お茶会のネタを仕入れたい!
宿代をリュカが払い、レオとリュカは先に宿を出る。
ありがとうございました、と元気よく言う宿屋の女将さん。髪は茶色でポニーテール、頭には金色のつのがあり、背中には小さめのドラゴンの翼が見える。
竜人族だ。微量の魔素が感じられるので、きっとアンデッドだろう。
「あの。女将さんですよね。もしよろしければなんですけど……。アンデッドですよね?」
「ええ、私はアンデッドです。夫が術者で」
「ああ、そうなんですね。お綺麗だから、つい気になって。『メタモン』ですか?」
「もちろん、ここらで変装魔法屋と言ったらメタモンしかないんですよ。お客様、メタモンじゃないんですか?」
「そうなんです。うちは息子が……」
ゾンビの弱点はネクロマンサーであり、誰が術者かは安易に喋ってはならない。
そんなこと、アイリスはすっかり忘れ去っていた。
と言うより、この街は術者とゾンビがセットで入る店が多い。いちいちそんなことを気にしていられなかった。
女将は、少し上目遣いになり、アイリスをじっと見つめて言う。
「それにしても、羨ましいです」
「え? 何がですか?」
「お仲がよろしいようで。何度もお悦びになっておられましたね」
「…………えっと、」
「すみませんねぇ……壁が薄くて」
手を口に当てて、「ほほほ」と上品に笑われる。
顔から火が出そうだった。
両手を頬に当ててオロオロする。
「うちは、竜人と竜人アンデッドですからねぇ。最初、セックスを楽しむことができなくて」
「それ、切実ですね。どうしたんですか?」
「アンデッドの女性専門の風俗店ってのがあるんです。どうしても我慢ができなくて……どうせそのままじゃ夫とはできないわけだし、黙ってお店に行くのもなんだから、頼み込んで夫に許可をもらって」
「ふんふん」
いつの間にか、コソコソ話をする体勢に。
店の外にいるリュカとレオから訝しげに睨まれる。
アイリスは、どうしてもこの話が聞きたかった。お茶会の話題としては堪らない。
「でもね、アンデッドのセックスってのは、『好意度』と『興奮度』なんです。どちらかというと、『好意度』のほうが遥かに重要で」
「ふんふん!」
「だからね、相手のことを本気で好きじゃないと快感が高まらなくて、マックスでイけないっていうか」
「ですよね! わかります!」
「だから、風俗店とはいえ、相手に本気にならないと、本気でイけないんです。当然それを知っている夫からは激しく嫉妬されて」
「なるほどねぇ……」
「今は、アブドラにお願いして、股のところをうまく整形してもらって、夫のがピッタリフィットするように作り込んでもらいました」
「えっ!?」
「生きている側は触覚の具合さえ絶妙に機能していれば快感を感じることが可能ですが、アンデッドのほうも、なんでか大丈夫なんですよ。本当に良かったです」
おおお、とアイリスは唸った。
精神が全てを司るが所以の現象だろう。
そんなニーズにも対応する変装魔法屋メタモン。
当然だが卓越したイマジネーション力がなければ実現不可能な手術だ。店主アブドラの持つ創造性を思い浮かべると、どのような人物像なのか、めちゃくちゃ興味が湧いた。
ぜひ見つけなければならない。杖とかよりも優先して。人生の彩りのために!
なぜなら、これを十歳のレオに頼んでリアルに作り込んでもらうのは、さすがに無理だと思ったからだ。レオが道を踏み外してしまうかもしれない。
でも、レオの魔法で作られたこの体、アブドラの魔法で再整形することなどできるのだろうか? 一度カウンセリングくらい受けておくか? と悩み出す。
それとも、レオが一八歳くらいになったら、恥を忍んで一度頼んでみるか……と、アイリスは魔法整形手術の実施時期を具体的に想定し始めていた。
「お母さん? どうしたの?」
「ぎくっ! ああ、ごめんね、今行くから!」
女将さんに一礼をして、「また来ます」と小声で一言付け加え、アイリスは宿を出る。
いつまでも怪訝な顔をする男二人を無視して、アイリスは坂道を登った。
しばらく行くと、昨日の武器屋の前で、レオは立ち止まる。
この武器屋は、「ペリタス」と書かれていた。きっとお店の名前だろう。
「どうしたの?」
「ここで、ティナたちと待ち合わせしてるんだ」
パーティーリーダーらしく、よそのパーティーとの行動計画を調整し始めるレオ。
アイリスは、そんなことなど何処吹く風で、てんで気にしてもいなかった。
頭の中は、リュカとの愛の時間のことばかり。やはりリーダーなど向いていないと思い知らされる。
「はは。ごめんね、全部調整させちゃって」
「しっかりしてよ、もう」
そういうふうに言われるとほっぺたを膨らませてしまうアイリス。そうするならそうするで事前に相談くらいしろよと文句の一つも言いたくなってくる。
そしていつものようにリュカに頭を撫でられる。
リュカだって調整してないのだ。というより、リュカは彼らとパーティーを組むなど、別にしたいとも思っていなかったわけだが。
一刻ほど待っていると下り坂の向こうから見たことのある耳が見えた。
最初に見えたのは虎柄の耳で、次にオレンジ色の耳。
黒の耳が見えて、紫が見えた。
「よ。おっはー」
ティナはレオに向かって片手を挙げ、にこやかに挨拶をする。
その後ろにいるリックは口に手を当ててあくびをし、すごく眠そうな顔だ。
さらにその後ろにいるジャミルとソニアの二人を見て、あることに気づく。
──あれ?
距離、近くない?
パーソナルスペース、ガッツリ削ってるけど。
少し手を動かせば触れてしまいそうなほど、ジャミルとソニアの距離は近かった。
口元を緩めながら、アイリスは興味本位にジロジロ観察する。
あの距離感なら、時折肩や手が触れ合っているはず。
なのに、お互い、見もしない。
わかっててやっている、と思った。
アイリスは、は〜ん、と訳知り顔でニヤニヤする。
他人の恋愛事情ほど胸をウズウズさせることはないのだ。お茶会の話題にはもってこいだから、貴族や上級官職の妻たちと会話を弾ませるには、話題の仕入れ先が重要になってくる。
アイリスは、過去にメイドにハメられて投獄された経験があったから、メイドとはよく話すようにしていた。メイドたちは様々な人間に仕えるので、そういう話をよく知っているのだ。
全員が揃ったところで、再び塔のある頂上に向かって歩き出す。
塔まで行くにはボチボチ登らなければならない。
レオは昨日、途中にある武器屋までしか来なかったから、どのくらい遠いか具体的にはわかっていなかったのだろう。
疲れたのか、例の如く、また途中でボヤきだした。
グネグネとややこしい曲がり道を何度も通過する。アイリスは二度目の道のはずだが、また帰り道を覚えていなかった。
ラウルとリュカはキョロキョロしながら歩いている。きっと目印や景色を目に焼き付けながら歩いているのだろうから、あの二人に任せよう、とアイリスは思った。
エリナは、全く帰り道のことなど憂慮すらしていないスッキリした顔だ。前だけを見ながらどんどん歩く。きっと何も考えていないに違いなかった。




