死線
奇妙な形をした剣は、防御したこちらの剣に引っ掛けられる。
そのまま、グイッと引っ張られた。
予想外に剣が持っていかれる。
敵は、この剣の使い方に慣れているのだろう。その隙を見逃さず、一瞬早くこちらの急所を攻撃してきた。
持っていかれた剣を戻す動作が、次の敵の攻撃に間に合わない。
リュカは、すんでのところで敵の腹に掌底を喰らわす。アーマーで護られている敵の体ごと、体重を乗せて吹っ飛ばした。
「離れるな! 護衛対象を囲んで陣を作りながら移動する! こっちだ!」
ポーターが指示した。
彼は「聖騎士長」であり、リュカとニールの直属の上司、小隊長だ。
リーダーシップを発揮し、隊を適切な配置へと誘導しようとした。
だが、陣形は完成しなかった。護衛対象の位置を把握するので精一杯だったのだろう。
その上、敵のイストリア兵は、アルテリアの聖騎士と同じ鎧を着ているのだ。
剣は確かに形が違うかもしれないが、「身体強化」がかかった敵兵に息つく暇もなく波状攻撃を仕掛けられている中で、敵と味方を瞬時に判別することは困難だった。
仲間の聖騎士たちが何処にいるのかさえ的確に把握できない。
アイリスは、ポーターたちがどちらの方向へと向かったのか、理解できていなかった。
「死ねぇぁああああ!!」
叫び、一切の加減なくアイリスに向かって振り下ろされる凶撃を、リュカは下から斬り上げ吹き飛ばす。
アイリスとリュカ二人まとめて切断しようとするかのような横薙ぎを、リュカはアイリスの頭を下げさせ、二人、ともに姿勢を低くして回避する。
リュカの心臓を狙ってきた突きは身体強化のかかった手の甲で斜め上に軌道を変え、剣を振り上げた横の兵士には蹴りを見舞っていた。
「アイリス、こっちだ!」
もはや、自分たちの判断で行き先を決定するしかなかった。
迷っている暇は一秒たりとも無い。
リュカは、上階への階段を目標とした。
階段を駆け上がる。
下から、イストリアの兵士も駆け上がってきた。
その光景を眺めながら、アイリスは詠唱する。
「魔力により顕現せし燃えさかる炎よ、我が命により敵を焼き尽くせ──灼熱球!!!!」
直近まで迫っていた敵兵の団体へ向けて得意の極大火球をぶっ放す。
ぶっ放してから「あっ!」と思った。
直撃すれば死ぬかもしれない火炎系呪文を、威嚇ではなく、まともに当てるように使用してしまったのだ。アイリスにはもう、敵兵の安否など心配する余裕はなかった。
しかも、その中に味方がいなかったかどうかすらわからない。結局、自分だって、必死になれば人の命など気にしなくなってしまっていたのだ。
「やばっ、大丈夫かなっ」
「アイリス! 行くぞっ」
リュカがアイリスの手を引く。
アイリスは、走りながらも、ふと、この城にある地下通路のことを思い出していた。
要人クラスだけが知っている、緊急時に城外へ脱出するための退避通路だ。
さっき、リュカが抜け道のことを話した時、アイリスはこれのことを思い浮かべていた。
だが、この通路は大臣級以上の要人とその家族しか知らされていないことだったし、地下牢にあるわけではなかったから、安易に口にすることが憚られたのだった。
「リュカ! この城には、国王や大臣が緊急退避するための地下通路がある! 外へ行くなら、それが使えるかも──」
リュカは一瞬考える素振りを見せた。
「……いや。仮に外側の出口も敵に押さえられていたとしたら、城内から追いかけてきた敵兵とで挟み撃ちにされてしまう。身体強化がかかった俺なら、お前を背負ってもこの城の窓から辛うじて脱出できると思う。上階だ!」
「でも、アルテリアの者でさえ、要人しか知らない通路だよ?」
「裏切ったのはアイザックかもしれない。奴は宰相だ」
「……そうだね! うん、そうしよう」
ロイヤルフロアに辿り着いた頃には、息も絶え絶えだった。
だが、休む暇はない。
敵兵に追いつかれ、囲まれれば死あるのみなのだ。
無意識に、向かっていたのはアルフォード家の自宅。
アイリスの自宅方向へと走っていた。
いつの間にか、自宅前の廊下が見渡せるところまで来ていた。夜の廊下は薄暗く、必死で走りながらも用心した。
もうすぐ家の玄関が見えるはずのところまで来たアイリスの目に、見たことのある聖騎士と、見慣れた司祭の姿が目に入る。
「ポーター!」
「リュカ! 無事だったか!」
「アイリス!」
「お父さん!」
ポーターは片手でリュカの背中を抱いた。
アイリスは駆け寄り、ゴードンと抱き合う。
ゴードンは、力一杯、アイリスを抱きしめた。
「お母さんは!?」
「わからん。マリアとニールは、まだ来ていない」
「じゃあ、助けに行かないと──」
アイリスが、自分の来た道を振り返ったとき。
カツン、カツンと足音をさせ、廊下の向こうから誰かが歩いてくる。
夜になり、照度の落とされた燭台の明かりが照らす薄暗い廊下の奥に、こちらへ歩いてくる一人の聖騎士の足元が見えた。
アイリスたちへと近づき、やがて暗闇の中から出て全身を見せたその聖騎士は、風を切る音を鳴らせて持っていた剣を水平に振る。
「……アクセル」
「くっく。ポーター、お前らごときがこの俺に敵うとでも思ってるのか」
ガシャガシャとうるさいプレートアーマーの音が幾重にも鳴り始め、大勢の敵兵が、アクセルの後ろから廊下を埋め尽くすように現れる。
ポーターは、リュカとアイリスの前に出て、アクセルに向かって剣を構えた。
「アクセル。俺はお前を見損なったぜ。こんなふうに大勢で囲まないと戦いもできないような見下げ果てた奴だったとはな」
「戦いに綺麗も汚いもない。勝てば良いんだ。そこのところを勘違いしているバカだから、いつまで経っても上に行くことができないんだお前は、ポーター」
「ふん。そこのところを勘違いしているから、お前はいつまで経っても団長になれないのさ、アクセル」
アクセルの目つきが変わる。
先頭にいるアクセルは手を水平に挙げ、後ろにいる大勢の部下を、「やれやれ」といった様子で制した。
「お前たちは待て。どうやらこいつらは俺のことを、多対一でないと勝てもしない臆病者だと思っているようだからな」
最前列にいる敵兵たちが、口元を緩める。
イストリア王国は、魔術が栄えていない。
そのため、彼の国の武力は騎士に特化していると言っても良かった。
兵士は人気の職業で、多くの男たちが兵士を目指す。大量の母体から選ばれる特騎隊「ブルーアーマー」は、精鋭中の精鋭だった。
問題は、そのエリート・イストリア兵の彼らにあって、今、自分たちを指揮する敵国アルテリア兵であるはずの臨時頭領の実力を、確かに信じているようなのだ。
ポーターは、なおも挑発した。
「違うのか?」
「地獄の門を潜ってから自分で考えろ」
「地獄へ行くのはお前だアクセル。俺は善行しか成してこなかったからな。国王の不在を狙って謀反を企んだんだ。地獄行きはお前で決定だろ。首謀者は誰だ」
「……なんのことだ」
「ほう、まだ隠したいか。ここで俺たちを葬る自信がないのか? なら、地獄の門を潜るまで黙っていればいい」
「ふん。考えるまでもないことだろう」
「……宰相か」
当然、真っ先に疑っていたことだった。
アクセルは言わなかったが、これで確定したも同然だと思った。
ポーターは、大きく息を吐いて、話を続ける。
「……だがな、アクセル。俺は宰相のことなんぞどうでもいい。お前だよ。俺が今まで見てきた限り、お前はそういう奴じゃなかったと思ってるんだがな。ともに切磋琢磨し、競い合い、腕を磨いてきた。聖騎士の精神は、誰よりもあったんじゃないかと思っていたんだが、それは俺の目が節穴だっただけなのか?」
「別に、節穴じゃないさ」
「なら、どうして」
アクセルは、天井を見上げる。
「……さあなあ。どうしてかな。お前、コーディのことはまだ覚えてるか?」
「…………」
聖騎士のことなど興味もなかったアイリスは、当然、その名前に聞き覚えなどない。
だが、リュカは床に目線を落としていた。
きっと知っているのだろう。
アイリスは尋ねる。
「ねえ。コーディって?」
「…………」
リュカは一瞬目を閉じ、やがて静かに話し始めた。




