幻の日常
「いつまでゆっくりしてんだよ! 早く起きろ──っっ!!」
二人でイチャイチャしている最中、どんどんどん、とドアが叩かれてデカい音が鳴る。
ベッドの上で飛び上がった裸の二人は、「服、服!」と言いながら服を探したが、当然そんなものは見当たらない。
「そっか! リュカ、『思わないといけない』んだっ! よしっ、『服を着たいっ!』」
アイリスが願うと、ポワン、と小さな音が鳴って、アイリスの体は白ベースに赤色が施されたデザインの着慣れた司祭服で覆われる。
これはアイリスにとっては仕事着だ。王宮にいたときは、朝起きれば基本的にこの服を着ていた。
リュカは、アイリスとは少し事情が異なっていた。
下半身を覆う真っ赤なプレートアーマーは、レオの変装魔法ではない。
本物の、生前のリュカが装備していた鎧の一部だ。レオの変装魔法で装飾された服は、上半身の黒ロンTと下半身のズボンだった。
慌てて部屋の入口へ走って行き、ドアを開ける。
への字口のレオが、腕を組んで立っていた。
「はいはいっ! お待たせっ」
「何してたの? 寝てたの?」
「えっと。まあ、その。うん、寝て──」
「嘘だね。何してたの?」
詰められる。
何か怒っている。
「ごめんね。どうしたの?」
「別に。昨日から、二人っきりで何してたのかなって思って。何かしてるなら、僕も混ぜてよ」
アイリスは、「あっ」と思った。
レオ一人にしてしまって、レオは寂しかったのかもしれない。
いや、そうに決まってる。まだ十歳の子供なのに、こんな異境の地でひとりぼっちで夜を明かしたのだ。
「ごめんね、ああ言ってたから一緒に寝たかったなんて思わなくて。『一緒に寝よう』って言っても、最近、『嫌だ』って言って寝てくれなかったし、てっきり──」
「そんなこと言ってない! 寝るのは寂しくなんかない! 寝るのはいいんだよ!」
プンスカ怒ってしまう。
何が言いたいのかいまいちわかりづらかったが、寝るまでの時間や、朝起きてからの時間を、みんなで一緒に過ごしたかったのだろう。速攻で愛欲に沈んだことを、しばし反省するアイリス。
隣のリュカも、バツが悪そうにしていた。リュカもレオに謝る。
「ごめんな、レオ。久しぶりにお母さんと二人になれて、父さんさ、ちょっと嬉しくて」
「……ふーん。なら、まあいいけど。その代わり、今日はちゃんと約束を守ってもらうからね」
レオは昨日、親二人にお願いしたことを再確認する。
ジルベルトを仲間にするため、今日はゾンピアの塔へ行くのだ。
見ると、リュカは後ろ頭を掻きながら、「仕方ないなぁ」と言わんばかりの顔をしていた。
レオは、宿で朝食を食べるため食堂へ向かう。だが、この宿でも、食事の前には先に風呂に入らなければならなかった。
ゾンビは食堂出入り禁止。よって、アイリスとリュカは、部屋で居るか、外の待機場所へ行くように店員から言われてしまう。
レオに「ゆっくり食べてきてね」と一言だけ言って、リュカと待機場所へ向かった。
待機場所は、敷地内にある小屋。別棟だった。
ここの内装は、床や壁、椅子などはツルツルとした材質だ。
絨毯とか絵画とか、派手な装飾のついた椅子などは一つも無い。
その代わりなのか、壁には直接絵が描かれ、色が塗られていた。
「なんか変わった部屋だね」
「レオの食事をした時にも同じだったんだ。店員に聞いたら、ゾンビにもいろいろいるから、掃除がしやすいようにこの材質だそうだ」
「へ〜ぇ。でも、この宿は、最初にゾンピアに着いた時にレオが食事したお店とは違って、部屋は人間とゾンビで隣同士だったじゃない? どういう基準なんだろうね」
「宿とか店には、いろいろ種類があるらしい。完全にエリア分けされている宿から、高度な変装魔法と消臭魔法が掛けられていれば混ざってもOKな店まで、いろいろみたいなんだ」
椅子に座って二人でゆっくりしていると、どこからともなく楽器の音が聞こえてきた。
響きの良い、弦楽器の音。
管弦楽団でもいるのだろうか。窓を開けても、どこから聞こえているのかはわからなかった。
「なんか、王宮を思い出すね」
「ああ。朝からこうやって音楽が聴けるなんて、ゾンビにとっては楽園だな」
「ほんと」
ふふ、と微笑んで椅子に戻る。
窓を開けた方が音はよく聞こえたから、きっと外で演奏しているのだろう。
ゾンピアをベースとして活動するストリートミュージシャン・ゾンビがいるのかな、と気になった。今度じっくり聞いてみたくなり、アイリスは楽しみになった。
ふと、窓の外を眺めていると、遠くのほうに、丘というか、岩石でできたような山が見えた。
その岩石の上には、何か神殿のような建物が建っている。
ゾンピアは、街全体がゴチャゴチャした路地で構成されているので、建物が障害物になって遠くが見通しにくい。
だから、あんなデカい岩石の山があったなんて、アイリスは気づかなかった。
密接して建物が建てられた路地ばかり歩いていたせいかもしれない。ここは中庭が結構広かったので、それで見えたのだ。
「ねえリュカ、あれ、なんだろうね」
「ああ、ここの人に聞いてみたんだけど、デートスポットらしい。あの神殿みたいなところには、カップルが二人で愛を誓う場所があるんだってさ」
「へえ! いいなあ、また今度行こうね!」
ゾンビの街なのに、そんな場所まであるのだ。
この街は、いろんな意味でアイリスたちの想像を遥かに超えていた。
そうやってウダウダしながらリュカと戯れていると、レオが帰ってくる。
「お待たせ! ああ、お腹いっぱいで苦しい。ちょっと休憩したいよ」
「ゆっくりしてきて良かったのに」
「ううん、大丈夫」
アイリスは、レオが口走った今朝の「昨日何してたの」発言を思い出してしまった。
王宮にいるときは、「親と一緒にいるのが恥ずかしい」って感じだったのだ。反抗期かなと思って、アイリスはあえてベタベタ干渉しないようにしていた。
自分の親が、二人とも、目の前でリルルに殺されたのだ。
アンデッドとして復活させたとはいえ、アイリスとリュカは魔法力だけでこの世に繋がれている存在。
いつ何時、煙のように消え去っても不思議ではない。
もしかすると、レオの気持ちをもっと大事に考える必要があるかもしれない、と思った。
アイリスは、レオを抱きしめた。
温かくて、本当に生きてる体温。
それをきちんと感じ取れる今の幸せに、我が子を強く抱きしめながら神へと感謝する。
「……なに?」
「ううん。何も」
レオは、嫌がらなかった。
レオも、アイリスの腰に手を回してギュッとする。
「お母さんの匂い」
「うん」
それは、レオが自分自身で再現した匂い。
現実にはもう存在しない、自分で想像しただけの匂いだ。
パッとアイリスから離れたレオは、元気な顔。
「……さ。行くよ! この街の、中心にある塔へ!」




