気になった?」
「あたしもね……戦い──っていうか、『殺し合い』をするにあたって、なぜ会話なんてするのか、って、ずっと思ってたんだ。
どうせ殺すのにね。人の命をゴミのようにしか思っていない騎士同士の戦いに、そもそも言葉を交わす必要なんてあるの、って」
「…………」
「興味を持たなきゃ、わからなかった。リュカと出会ってから知ったんだ。大切なものを護り抜くために命を懸ける騎士は、知ってる。相手もまた、命よりも大事なものを懸けて戦っていることをね。だからこそ、認めた相手が戦うにあたって話をしてくるなら、それを聞くんだ」
ジルベルトの低い声は、呆れなのか、それとも怒りだったのか。
もしかするとどちらも含まれていたかもしれない感情のこもった声で話す。
「馬鹿どもは、ホイホイと命を賭けやがってなぁ。自分が一番強いと思ってやがる。だからできるんだろ? 自分の妻を、簡単にベットするなんてことをなぁ。だからよ──」
銀髪の上に伸びたつのが、くん、と下がった。
ひゅ、という風切り音。
身体強化魔法の掛かった騎士と遜色ない速度で展開された斬撃は、まるで光の鞭のようにしなりながらリュカの首筋を刈り取ろうとする。
「望み通り、ここでアイリスを、俺がもらってやらあっ!!」
体を回転させ、ジルベルトの剣を自分の剣で受けながら流し、すぐさまリュカの剣はジルベルトを下から縦に真っ二つにしようと掬い上げるように伸びる。
ジルベルトが半身でそれを躱して反撃してくれば、それをまたリュカは受け、弾きざまに敵の急所へと剣が伸びる。
連続して繋がるように鳴り続ける剣音──。
クロスレンジで撃ち合うリュカとジルベルトの闘争はまるで息の合ったダンスのようで、ともに水平回転しながら位置を入れ替え合って、デスパレスを所狭しと動き回った。
「ハッ。まあまあだ優男。こうでなくちゃよ」
「お前には、命より大事な人はいないのか」
「ああっっ!?」
一瞬、ジルベルトの目つきが凶悪に変わる。
その瞬間を、リュカは見逃さない。
怒りだったのか──
わからないが、その感情の揺らぎによって体が硬直した刹那、リュカの突きはジルベルトの頬を掠めた。
ピッ、と音が鳴り、剣撃は敵の変装魔法を掻き消した。
至近距離で、リュカの紅蓮の眼光がジルベルトの青碧の瞳を射抜く。
そのまま薙ぎ払った。ジルベルトはのけぞるようにして斜め後ろに躱そうとしたが、リュカの剣は頬の肉を削るようにジルベルトの顔を撫でた。ジルベルトの耳が削げ落ち、斬られた髪が宙に舞う。
ジルベルトが攻撃を受けた直後、遠くに見えるサルバドールの足元に魔法陣が描かれた。
杖をかざしたサルバドールを囲うように青色の光が素早く動いて図形を描き、魔素オーラがふわっと巻き上がる。
「あいつっ! 手を出すなって言っておいて──」
「アリなんだよ、お母さん。あれは魔法剣だ」
「……! だからって──」
「直接じゃない。あくまで戦うのだジルベルトだ」
かまいたちのような風の刃がジルベルトの剣を纏うように吹き荒れる。
追撃の構えを見せていたリュカは、風刃に巻き込まれないよう、一時的に下がった。
「何、したり顔してやがるリュカぁ……。まぐれあたりが一発入っただけだろうが」
「…………」
「……お前になんぞ、わかるもんじゃねぇ。だから、お前は、俺には──勝てねぇっっ!!」
ジルベルトは、真正面からリュカに袈裟斬りを仕掛ける。
そんなに速くはない、とアイリスは思った。なぜなら、アイリスにさえ太刀筋が見えたからだ。
リュカなら余裕で回避できるタイミング。
案の定、リュカは十分な間合いを確保したまま余裕を持って横方向へと回り込む。
そのまま素早く横薙ぎを入れようと、リュカが太刀を繰り出し──
「ぐっ……」
ジルベルトに剣で受けられた瞬間、剣をつたって風が絡みついた。
旋回しながら巻き付くように迫る風刃で、リュカの両手は、なます斬りにされた。
「おらあっ!」
ジルベルトはリュカの剣を弾きながら、強引に斜め下から斬り上げる。
リュカは、体幹を真正面から斜めに斬り裂かれた。
両断はされなかったものの、幾多の風刃とともに深く入った剣は、一筋の切り傷だけではなく、その周囲が無数にザクザクと鋭く細かく斬られていた。
「リュカっ!!」
アイリスが叫ぶ。
前に出ようとするアイリスを、レオが制した。
「レオ! リュカに魔法剣を、」
「ダメだ」
「どうして! 相手もやってることだよ!」
「そんなことをしたら、お父さんに殺されるよ」
「そんなわけ……」
「お父さんは、まだ証明してない」
「…………」
「奴より、お父さんが圧倒的に上回ることを、まだ証明してないからね」
アイリスは、レオの横顔に見入る。
何を言っているのかわからなかった。
その感覚は、初めてリュカの言葉を聞いた時と似ている。
城下町で出会った時の、リュカとの出会いをフラッシュバックさせるような──それは「騎士」の会話だった。




