ゾンピアのお茶会
「ねえアイリス、一度、あの高い塔の辺りまで行ってみませんか?」
エリナは、ワクワクしながら満面の笑みを浮かべている。
エリナとラウルは、「アイリスたちを案内する」ということを目的としてゾンピアまでついてきているのだ。
つまり、もう目的は達している。
自分たちをアンデッド化したネクロマンサー──つまりレオと一緒じゃないと転送魔法陣から外界へは戻れないが、彼女たちの仕事はもう終わったのだ。あとは物珍しい街をラウルと二人で楽しんで、新婚旅行気分でも味わおうと思っているに違いなかった。
エリナの提案を受けて、アイリスとラウルは、この街の中心にある塔へ行くことにした。
細い路地を、坂を登りながら進む。
ある程度登ると、行き止まりになる。
左右に階段があるのでそのどちらかを選んで登り、塔の方向へ向かう路地を選んで歩いていく。
また行き止まりが来て、階段を登ると今度は塔と反対方向しか道がなかったりして。
さっき通った道の上に掛かっている石橋を通り、しばらく進むと、また塔の方向へ路地が続いて……。
こんなことの繰り返しだった。
正直、全然道を覚えていない。
どうやって元のところへ帰ろうか、とアイリスは心配になってきた。
恥ずかしかったが、勇気を振り絞ってエリナへ耳打ちする。
「ねえ、道、覚えてる?」
「覚えてないです!」
胸を張って明るく言い放つエリナ。
観光気分の奴は気楽でいい。
「大丈夫です。僕が道を覚えてますよ」
「ほんとに? 助かるわぁ!」
ラウルの言葉を聞いて、急に楽観的になるアイリス。
道を覚えることを完全に放棄し、いつの間にか、エリナと一緒になって周りの店を観察しつつワイワイしながら歩いていた。
ここまでの道のりの途中、何人かの通行人とすれ違った。
さっきのゾンビみたいな「ゾンビにしか見えないゾンビ」もいたが、人間のような人や、獣人のような人たちもいた。
ネクロマンサーなのだろうか。
それとも、自分たちと同じ、変装魔法が掛かったゾンビなのだろうか。
そんなことを考えながら、通り過ぎる人をキョロキョロ見つつ歩く。
「アイリス、ほら、また飲食店がある。ここはカフェかな」
「はあ……ほんとだ。生きてる人はいいよね。ああやって食べ物や飲み物を楽しめて。あたしたち、もう二度と紅茶とかケーキを楽しめないんだ」
完全消滅しなかっただけ感謝しなければならない。
それはわかっているが、ゾンビとしての生を受けたら受けたで、欲が出てきてしまう。
ケーキ食べたいなぁ、とぼんやり妄想しながらアイリスはカフェを覗いた。
「あれっ!?」
「なんですか?」
「ここ、『アンデッド専門店』って書いてある!」
おしゃれな看板が頭上の壁から垂れ下がり、煌々と輝く黄色のランプも設置されていた。
白い石の壁にはまっている窓枠は、他の建物と同じく年季の入った木製のものだ。
壁には、二階から降りてくるように緑色のツタが絡み付いていて、アイリスの心をワクワクさせるような、雰囲気のあるお店。
そのお店の入口上側には、おそらく屋号だろうが「インフェルナス」と書かれた店舗看板が掲げられている。
その看板の下には、確かに「アンデッド専門店」という文字が小さく書かれていた。
ラウルは、アイリスに続いて夢中でお店を見回した。
「すごい。もしかして、僕たち入れる? 僕、甘いものに目がなくて」
「うーん……」
アイリスは、お店の周りをよく見てみる。
入口の横に立てかけられている看板には、注意書きが書かれていた。
──「変装魔法」と「完全な臭い対策」を施した、高貴なゾンビ以外お断り──
「一応、条件は満たしてますよね……」
「お金もあるよ。入ってみる?」
アイリスとラウルは、顔を見合わせ、ニンマリした。
入口のドアを引いて開けると、ドアベルがカランカラン、と音を鳴らす。
温かい色のランプが、店内のアンティークな装飾を浮かび上がらせる。
ピンク髪をハイポニーテールにして、制服を着用した女性店員が、こちらに気づいて近寄ってきた。
店員は、頭から白い猫耳が生えている。どうやら獣人族のようだ。
「いらっしゃいませ。……あの、」
「はい?」
「大変申し訳ありませんが、このお店は、アンデッド専門店となっておりまして。生者の方はご利用いただけません……」
「あたしたち、アンデッドです」
「えっ!! ……でも、魔素が」
レオが入ったさっきの飲食店と同じ反応をされる。
アイリスは、またもや足から頭まで舐めるように眺め回された。
「えっと……でも、魔素が全く無いから、証明できないな……。何か、証明できるものはありますか?」
「証明?」
アイリスは、エリナ、ラウルと顔を見合わせる。
「……レオくんがいないから。アイリス、やっぱ腕を切り落とすしかないんじゃ」
「でも、あたしナイフ持ってないよ……あっ、そうだ! 店員さん、ちょっとお店の外に出てもらっていいですか?」
怪訝な顔をする店員を連れて、アイリスは外へ出る。
出るなり、小声で詠唱を始めた。
「魔力により顕現せし燃えさかる炎よ、我が命により現れよ──灼熱球」
足元に現れる紅の魔法陣とともに、アイリスの指先に火球が現れる。
出力はかなり落としたから、今、アイリスが出現させた火の球は直径一〇センチほどだった。
アイリスは、この火球を顔に近づける。
炎の威力でレオの掛けた変装魔法が飛ばされていき、アイリスの顔の半分は、濃い灰色の肌が露出した。術者の魔法力で紅蓮に光る瞳は、まっすぐに店員を向いていた。
「あ……失礼しました! 申し訳ありませんっっ!」
店員は、ペコペコと慌てて頭を下げる。
入口のドアを開け、アイリスたちを中へと案内した。
「ありがとう。でも、あたしたち、初めてで。どうやって利用したらいいんですか?」
店員は、ようやくアイリスたちをお客と認めたようで、明るい笑顔になった。
「はい、ご説明いたします。当店は、アンデッドの方を対象として、魔術により製作した飲み物や食べ物をお楽しみいただくことができるカフェとなっております。店内を清潔に保つため、完全な変装魔法と消臭魔法を施された方のみのご入場となっております。
さて、ご飲食についてですが、アンデッドは、視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚など、魔力によって生前の感覚をそのまま残しておられる場合がほとんどですので、このような能力を備えたアンデッドの方は、飲食の味をお楽しみいただくことが可能です。魔術によって作ったスイーツや飲み物は、実際に胃のなかに入ったりすることはありません。変装魔法と接触した瞬間に味覚と嗅覚が発動するように製作しております」
アイリスとラウルは、その説明に感動した。
「すごいっ!! 魔術で作ったスイーツだって!」
「ああ……エリナと結婚式を挙げたら、僕、ここに住みたいよ」
こちらへどうぞ、と四人席に案内される。
一つの長方形テーブルの両側にソファーがある席だった。
「ゾンビになってもケーキが食べれるなんて思わなかった! ほら、メニューがあるよ」
アイリスは、テーブルの横にあるメニューを開いてラウルに見せる。
ショートケーキ、モンブラン、チョコタルト、ショコラ……。
アイリスが望んだ通りのスイーツが、そこには並んでいた。
「わぁ。幸せ」
「僕、モンブランにしよっと」
「私、チョコタルトっ」
「あたしはショートケーキだなぁ」
三人でニヤニヤしながらページをめくると、紅茶やコーヒーもある。
注文を終え、雰囲気のある店舗内を眺めながら雑談し、アイリスたちは久しぶりのお茶タイムを楽しむことにした。




