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ネクロマンサー専門店

 ゾンピアの路地を歩いていると、エリナが後ろからアイリスを指でつつく。

 エリナは、モジモジしながら上目遣い。

 小声でアイリスに話しかけてきた。


「あの。アイリス、ちょっと相談が」

「え? ああ……」


 アイリスは、歩行速度を緩めてレオから離れる。

 レオについていくようリュカに目配せした。

 それから、エリナの相談に乗る。


「なに?」

「さっきのことなんですけど」

「さっき?」

「術者が変わった時も、レオにウエディングドレスを着せてもらった時も、同じだったの。ラウルとキスしてると、なんだか体がフワフワして、そのうち耐えられないくらいに気持ちよくなって、足がガクガクして、立っていられなくなっちゃうの。これって、何かの病気なのかな……」


 心配そうな顔をするエリナを、開いた口が塞がらないまま、じっと見つめるアイリス。

 まあ確かに、アイリスがこの現象の正体に気付いたのは、生前に何度も体験していたからだ。

 イッたことがなければ、行為そのものが無いだけに気付きようもないのかもしれないな、と思い至る。

 そんなアイリスの表情が訳知り顔に見えたのか、パッと顔を明るくするエリナ。


「あっ! やっぱり知ってるんですね! アイリスなら知ってると思ってた! 教えてください! ずっと心配で心配でっ」


|アイリスなら知ってると思ってた《・・・・・・・・・・・・・・・》というところに多少引っ掛かりはしたが、悪気はないだろうから気にしないことにした。

 それにしても、こんなにキラキラした顔をされると、無垢な子供をドロドロに汚していく気分になってしまう。


「うん。まあ……『病気』ではないと思うけど」

「そうなんですか? なら、何なんですか?」


 何なのか、と言われるとやはり言葉に詰まる。

「エクスタシーである」とまともに言い放つのは何か抵抗感があった。

 顎に指を当ててしばらく考えていたが、よし……と心に決める。


「相手のことを好きな気持ちが高まれば高まるほど、気持ちよくなれるんだ」

「えっ、そうなんですか。どうして?」

「どうしてって……生きていた頃の感覚が、ゾンビになってもそのまま引き継がれるみたいで」

「え? 生きている頃も、この感覚、あったんですか? でも、そんなの、感じたことないですけど」


 ──う〜ん。

 ラウルの部屋まで行っていて、婚約までしていたのだから、おそらくしている(・・・・)とは思うのだが。

 ラウル、もしかするとエリナのこと満足させていなかったのかもしれないなぁ。いや、特に不満がないなら別にイかなければならないということもなんだけどね。


「まあ、いいじゃないそんなことは。要は、そんなに悪いことじゃなくて。いや、むしろすっごくいいことなんだ。だから、バンバンやっちゃえばいいんだよ」

「でも、しばらく動けなくなっちゃうから、そんなにバンバンやるわけにも……」

「大丈夫、大丈夫! 逆にね、ラウルも似たようなことになるから、ラウルのこともヘナヘナにしちゃえばいいんだよ!」

「そっか! そうですね! ……えっ? ってことは、ラウルがヘナヘナにならなかったら、ラウルは私のこと、そんなに好きじゃないってことになるんですか?」

「えっ! えーと。いや、そんなことはないと……まあ、気持ちの高まり方が足りないというか」

「だって、さっきも私だけ。……悔しい。絶対に、ヘナヘナにしてやる!!」


 エリナは、リュカの後ろを歩くラウルの背中を睨みつけながら、拳を握りしめる。

 ラウルは、くしゃみした。

 アイリスは、自らの無責任な言動を多少は反省しつつ──。

「こいつは面白いことになった」と、ニタニタした。



 路地を進んでいくと、明るく輝くたくさんの魔法灯に混じって、建物に掲げられた看板のようなものが目立つようになってくる。

 アイリスは、キョロキョロと路地の左右を眺め回しながら歩いた。 


「チラホラお店が出てきたね」

「ほんとだ。なんかお腹が空いてきちゃったよ」

「このパーティーでお腹が空くのはレオだけだからね。あたしたちはお腹、空かないし。風呂に入ることも、眠る必要もないんだよね」


 レオは、お店の一つへ近寄る。

 石で作られた建物に、木製の窓枠が取り付けられていた。

 その窓から、お店の中を覗く。


「うーん。何のお店かわからないね。受付はあるけど……」


 お店の中にいた店員は、店内を覗くレオに気付いて入口から出てきた。

 制服を着用し、口髭を整えた男性店員は、にこやかな笑顔を作って、まずはリュカに話しかける。


「いらっしゃいませ! ささ、中へどうぞ」

「ここは、どういう店なんだ?」

「はい、当店は死霊秘術師ネクロマンサー様専用で、飲食とお風呂を提供するお店となっております! お見受けしたところ、ネクロマンサー様の団体のようで──あれ? アンデッドはどちらに? 当店は、アンデッドの待機場所も完備しております! 安心してお楽しみください!」

「待機場所?」

「お客様、ゾンピアは初めてでございますか?」

「ああ、その通りだ」

「では、ご説明いたします。ささ、中へ中へ」


 リュカはすぐにはついて行かず、アイリスと顔を見合わせた。

 突然、襲われることがないか、用心しなければならないからだ。


 エリナの事前情報では、確かにネクロマンサーをターゲットにした店舗もあると言っていた。

 話を聞く限り、こういうのが、そのお店なのかもしれない。


「どちらにしても、レオは食べ物にありつく必要がある。仕方がないのかもしれないな」

「ええ。とりあえず、話を聞きましょうか」


 アイリスたちは、この店舗で話を聞くことにした。

 フロントにあったソファーに四人は案内され、店員が説明を始める。


「当店は生者である死霊秘術師(ネクロマンサー)様へお食事を提供しておりますが……お食事の味をお楽しみいただくためには、嗅覚が欠かせません。

 鼻水が詰まっている時に食事の味がわからないことを想像していただければわかりやすいと思いますが、『味』の大半は『匂い』なのです。ですが、アンデッドは通常、生者にとって耐え難い臭気を放ちます。そのため、当店では、アンデッドはお食事処へはご入場いただけません」


 なるほど、という感じで頷くアイリスと、腕を組んで天井に視線を固定するリュカ。


「よって、アンデッドには、ご主人様がサービスを受けておられる間、待機場所でくつろいでいただきます。ああ、もちろん必ずしも待機場所にいる必要はありませんよ。自我のあるアンデッドの場合は、自由に外出していただいて構いません」


 アンデッドは、誰がご術者かバレると具合が悪い。なぜなら、自分が殺されるリスクを上げるからだ。

 だが、こういった店舗を利用する場合、それが一目瞭然となってしまう。


 自分たちが、あまりに神経質すぎたのだろうか。

 それとも、こんな店舗になど入らず、警戒するべきなのだろうか。

 アイリスは、迷いながら店員の話を聴いていた。

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