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裏切り者

 ようやく意識がはっきりしてくる。

 一人で立てそうになってきたので、アイリスはリュカに介添してもらいながらゆっくり立ち上がる。


 リュカにぶちのめされた番兵は、気絶して石の床に転がっていた。

 自分を酷い目に合わせた奴だったが、こうなってしまうと、もう憎しみは湧いてこなかった。

 が、番兵をじっと見下ろして、アイリスは不思議に思った。

 こいつは、まだ息がある様子だったのだ。


「リュカ、どうして、殺さなかったの?」


 リュカは、驚いたような顔をした。


「殺して欲しかったのか? すまん。じゃあ──」

「ち、違うよ! でも、リュカは、『悪人は殺す』って言ってたじゃない」

「殺すのはやめろと、お前が言ったから」

「……だから殺さなかったの?」

「ああ」


 アイリスは、今の今まで、自分の言葉をリュカがそんなに真剣に捉えてくれていたとは考えていなかった。


 人を殺すか、殺さないか。


 リュカと最初に出会った頃、リュカにはリュカの考えがあって、それを真正面からぶつけられた。その時は、お互い納得することもなくこの話は終わったのだ。

 だから、リュカを好きになった時点で、前の話を掘り返せばケンカになるのではないかと思い、この話題は意識的に避けてきた。

 

 だが、とアイリスはうつむく。


 ──あたしは、アレックスを殺そうと思った。

 リュカを処刑すると言われ、我を失った。

 ……誰が、最低なんだ。偽善者だ。

 

「……リュカ。ごめんね」

「どうして謝るんだ?」

「あたし、アレックスを殺そうとした。どうしても許せなくて……」

「…………」

「最低だね。あたし、あなたの気持ちを、本当の意味ではわかってなかったんだね」


 へへ、と微笑みながらも涙が出た。

 リュカに、顔向けできなかった。

 うなだれるアイリスへ、リュカは言う。 


「俺は、アイリスの言葉で、人を殺さないようにしてみようと思った。今でも俺は、大切なものを護るために敵を殺すことが間違っているとは思ってない。でも、お前が望むなら、俺はお前の思いを尊重したいんだ」


 優しく、温かく、アイリスのことを一番に想ってくれて、自身が納得しなかったアイリスの考えさえも尊重してくれる。

 アイリスは、親や友達カップルたちが使う「好き」と「愛してる」の違いが、今までよくわからなかった。

 自分のことよりアイリスのことを大事に想ってくれるリュカの心に触れて、少しだけ、その違いがわかった気がした。


「さあ、ここを脱出しよう。大臣と奥方様は、ポーターとニールが助け出したはずだ。アイリスが一番奥に囚われていたんだ」

「よかった! みんな無事だったんだね」

「ああ、だけどまずは剣を探さないといけない。全員丸腰だからな」

「ええっ? ……でもまあ、そりゃそうか。じゃあ、どうやって脱出したの?」


 リュカは、静かに「身体強化ブースト」と唱える。

 すぐ横にある牢の檻を、両手で掴んで捻じ曲げた。 


「無理やり、こうやって」

「わ。すご」


 魔術師にしろ、聖騎士にしろ、牢を脱出する能力を持った者はそこそこいるのだ。

 このような能力者たちに、牢など基本的には無意味だった。


「アイリス!」


 ゴードンが、リュカの後ろから入ってきた。

 アイリスはゴードンと抱き合い、続いてマリアとも抱き合った。

 その後ろには、ポーターとニールもいる。


「お父さん。お母さん。ごめん。ごめん」

「謝るな。お前は悪くない! あんな強引なやり方で私たちを投獄するとは、嫌な予感がする。国王とともに聖騎士団長と魔術師団長が不在なのをいいことに、良からぬことを考えているのでは──」

「不在? どうして? 陛下が、どうして不在なの?」

「もうすぐイストリアと戦争になる。我がアルテリアは、戦争の前には国王が戦勝を祈るために『祈りの泉』へと向かうんだ。そこには、聖騎士団長カイル率いる特騎隊『アンブラ』と、魔術師団長アレクシア率いる特級魔術師団『ルナ』が随行している。国王、聖騎士団長、魔術師団長が全て不在であることは、大臣以上にしか伝えられていないんだ」

「……それって」

「ああ。謀反の恐れがある。イストリアめ……クソッ。まずいな。そうだとすると、用意が整った頃を見計らってイストリアは──」


 ゴードンは、独り言のように呟いていた。

 ポーターを見据えて彼の両肩を掴む。


「ポーター、頼む。国の危機かも知れん。アイザックを問いただす必要がある」

「承知しました。直ちに動きましょう。両団長が不在なら、すぐに、アルテリアに残る聖騎士団と魔術師団の副団長へ報告します。両団とも、本隊はアルテリアにありますよね。リュカ、お前も剣を。俺たちのやつがまとめて置かれていた」


 リュカは、ポーターから愛剣を受け取る。

 六人は牢を出るため、地下からの出口へと向かった。ロイヤルアークから一本入った通路の先に続く、地下牢の出入口だ。

 その出入口には、頑丈そうで立派な彫刻が施された、金属製の扉が取り付けられていた。

 ただ、問題は、扉の素材ではなかった。

 

「……まずいな」


 ポーターが呟く。

 怪訝そうな表情を浮かべるニールが尋ねた。


「どうしたんですか?」

「見ろ」


 ポーターが指差した扉には、白い魔法陣が現れていた。


「これは?」

「魔術ロックという。魔法力で扉を強制的に施錠しているんだ。あんな牢に俺たちを入れたところで簡単に脱出できるのに、と不思議に思ってたんだ。こういうことか」

「解錠は厳しいですか?」

「今、まともに魔術が使えるのは魔術大臣かアイリス嬢だけだが……」


 二人で話していたポーターとニールは、ゴードンとアイリスへ向き直る。


「……えーっと。ごめんなさい……」


 アイリスは、何の迷いもなく謝った。

 得意なのは火炎系だけで、その他の魔法はからきしだった。今ほど魔術の勉強を真面目にしておけば良かったと思ったことはなかった。


 みんなが祈るようにゴードンを見たが、ゴードンも何やらバツが悪そうな顔をしている。


「私も本職は呪術師だからな。それに、見る限り、どうやらこの扉は一級魔術師クラスが大人数で封印したようだ。私一人で開けられる代物じゃない。……くそ。魔術師までもが懐柔されているのか。アイザックめ、いつからこのような……」


 聖騎士たちが「身体強化ブースト」を使って体当たりをしてみたがびくともしなかった。 

 リュカはポーターに尋ねた。


「この地下牢に、別の出入口はないですか?」

「ない。檻を破られた場合にあちこちから逃げられないように、出入口は一つになっている」


 ため息をついて、難しそうな顔をするリュカ。

 そんな中、一人ニコニコしているマリアが提案する。


「閉じ込められちゃったわけですね……まあ、座って休憩しながら落ち着いて考えましょうよ」


 こんな時でも相変わらずフワフワした調子のマリア。

 アイリスはちょっと怒ってやろうかと思ったが、ニールはニヤッとして、率先してドカッと座った。


「奥様の言うとおりですよ、ポーター士長。まずは休みましょう。慌ててもしょうがないなら、ゆっくりいきましょうよ。休憩したら、とりあえず、隠し通路とかそういうのがないか、端から探していきましょう。だって、ここには番兵が居たんだから」


 ポーターは肩をすくめた。


「……奥方様には敵いませんな」


 全員の表情に、やっと笑顔が生まれる。

 一向はしばらく座って休憩し、それから地下牢の捜索を開始することにした。


「でも、なんか気になるな」

「なんだ? 新人、疑問があるなら言え。こういう時は、下っ端であろうが関係なく、率直な意見を言うことが大事なんだ」


 顎に手をやりながら納得いかなさそうな顔をするリュカへ、ポーターは意見を言うように促す。


「……いえ。どうして、それぞれの牢の扉に魔術ロックを掛けなかったんでしょうか。掛けていれば、俺たちは誰一人として自分の入れられた牢から脱出できなかった。確かに今だって脱出路はないが、大勢で力を合わせれば何かが起こるかもしれないじゃないですか。それに、そうすれば番兵が犠牲になることはなかったし、このままでは番兵も外へ出られない」


 ポーターは、あまり迷わずに答える。


「魔導大臣のおっしゃる通り、これほどの強度を持った魔術ロックを掛けるには大勢の魔術師が必要だ。でなければ、破られるリスクが高いからな。六人それぞれの牢に掛けるのは、面倒だったんだろう」

「ええ……そうであればいいんですが」

「そこはあまり気にしなくても良いだろう。奴らは、両団長の留守を狙い、魔導大臣をここへ封じ込めることに成功した。しかし、まだ軍務大臣と聖騎士団・魔術師団の本隊をなんとかしなければならない。宰相が謀反を働くとしたら、俺たちだけにこれ以上の手間をかけたくないはずだ。……よし。そろそろ出口を探すぞ」


 ポーターの号令で、脱出路探しが始まった。


 地下牢は、想像以上に広かった。

 アイリスが閉じ込められていた檻タイプの他に、強固な扉が取り付けられた独房タイプもあった。


 それらを見ているうち、確かに、リュカの言う通り、あえて檻タイプに入れる必要はない気がした。

 まあ、アイリスの場合は、あの番兵が「排便が見たい」と言っていたので、外から干渉しやすいように檻タイプにしたのかもしれない。

 

 どのくらいの時間、歩き回っただろうか。

 アイリスはそろそろ疲れてきた。マリアも、たまに座り込んで休憩しようと言い出したので、その都度休憩した。

 バラバラに動くのは危険だと判断し、ポーターの指示により、全員で行動していた。


 地下牢の全てを探し回ったが、それらしい抜け道は発見できなかった。

 結局、魔術ロックで封印された扉を破壊するしかないのではないか、という結論に至り、封印された出入口のところへ戻ることにした。

 

 全員で座り込みながら、二度目の休憩をとる。

 リュカはアイリスの隣に座った。


「しかしまあ、隠し通路のようなものは無いものなんだな。城から脱出するための通路みたいなものがあっても不思議じゃないと思ったんだけどな。……まあここは牢だから、そんなものは無いのかもしれないが」

「…………」

「アイリス? 大丈夫か?」

「……ううん。何でもない」


「おい! 見ろ!」


 ポーターが叫んだ。

 全員が、立ち上がってポーターのところへ集まる。


「どうしたんですか?」


 ポーターが指差したのは、魔術ロックが掛けられていたはずの金属扉。

 あったはずの魔法陣が、消えていた。

 ポーターは、自信無さげに呟く。


「……解錠、された?」


 この辺りの専門は、アルテリアの魔術を統括する魔導大臣だ。

 全員が、ゴードンのほうを向いた。

 ゴードンは、コホン、と小さく咳をして答える。


「……ということになるな。問題は『誰が』ということだが」


 それを聞いたニールが思いついたように話し、それにポーターが応じる。


「時間的に見て、今は〇時から始まる見回りの聖騎士たちがちょうど巡回を終える頃じゃないですか? おそらく深夜二時くらいか……。もしかしたら、魔法陣に気がついたのでは」

「それは無いだろう。仮に不審に思って解錠したなら、開けて入って来るはずだ」

「なら、敵が? 何の目的で? せっかく俺たちを閉じ込めたのに」

「わからん。だが、扉は開いているはず」

 

 ポーターは、扉を押した。

 重そうな金属扉はキイイ、と音をたて、ゴードンの判断どおり、開いていた。


「どうします? 大臣。城外へ脱出するか、宰相を問い詰めるか」

「奴は真正面から私たちを投獄したんだ。これ以後、どんな強行手段に出るかわからん。まずは城外へ出て安全を確保すべきだろう。アイザックがどこまでの人間を味方に付けているのかはわからないが、アルテリアの聖騎士団や魔術師団の本隊は城外にある官舎だ。どちらの副団長も、そこにいるだろう。それに、万が一、聖騎士団長カイルや魔術師団長アレクシアがこの事態に気付いて祈りの泉から駆けつけてくれたとしたら、城外からになる」

「わかりました。では、行きましょう」


 ポーターは、全員の先頭に立って階段を登る。

 城の一階、ロイヤルアークへと駆け戻った。

 

 聖騎士や魔術師の官舎は、ゴードンの言う通り、お城に併設されるように建っている。

 家族を作って城下町に移り住む者もいるが、要するに、彼らはお城の内部には住んでいなかった。お城に住むことを許されているのは、お城の内部で働く調理師やメイド、大臣など要職に就く者の家族だけだった。

 しかし、副団長だけは城に最も近いところにいなければならないことになっていた。そのため、両団の副団長は、必ずお城に併設される官舎に住居を構えていたのだ。


「副団長のところへ行くには、いったんお城を出る必要がありますから、まず、城門から──」


 言いかけて、ポーターは言葉を止める。

 檻で閉じられた城門の手前、照度を落とした魔法灯で照らされる薄暗いロイヤル・アークに、騎士が何人もいるのに気付いたからだ。

 

 城門は、夜になれば閉じられる。

 アイリスたちがお茶会に招集されたのは二一時。それからの時間経過を考えれば、今はゆうに日付を越えている。城門が閉じられていること自体は何ら不思議ではない。


 ただ、城門の内側に配置されている奇妙な騎士たちに、アイリスは眉をひそめた。


 城門から外へ出ようとする者を内側で阻止しようとするかのような騎士たちは、全員アルテリアの聖騎士が使うシルバーのプレートアーマーを身に纏っている。

 が、剣は、アルテリアの聖騎士たちが持っているものとはどうもデザインが違うのだ。


 リュカが持っていた剣は、アルテリア聖騎士団の正規品だ。

 対して、アイリスたちを逃すまいとするように三日月型へ部隊展開し始めた騎士たちが持っている剣は、剣先がフックのように返されていて、切った時に引っかかりそうな形をしていた。見たことのない珍しい形だったから、剣に詳しくないアイリスでもすぐに気がついたのだ。


「……イストリアの騎士団が使っている剣じゃないか。それも、特騎隊『青の騎士団(ブルーアーマー)』が使う剣──」


 気付いたポーターが叫ぶ。

 

「早く!! 城門を開き、聖騎士団と魔術師団の本隊を中へ──」

「無駄だ」


 ポーターの言葉を遮ったのは、敵国の剣を構える騎士たちの中央にいた男。

 青い短髪と精悍な顔をしたその男に、ポーター、ニール、リュカの三名は息を呑んだ。


「……副団長」


 青髪の聖騎士は、静かな、それでいて一切の慈悲のない声で言った。


「番兵を殺したな。その上、牢を破り脱獄した。脱獄囚は死刑だポーター。そんなことも忘れたか?」

「それが狙いか、貴様……」

「よもや、逃げおおせられるなどとは考えていまいな。お前らはここを墓標とするのだ。忠誠を誓った国、アルテリアの玄関口・ロイヤルアークで死ねることを幸せだと思え」

「副団長!! いや、アクセル! どうして──」

「理由を聞いてどうする? 地獄の門の待ち時間の暇つぶしに使うと言うなら教えてやりたいところだが、いかんせん時間がない。同期のよしみだ、せめて時間を掛けずに一刀で死なせてやるぞポーター。さようなら、だ」


 アルテリア聖騎士団の副団長・アクセルが、剣をまっすぐにアイリスたちへと向ける。

 アイリスたちから見て一〇時から二時の方向までズラッと展開していたイストリアの騎士たちは、それを合図として一斉にアイリスたちへと襲いかかった。


 先頭を切って突っ込んでくるのはアクセル。

身体強化ブースト」で強化した踏み込みで一足飛びにポーターへと斬りかかる。

 敵と同じく、魔法によって体を強化したポーターたちは、剣と剣が奏でる金属音を広大なロイヤルアークに鳴り響かせ、敵へと応戦した。


「いったん下がれ! 城門の突破は後だ!」


 ポーターが命じた。

 聖騎士たちは、それぞれ護衛対象となっているアイリスとその家族を護りながらの戦いをいられた。

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