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本物の証明

 カイルと王の影(アンブラ)は、あっという間にアルテリア城を制圧した。

 ポーターやニールやリュカが、あれほど苦戦したのが信じられないほどに、いとも簡単に、彼らは一仕事を終えたかのような顔で戻ってきた。


 昼前には国王が帰還し、アイザックは家族ともども王の間に突き出された。


 しかし、アイザック自身が謀反を起こした証拠はついに見つからなかった。

 アルテリアに進行したイストリア兵ですらが、真の首謀者が誰であるかは知らされていなかったのだろう。


 唯一知っていそうだった国賊アクセルの言葉からするに限りなく黒ではあったが、アクセルが死亡した今、証明することは困難だった。

 つまり、アクセルの言葉を直接聞いたリュカたち当事者だけが、確信をもっていたのだった。


 これにより、王の間には、聖騎士ではカイルとリュカ、官職では魔導大臣ゴードンと軍務大臣エズラ、魔術師ではアレクシアとアイリスが呼ばれた。

 縛られ、正座させられたアイザックとアシュリー、アレックスは、アイリスたちの顔を見ることなく、終始、こうべを垂れてうつむいていた。


 ゴードンたちは片膝をつき、王への敬意を表しながら王の言葉を聞く。

 王は、臣下へ厳しい表情をして問うた。 


「アイザック一家の処分について、お前たちの考えるところを述べてみるがよい」


 カイルがゴードンに目配せした。ゴードンは、先に言うようにカイルへ促す。


「私は、熾烈な戦いを生き残った我が聖騎士団の騎士・リュカを信じます。よって、処刑が適当かと存じます」


 何の迷いもなくカイルはこう言った。

 彼は、命を懸けて愛する者を護ろうとするリュカを目の当たりにしている。

 そのリュカを、信ずると述べた。

 であれば、当然その首謀者であろうアイザックには、これ以外の選択肢など無いと考えたのだろう。

 国家転覆を企てた者には、処刑以外の可能性は存在しないのだ。


 次に意見を述べた軍務大臣エズラは、「聖騎士団長カイルを信ずる」と意見を述べた。

 それに続いて、魔術師団長・アレクシアが述べる。


「私は、王宮魔術師アイリスを信じます。よって、処刑以外にはございません」


 美しく長い黒髪と、燃えるような赤い瞳の魔術師は、虫ケラを見る目でアイザックを見下した。


 ゴードンが話すのは最後だろうと思ったアイリスは、先に自分の意見を述べた。


「私は、追放が適当と存じます」


 王は、顔にシワをたくさん増やして優しい表情になった。

 意外に思っている素振りではなかった。

 アイリスをいたわるような、低く艶のある声で問う。


「なぜだ? 母を殺された。それで良いのか」

「殺したいほど憎い。そう思います。でも、このリュカが……私の愛する人が、『人を殺さないでほしい』と言った私の思いを尊重し、極限の戦いの中でも人を殺しませんでした。私自身が、自分の言ったことを危うく守れなくなるところだったにもかかわらず、です。私は今回のことで、大切なものを護るためには、敵を殺すこともやむを得ないと考えを改めました。しかしそれは、あくまで大切なものを護るため、どうしてもやむを得ない場合のみに他なりません。それ以外の殺戮については、厳に慎むべきであると考えます。だから……」


 アイリスは、うつむいた。

 拳を強く握りしめ、爪が手のひらに食い込んだ。

 よくここまで話せたと自分を褒めてやりたい。

 でも、もう無理だった。

 勝手に込み上げる涙が、言葉も止めてしまった。


 リュカはアイリスの横につき、アイリスの体を支える。

 王は、声の調子を変えることなく、アイリスへ確認する。


「アイザックを捨ておけば、いずれアルテリアにあだなすことになるやもしれん。次は多くの民やお前の父、愛する人も殺されるやもしれん。ここでアイザックの首を落とせば、その憂いはなくなるのだぞ。それでもか?」


 アイザックはひざまづいて頭を下げたままであり、その表情は見えなかった。

 アレックスとアシュリーは、恐怖に震えている顔だ。

 アイリスは顔をあげ、目に涙を溜めながら、口を強く結んで、王をしっかりと見据えて言った。


「はい」

「……リュカと言ったな。次はお前だ」


 リュカもまた、迷いなく答えた。


「はい。私はこれまで、『大切なものを護るためなら敵は容赦なく殺すべきだ』と考えてきました。しかし、このアイリスが──私の愛する人が、『人を殺さないでほしい』と私に言いました。戦いの中で、私は、この考えが、もしかすると将来、結果的には大切なものを護るために大事なことなのではないかと思うようになりました。彼女がその考えを大切にする限り、私もまた、その考えを遵守したい。ゆえに、私は追放が適当と存じます」


 カイルは、リュカの方を向いて、まるで子供の成長を喜ぶように笑顔を作った。


「最後はおぬしだ、ゴードン。どう思う」


 カイルも、リュカも、アイリスも、王ではなくゴードンの方を向く。

 ゴードンは、強い目つきで王へ答えた。


「はい。偉大な王が治める我がアルテリア王国は、このような姑息な輩一匹がどのように振る舞ったところで崩れるものではございません。仮にアイザックが今後、我がアルテリアに仇なすというなら、我らで再度返り討ちにいたします。先ほどお聞きになった通り、私の家族たち(・・・・)は、強い意志をもって前を向いております。よって──」


 ゴードンの目から、涙が落ちた。

 下唇を強く噛んで、血が出ていた。


「……私は、追放が適当と存じます」


 王は上を向き、しばらく考えた。

 そして、表情を緩める。


「国は、人が作る。その『人』とは、今回はお前たちだ。その『人』が言うのだから、無下にはできぬな。それに……」


 王は、リュカを見据えた。

 リュカはピン! と姿勢を正す。


「これほど苛烈な戦闘の中、護衛対象を護り抜き、生きて帰還した騎士もいる。それも新人だというではないか。その者がそう言うのだ。のう、カイル」


 カイル団長は片膝をついたまま、す、と頭を下げた。


「ローズ一家を国外追放に処す。……だがな」


 ほっとした顔でおもてを上げたアイザック一家に、王は尋常ならざる厳しい表情になって言い渡した。その目には、明らかに「殺意」が見てとれた。


「余は、エズラ、カイル、アレクシアが述べたとおり、主らの量刑は処刑が最も相応しいと思っておる。証拠が無いとはいえ、国家転覆の憂いを一欠片でも残すことなど本来許されぬことだ。アルフォード一家の顔に免じて追放とするのだ。それを恩義に感じて、二度とこの国に危害を及ぼすな」


 王の御前で処遇を言い渡されてすぐに、ローズ一家は聖騎士たちに連れられ、国を出た。


◾️ ◾️ ◾️


 マリア、ポーター、ニールは、国を護り抜いた英雄として、まもなく盛大に国葬が執り行われた。

 アイリスは、どうしても母・マリアの葬儀に参列することができなかった。


 参列すれば、死を認めることになってしまうからだろうか。

 自分で自分の気持ちがわからなかった。


 そんなアイリスのことを、父も、国王も、そっとしておいてくれた。

 リュカも、本来なら聖騎士としてこういう場面では仕事があった。

 だが、カイルの計らいがあったようで、リュカはひとときも離れずにアイリスのそばにいた。


「ありがとう。リュカ」


 アイリスはリュカに頭を預けた。

 リュカは、アイリスが顔を向けると、いつも微笑んでくれた。


「団長が来なかったら、全員ダメだったね……」


 神が助けてくれたのだろうか、と、ふと思う。

 しかし、神が本当にいたなら、マリアを死なせるはずがない。

 やはり、神などいないのだ。

 いたとしたら、クソ野郎だ。

 神を信じることなど、愚かだ。

 

「団長が間に合ったのは、団長が『剣聖』と呼ばれるほどに圧倒的な強さを持つからだ」

「剣聖? 強さ? どういう意味? 確かにアクセルを倒した団長はすごかったけど、間に合ったのには関係ないんじゃ……そういや、団長は『祈りの泉』に居たんだよね? 祈りの泉に王と団長が向かうのを見計らって敵が攻めてきたなら、どちらかって言うと敵が狙うべきなのは王のほうだと思うんだけど」


 リュカは、そのことに関する話を聞いているようだ。 


「王がどこに居ようが、いずれにしても敵がアルテリアを滅ぼすためには、王に張り付く聖騎士・魔術師の両団長を何とかしなければならない。両団長がアルテリアに帰ってきてしまえば、本隊と合流して手がつけられなくなってしまう。だから、アイリスの言うとおり、王と団長たちが祈りの泉で孤立しているうちに、イストリアの特騎隊『青い騎士団(ブルーアーマー)』の本隊をぶつけて始末したかったんだ。同時に、アクセルがアルテリア城を押さえる計画だった」

「……ちょっと待って。なら、敵の本隊はこの城じゃなくて、最初から祈りの泉にいる王と団長たちを標的にしてたの?」

「そのとおりだ」

「……でも。団長は、あたしたちの応援に間に合ったじゃない!」

「敵の騎士団長率いるブルーアーマーの本隊を、カイル団長は半刻で全滅させたそうだ」

「…………本隊、って」

「当然、俺たちが戦った奴らの何倍もいるさ。イストリアも大誤算だったろうな。まさか団長一人に全滅させられるとは思っていなかっただろう」

「一人? でも、そこには特騎隊『アンブラ』も、特級魔術師団『ルナ』もいたんでしょ?」

「アンブラは『王の影』。すべて王の護衛にまわっていたそうだ。アレクシアと『ルナ』は、万が一のことを考え、王の退路を確保していたんだと」

「…………」


 そんなバカな、と思ったが、今さら疑う気にもならない。

 ポーターとリュカが二人がかりで足元にも及ばなかった副団長アクセルを、彼は一撃で葬ったのだ。

 

「決めたんだ。俺は、剣聖になる。剣聖と呼ばれるほどに、強くなるよ」


 アイリスを抱く腕に力が入る。

 きっと、リュカの決意が無意識に現れたのだろう。


 ──剣聖、か。

 騎士なんて興味もなかったけど、リュカと出会って興味が湧いた。

 今度、カイル団長とお話しする機会があったら、剣聖って何? って、聞いてみようかな。


 アイリスは、凛々しく宣言する愛するリュカの顔を眺めながら、彼の胸に顔を埋めた。





 ────…………





 ゾンピアへの道を歩きながら、アイリスは手の甲で目を拭く。

 久しぶりに思い出したから、感極まって泣いてしまった。

 

 アイリスは実体験していることなので詳しく思い出すことができたが、ラウルに話したのはざっくりした大筋だけ。

 だから、ラウルは、


「へぇ〜〜。そんなことがあったんですね。大変だったんですねぇ」

 

 ──え? それだけ?

 なんか軽くない?


 アイリスは、それがかんに障って口を尖らせた。

 でも、仕方がないのだ。ラウルは体験していない。聞いただけの話の内容を、真の意味で受け止めるなんてそもそも無理なのだ。


「……まあ、そんな感じで、いろんな犠牲の上に、あたしたちは生きてるんだね、ってことで」


 ──うわ。なんか一般論めいて、自分で言っていて感動がないなあ。


「そうですよね。厳密にはもう生きてはないですけど。お二人は、最初は最悪の出会いだったんですねー。よく付き合いましたね。ってか、今の話が一〇年ほど前で、レオくんが一〇歳? あれ? デキてから生まれるまでを差し引くと──」


 アイリスは、顔を赤くした。

 うつむいて、お腹の前で両手の人差し指を突き合わせてクネクネする。


「えっ……と。あの、その。……あたしたち、もう、止まれなくて。それで」

「……へー」


 ラウルはニヤニヤしながらアイリスを横目で見る。

 長話をしたせいで、ゾンピアはもう目の前に迫っていた。

 近づけばわかるのだが、建物が立体的にゴチャゴチャ入り組んだ、雑多な街だ。

 崖の淵いっぱいまで建物があり、ともすれば家ごと落ちそうだ。


「ニールさんって人も、一歳の子供さんがいたのに、本当にかわいそうですね……。そのアイザックって人、本当に許せないです」

「うん。ニールの子はクリスっていうんだけどね。ニールの奥さんとクリスは、リュカが面倒をみることになった。王宮に呼ぶわけにはいかなかったけど、あたしもよくお城を抜け出して尋ねて行ったりしてた。リュカが生きていた頃は、レオと一緒に王宮で剣術を教えていたんだ。そのくせレオはほとんどサボるから、クリスはメキメキ上達したのに、あいつ全然……ったく。誰に似たんだ」


 アイリスはプリプリ怒った。

 アイリスの昔話をひととおり聞いたラウルは「どう考えてもあんただろ」と思っているような顔で目を細める。


「……でも、そのクリスも、まだアルテリアにいるんだ。一刻も早く、奪還しないといけないんだ」

「ええ……そういえば、『イストリア』って、確か一〇年くらい前に、魔王軍の麾下きかに収まったはずですよね。それと何か関係があるんですか?」

「えっっっ!?」


 アイリスは、初耳だった。

 にわかには信じられず、呆然とする。

 

 ──魔王軍の配下の国?

 まさか──。


 数百年前にアルテリアを襲った、魔王死霊軍を率いるリルル。

 今もなお、奴はしつこくアルテリアを滅ぼそうとしている。

 なら、一〇年前、アルテリアを滅ぼそうとしたイストリアは、もしかして──。


「アイリスさん?」


 アイリスから少し前へと進んだところでラウルは振り向く。

 アイリスが立ち止まっていたからだ。


 ──そうだったんだ。

 

 聖騎士団長だったリュカは、職務上、当然このことを知っていたはずだ。

 リュカがリルルに対してこれほど激しく怒っているのは、リルルの手によってあたしが殺されて、国にいるたくさんの人々が死に瀕しているからだと思ってた。

 当然、それが最も大きな原因なのは間違いない。でも、それだけじゃなかったんだ。


 リュカは、自分のまわりの大切なものを、同じ奴から二度目も護れなかったことになる。

 あいつは──リルルは、リュカの同僚を殺し、リュカの妻(あたし)と、その母親(お母さん)──アルフォード家を親子二代に渡って、リュカの前で殺したんだ。 


「大丈夫ですか?」


 心配したラウルがアイリスへと声をかける。

 その声は、アイリスには届いていなかった。

 

 ──リルル。二度も成功したんだ。

「次も殺せる」って、思ってるよね。


 そうはいくか……


 あんたは、レオの魔法力に押された時点で、嫌な予感がしたはず。

 あんたがどれだけ凄い魔術師か知らないけど、あんただってレオのことを知らない!


 鼻息を荒くしたアイリスの前を歩くレオは、親の期待に反して、凛々しさのかけらもない様子で背中を丸めながら歩行速度を緩めた。


「はあ、長いよこの橋。ほんともう、へとへと」

「体力無いなぁ。しっかりしてよ、もう。だから剣術の訓練しろっていっつもあたしがさぁ……ほら、言った通りでしょ、色々やっとかないと、立派な大人になれないんだよ」


 レオは、振り向いてビシッ! とアイリスを指差す。


「違うよ。僕が全精力を注ぐべきは魔術。人に何を言われようが、自分の気持ちに忠実に生きなきゃダメなんだよ、お母さん。じゃないと後悔することになるでしょ!」


 アイリスは、目を見張って一瞬息を呑んだ。

 気取って言うレオの、澄んだ水色の瞳にマリアの面影を見る。

 はるか遠くに見える、険しい山々に囲まれた円形の空を仰ぎ、自分たちが目指すべき敵へと思いをぶつけた。

 

 ──アルフォード家三代で紡いだ命の結晶。

 レオは、絶対に証明する。


 どっちが本物の世界最高の大魔導師(トップ・ウィザード)か──をね!

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