騒がしい食事会
ティナが指定したお店は、この街の頂上にある塔に限りなく近いところにあった。
予約部屋に案内されると、一面がガラス張りの部屋。
ゾンピアの夜景が一望できる。遠くには、世界各地と繋がるいくつもの魔法陣が白い光を瞬かせているのが見えた。
少し高級そうな装飾が施された椅子の背もたれに体重をかけながら、全面ガラス張りの向こうに見える景色を堪能する。
アイリスたちは招待される側だったので、景色が一番よく見える席に座らせてもらえた。
「わぁ〜〜……。すごい」
思わず感嘆の声が漏れる。
席から立って窓に張り付き、リュカ、レオと一緒に景色を指さして、あれがどこで、あそこはあれだ、とワイワイする。
「さあ、今日はコースなので、ゆっくり楽しんでねっ! あたしんち、貴族の一族だから、このくらいは大丈夫だよ」
見た目通りお嬢様だったティナは、豪遊を宣言する。
立場的にいうと、王国の大臣を父に持つアイリスたちの方がおそらく上だと思われるが、城を追われる時にはお金を持ち出す余裕などなかったから、今現在はマルクスに恵んでもらったお金しか持っていない。
しばらく生活する程度には困らないが、贅沢できるほどは持ち合わせていなかった。なので、遠慮なくご馳走になることにした。
王国のこと考えると、ふと、父のことを思い出す。
今の生活を楽しんでいる自分に罪悪感を感じてしまう。
父は、どうなったのだろう。
本来、こんなところで遊んでいる場合ではないのだ。
そんなアイリスの様子に気付き、リュカはアイリスの背中にそっと手をやり、微笑む。
「ありがとう、リュカ。大丈夫。さあ、始めよう!」
「乾杯は、アイリスかリュカで──」
「会を開いてくれたのはティナだよ。ティナがどうぞ」
「そうですかぁ? しょうがないなぁ……コホン。では、こんな高級店であれなんですが、ちょっと失礼して……。かんぱぁーいっ!!」
飛び跳ねそうな勢いでグラスを高々と上げるティナ。
全員でグラスを持ち上げ、笑顔が並ぶ。
確かに、楽しむこと自体は、悪いことではないのだ。
なぜなら、そう──ここへ来た理由は、決して忘れてはいないから。
レオが言ったのだ。仲間と、隠れ家が必要だ、と。
こうやって、たくさんの人と食卓を囲めることが未来に繋がるのだ。そもそも、王国というものはそうやって繁栄してきた。
しかし、強引に仲間にするために食卓を囲む訳にはいかない。
アイリスたちの目的は、命懸けなのだ。
目的を異にする彼らの命まで、道連れにはできない。
でも、もし。
心で繋がり合うことができたなら……
だから、彼らの事情を、聞いておきたいとアイリスは思った。
「ねえ、ティナは、どうしてミスリルソードが欲しいの? こんなところまで来て、あんなに必死になってまで」
ティナの笑顔が消える。
ああ、もしかしたら聞いてはいけなかったか、と少しだけ焦った。
ティナはうつむく。
「あ、話したくなかったら、大丈夫だから」
「……あたしの国──獣人の国・マキア王国は、今、アンデッドの襲撃を受けてて」
アイリスの横に座っているティナは、膝の上で服をギュッと握る。
「……時間がないの。アンデッドは、マキアを囲んでいる。他国に応援を頼もうと出した遣いは、一人も帰ってこない。敵はかなり強くて……うちの国は剣とか槍とかで戦う普通の兵が多いから、かなり消耗させられてる。あたし、最後の頼みの綱なの。アンデッドに有効とされる武器「聖銀の剣」をゾンピアで手に入れて、それで、もし、助けてくれる人がいたら、仲間を……って思って」
どうしてティナがこんな会を開いたのか、アイリスはよくわかった。
仲間が欲しかったのだ。
自分たちの国を救ってくれる仲間。
藁をも掴む思いでここに来たのだろう。
アイリスたちと同じだった。
ティナも、国の命運をかけて、ここに来ていたのだ。
「……ごめん。忘れてね。こんな暗い話して、ごめんね。ごめん……」
抑えきれない涙が、膝の上に置いた拳に落ちる。
言葉は、それ以上出せなくなった。
「……そっか。大丈夫。あたしのほうこそごめん」
ティナは、ううん、と首を振って涙を手で拭く。
もう一つのパーティ、リックとソニアのことも尋ねたかったが、このぶんだと、ちょっと無神経になってしまうかもしれないな、とアイリスは気が引けた。
聞かないことにしようと心に決め、リックをチラッとだけ様子見したところで目が合う。
「……だからって、ミスリルソードを渡すわけにはいかない」
リックは、机に視線を落としたまま言う。
ティナは、リックに向けてキッと鋭い視線を突き刺す。
「あんた、あたしの事情より大事な事情があるっての? じゃあ言ってみなさいよ。聞いてあげるから!」
ティナは興奮しながら言った。
このままでは、この場で喧嘩になってしまう。
アイリスは、止めなければ、と思った。
「ティナ、」
「いいんです! あたしだって言ったんだから、あいつも言えば」
ティナはリックを睨みつける。
リックは、ティナには視線を向けなかった。うつむいて、何も話そうとはしなかった。
「ほら、言えない。ミスリルソードをもらう資格は、あたしたちにあるようね」
リックは眉間にシワを寄せ、拳を握りしめる。
ソニアは、心配そうな顔で、リックに言った。
「リック。辛いけど、きっと、ここは言わないと仕方ないです……」
「……ああ。そうだな」
リックは、呼吸を整えた。
「……俺たちは、辺境にある獣人の村『イデア』の生まれだ。ずっとそこに住んできた。名目的には、そこにいる女『ティナ』のいる国、マキアの領土になる」
「あなた、イデアの人だったの? だったら早く言いなさいよ! 同郷じゃない。……あれ? イデア? 確かイデアって、死霊秘術が栄えているところだったよね? なら、今マキアを襲っているアンデッドとも、戦え──」
「イデアは、つい最近、魔王軍に滅ぼされた」
「……え?」
食卓が、シン、となる。
店員が運んでくる料理の音だけが、カチャ、と響いた。
ティナは、うろたえながら尋ねる。
「……どうして?」
「魔王死霊軍の武将、ドラゴニュート『マルン』が率いる部隊に襲撃されたんだ。村の戦士たちは必死に戦ったが」
リックが、歯を噛みしめる。
窓側に座っていたリックは、真正面に座っていたティナではなく、ティナの後ろの壁を凝視しているような、焦点の合っていない目つきだった。
その目は、これでもかというくらいに殺意を宿していた。
リックの隣に座るソニアも同じだった。術者の魔法力である水色に光らせた瞳はその輝きを強くした。
「絶対に、許すことはできない。俺たちは、マルンを倒すために『聖銀の剣』が必要なんだ」
ティナは、それ以上、何も言わなかった。
リックは顔を上げ、何かを決心したような顔をする。
「それより、レオ、お前たちのことを聞かせろ。正直に言う。俺は、お前たちの力を借りたいから、こんな食事会に参加したんだ。俺たちには、遊んでる暇なんてない。
あれほど強力な復元魔法、そうは見られない。まだ認定も受けてないと言ってたが、一体、お前たちはなぜここに来た?」
レオは、アイリス、リュカと顔を見合わせる。
レオは、いつものように後ろ頭を掻きながら答えた。
「えーと。僕らの国・アルテリア王国は、魔王死霊軍の大将・リルルに襲われた。国は乗っ取られ、今も全国民が死の危機に瀕してる。僕たちは──いや、きっと僕たちだけが、奴の手から逃れることができたんだと思う。もしかしたら、もう……」
「死霊軍の大将だと!?」
リックが眉をひそめる。
ずっと冷静で感情を見せなかったリックが、声を荒げ始めた。
「そんな奴に襲われて、どうして逃げることができたんだ?」
「…………ラッキーだったんだよ」
「俺たちを襲った武将は信じられないほどに強力だった。それが、それよりも絶対的に強力なはずの『大将』に襲われて、どうして無事でいられる? そんな話、信じられるか。どうせ、俺たちの話を聞いて、自分たちも大変な目に遭ってるって言いたくなって、脚色して喋ってしまったんだろ。正直に言え!」
うーん、と唸ってレオは腕を組む。
そのタイミングでご飯が運ばれてきたので、レオは白いお皿に盛り付けられた料理を一口食べ、「うまっ!」と舌鼓を打った。
この店では、生者用の食事は白いお皿、アンデッド用の魔法料理は青いお皿に盛り付けられていた。
アイリスとリュカ、エリナとラウルの前に運ばれてきた料理は、全て青いお皿だ。
「おい。まだ話は終わってない。どうやって凌いだか、それを聞いてるんだ。嘘なんだろ? つまらない嘘を言うな! それにな、お前、杖はどうした!」
ティナもハッとしていた。
リックとティナは木製の杖を持っている。
すぐさま手に取ることができるようにテーブルに立てかけてある杖の先端には、彼らの魔法力と同じ色の宝玉が埋め込まれていた。
「……えーと。折れちゃって」
「嘘をつくにしても、もうちょっとマシな嘘にしろ。魔術師が、命よりも大事な杖を、折れたまま放っておくことなんてあるわけがない! 大将に襲われて生き残ったなんて嘘に決まってるさ」
「嘘じゃないよぅ」
レオは拗ねたような顔をする。
こうなると、誰がどう見てもただの子供だ。「こりゃ、信じてもらうのは無理なんじゃないか」と思えてきた。
「だからよ! どうやって凌いだか、詳しく言えって言ってんの!」
「言ったところで、余計に信じてもらえないよ」
「今更隠すのか? 言うのが恥ずかしくなったんだろ! 言ってみろ。それくらいは聞いてやる!」
レオは、ふう、と小さく息を吐く。
「お父さんとお母さんを殺した大将・リルルの魔力を僕が弾き返して、僕がお父さんとお母さんをアンデッド化した。アンデッドとなったお父さんが、僕らを抱きかかえて脱出した」
リックは口をぽかんと開ける。
きっと、「なぜもうちょっと遠慮した嘘をつかないのか」と思っていたことだろう。




