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ご老人

 鼻をくすぐるダージリンの香りに包まれ、フォークですくったケーキを口に入れる。

 

「う〜ん……天国だわ」

「マジでうまいっすね……」


 甘党のアイリスとラウルは、目を閉じて、しみじみと感嘆のため息を漏らす。

 紅茶の香りをプログラムされた「匂い魔法」は、どうやら気体のような成分となって空気中に発散され、匂い魔法と変装魔法が接触した瞬間に、アイリスたちの嗅覚として認知されているらしい。

 

「ほら、この紅茶も。ああ、感動……」

「アイリスさん、このコーヒーだって。香りがもう、たまりません」


 アイリスは、ラウルのコーヒーに鼻を近づける。


「ああ、ほんとだ! リュカが飛び上がって喜ぶよ。しかもこのケーキ、口に入れるとトロけるんだよね……」

「ベタベタしていないさっぱりした甘さの中にもしっかりとしたモンブランの濃厚さが。これ、本当に魔法ですか!? 信じられねぇっ」


 理性の殻を破って叫び始めるラウル。

 ラウルが幸せそうにするのを見て、自分も幸せそうな顔をするエリナ。

 アイリスも、王宮を離れて以来、久しぶりに人間らしい日常を楽しむことができた。


 ふと、葉巻の煙と匂いが漂ってくる。

 隣の席を見ると、ご老人の夫婦が、お茶しながら葉巻を吸っている。


「へえ、葉巻も吸えるんだ」


 隣のテーブルでアイリスたちが葉巻を話題にするので、おじいさんは、アイリスに話しかけてきた。


「お前さんたち、ゾンビになって間もないのかね?」

「ええ、そうなんです。だから、右も左もわからなくて」

「そんなに若いのに、かわいそうなことだ。ああ、変装魔法で若くしているだけかね?」

「はい、まあ……でも、そんなにサバは読んでません」

 

 本来の年齢である二五歳でも十分に若いが、欲をかいてレオに頼み込み、さらに若くしてもらっているアイリス。

 老人からすると若者の五歳分くらいは許容範囲だろ、とアイリスは自分で自分を納得させた。


「葉巻はのう、食べ物のように体内に残ってしまう何かを入れるわけではないからのう。魔術で作る必要がない。じゃが、死んだ体では煙を吸い込む動作ができんから、魔術を使って吸引するんじゃ。ほら、こんなふうに」


 老人の足元に、白い魔法陣があるのに気づく。

 老人は手で持っている葉巻を口から離したが、葉巻の吸い込み側から出る煙が老人の口へと吸い込まれていった。煙を味わうように口をモゴモゴさせてから、満足そうに吐き出す。


「ふうぅ……。我々アンデッドは健康のことなんて気にする必要がないから、気にせずたしなめば良いんじゃよ」


 まあ確かに、健康的には問題ないかもしれないが、煙が好きか嫌いかは個人差があるんだけどな……と思いつつ、アイリスは文句を言わずにニコニコしていた。


「おじいさんは、魔術師なんですか?」

「生きていた頃は、そりゃあ、長いこと魔術の仕事に携わってきたもんじゃ。でも、アンデッドとなって、この街に移り住んで、それからは、とんと攻撃魔法やらは使わなくなったねぇ」

「でも、アンデッドですもんね。なら、リッチってことなんですか?」

「いいやぁ。一応、それに準じた存在ではあるようじゃが。ワシらは、この街の市長・サルバドール様のアンデッドなんじゃよ。殺されたワシらを蘇らせていただいて、かれこれ十年くらいはここで住まわせてもらっておるか。のう、ばあさん?」

「ええ、ほんに、ほんに」


 真向かいに座るおばあさんは、ニコニコしながら何度も頷いた。


 二人の老人は、どうやらアイリスたちと同じ、「リッチに準じた存在」らしい。

 瞳は綺麗な青色に光っているので、きっと主人であるネクロマンサー「市長サルバドール」の魔法力は「青色」なんだろう。

 彼らの見た目は完全に人間みたいだ。

 そのことからして、きっとこのご老人は変装魔法屋・メタモンとやらで魔法を掛けてもらっているのだろう、とアイリスは思った。


 アイリスたちは、この街に来てからずっと「魔素が、魔素が」と言われ続けた。

 だから、アイリスは、二人の老人が魔素を発散しているのか感じ取ろうと試みた。


 ──うん。

 確かに……若干の魔素は放出されている。

 そう考えれば、アンデッドであるにもかかわらず全く何も感じ取れないあたしたちの体は、他人から見れば不気味なんだろうな……。


「それにしても、お前さんたちは、生者と全く違いが分からんね。アブドラに変装魔法を掛けてもらったんじゃろ? きっと調子が良かったんじゃろうな、魔素が全く感じられん」

「アブドラ? どなたですか?」

「違うのかい? てっきり奴だと思っておった。そんな高度な変装魔法、他にも施せる魔術師がいたなんて、世界は広いのう」


 ご老人は、深く頷きながら髭を触った。


「アブドラは、変装魔法屋『メタモン』の店主じゃよ。奴は優秀な魔術師でのう、かつて勇者パーティの一人であった世界最高の大魔導士(トップ・ウィザード)リオ・グレオリッチの愛弟子じゃ。リオ様がこのゾンピアをお創りになって、離れられた後も、奴がこの街を護っておる。攻撃魔法だけでなく、補助魔法も白魔法も、それはもう色々できる奴で、いわば『賢者』ってやつじゃな。奴は魔具も作れたから、魔法の杖も作っておった。奴の作る杖は一級品でな、魔術師の魔法力を、それはもう五、六倍には引き上げた」


 ご老人は、人差し指を立てて得意げに言った。


 アイリスは、絶句した。

 アルテリア王宮魔術師の中にも、杖を作る専門職は存在する。

 彼らは、魔具の製作に特化した才能を持っていて、魔法の使えない者が魔法効果を得ることができるようにアイテムに魔法力を込めたり、術者の魔法力を増幅させたりすることができるのだ。

 だが、魔法の杖の魔力増幅率はせいぜい三倍が関の山。それでも相当優秀なほうなのだ。

 

 レオは、杖を折ってしまった。

 これから先、リルルと戦うには杖が必須だ。

 それに、リルルもあの時は杖を使っていなかった。決戦の時には、間違いなく杖を使ってくるだろう。


「あの! その『アブドラ』って人、どこにいるんですか?」

「そうじゃなぁ……その質問は、非常に難しい。なぜなら、奴は、いくら探しても見つからないが、どこにでもいるのじゃ」

「はあ……?」


 貴重な情報源であるご老人には極力失礼の無いようにしたいところだが、意味のわからないことを言われるとつい敬意を失してしまう。

 アイリスは、口をぽかんと開けて顔をしかめていた。


「奴は、自分を見つけることができた者としか、対等には話さぬ。もし用があるなら、頑張ってみることじゃな」


 禅問答のようなご老人の言葉に、アイリスは頭から煙が出そうになった。

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