投獄
暗く、日の当たらない地下牢へと連れて行かれる。
アイリスが入れられた牢は、通路側の壁が檻になっているタイプだった。
向かいに見える牢も同じタイプだ。ここへ入れられるときに見たが、左右に並んでいる牢も全て同じだった。
ここへ来る途中、通路にはいくつか分岐があった。
その度に、ゴードンが別の通路へ連れて行かれ、次にマリアが、それからリュカ、ポーター、ニールが。全員が別々の場所へと連れて行かれたのだった。
地下牢は広く、一体何人の囚人を収監できるのか、アイリスにはわからないくらいだった。
だから、アイリスはリュカがどうなったのか知ることができなかった。
ぴちゃ、ぴちゃ、と牢の端に垂れる水の音を聞きながら、周りを見渡す。
案外狭くはなかったが、一方の壁に背をつけると反対側の壁がしっかり視認できないほど暗い。檻の外にある燭台以外に明かりがないせいだ。
石の上に敷かれた布が布団の代わりだろうか。
トイレは、石で作られたこの牢の端に見える浅い穴だろう。用をたす時に遮るものが何一つなかった。
牢の外を、見回りの番兵が横切る。
アイリスは、檻の柵に駆け寄った。
「ここから出しなさい! あたしは大臣の娘──」
「ここに入れられたらなぁ、もう、そんなものは関係ないんだよ。お前らはただの罪人として裁かれるだけさ。ここから出ることなんぞできやしない。だがな、」
名も知らぬ番兵は、アイリスがギリギリ手の届かない位置を把握しているようで、その手前で立ち止まって気味の悪い笑みを浮かべた。
「俺の女になるなら、考えてやらんでもないぞ」
「…………!!」
「用をたすときには、俺が見守っていてやる。楽しみだなぁ。貴族女の排便を見れるなんてなぁ」
アイリスは、頭を振って牢の奥へと戻る。
この状況をなんとかするには、冷静にならなければならない、と思った。
──こんな横暴が、許されて良いわけがない。
いくら宰相でも、大臣であるお父さんを牢に入れるなんて、やりすぎだ。付けてきた因縁も無理やりだし酷いものだった。
それに、リュカ。
彼を処分する権力は、確かに宰相にはある。
だけど、軍務大臣の直轄である聖騎士の処分を、軍務大臣や聖騎士団長の同意なしに行うことなんて、今までなかったはず。
聖騎士団長カイルは、リュカの処刑を認めるのだろうか。
でも、仮に認めなかったとして、あんな頼りない聖騎士団長でリュカの処刑が食い止められる気はしない。
いずれにせよ、ここで黙ってじっとしているわけにはいかない!
アイリスは、リュカを助ける決意をする。
こんなところで、宰相の罠にハマって、ただ黙って殺されるなど我慢がならなかった。
番兵は最低野郎だったが、正気に戻ったアイリスには、彼を「殺す」という選択肢はなかった。
様子をうかがうために檻から顔を出そうとするも、すぐそばにある石の柱が出っ張っていて、番兵の姿は見えなかった。
が、いる方向くらいはわかる。
「ふんふふんふんふん〜〜」
鼻歌を歌うのは間違いなく奴だ。
それに、声が聞こえる方向から、明かりが差し込んでいた。
ここへ入れられるときに見た記憶では、通路の入口際に置かれていた番兵の机上に魔灯カンテラが置かれていたはずだ。
しばらく待ってみたが、奴はどこへも行かなかった。
ふと足音が聞こえ、アイリスは慌てて四つん這いのまま後ずさる。
「……くくく。ほら、飲めよ」
アイリスはチラッと目を向ける。
奴はカップに入れた飲み物を檻の内側に置いた。
「喉が渇いただろう?」
「いらない」
何を入れられているかわからない。
昏倒でもしたら、好きなように弄ばれてしまう。
それに、奴は、アイリスが用をたすところが見たいのだ。単に水分を取らせようとしているのかもしれない。
「くっくっく……」
笑いながら、去っていく。
バタン、と扉が閉まる音が聞こえた。
──行った!?
よし、チャンスだ!
魔術の勉強をサボりにサボってきたアイリスは、使える魔術のバリエーションが少ない。
しかも、今は杖がない。杖がなければ本来の魔法力は出せない。
だが、一つだけ、アイリスには特に練習しなくても人よりできた得意魔法がある。
火炎系。これだけは、魔素をイメージ通りに操ることができるのだ。
アイリスは指先に神経を集中させる。
檻の根本部分に指を当て、小さな声でつぶやくように詠唱を始めた。
「炎よ、主の祈りに応じてその姿を変え、輝ける刃が織りなす力を我が手に──炎刃」
鉄に触れた指先が光り、檻の根本が切られていく。
切断面は溶融したかのように赤く輝き、ほとんど音もなく完全切断することができた。
同じように上側も、頭の高さくらいで切断する。
切り取った牢の柵をそっと地面へ置いた。
なんとか、ギリギリすり抜けることができそうだ。
アイリスは、顔をそっと出して辺りの様子を確認し、それから牢の外へ出た。
扉は一つしかない。
それは、あの番兵が出て行った木製の扉。
確か、あの先は石の廊下が続き、その先にはいくつか分岐がある。父も、母も、リュカも、そのどれかに連れて行かれたはずだった。
アイリスは、扉に手をかけた。
と────
不意に、後ろから抱きつかれる。
ギョッとして、何も反応ができない。
そのまま石の廊下に押し倒された。
番兵は、アイリスに馬乗りになって笑った。
「ひゃっひゃっひゃ! 貴族女は、幸せボケしてっからなぁ! 人を疑うこともしねえ」
番兵は、扉から出て行ったのではなかった。
扉を閉めた音をさせ、隣にある暗い牢の奥に潜んでアイリスがどう動くか待っていたのだ。
──殺してしまわないように、魔法を……!
恐怖で縛られた体を必死で鼓舞し、情欲に支配された番兵の顔を睨みつける。
攻撃箇所を選定、急所ではないはずの肩のあたりに意識を集中させ──
「燃え盛る炎よ、……ぐっ」
番兵は、アイリスの口を手で握るようにして上から塞いだ。
「お嬢様が炎の魔術師だってことは、みんな知ってんだよ! 魔術師なんて口を塞ぎゃ、どいつもこいつも子供と変わらねえ」
もう一方の手で首を掴まれ、絞められる。
「────っっっ」
息ができない。
必死に両手で番兵の手を掴んだが、力では全く敵わなかった。
意識が遠くなり、番兵の顔がぼやけていく。
手に力が入らなくなり、アイリスの両手は石の床へ静かに落ちた。
──リュカ。リュカ……
「さあ、おとなしくなったところで、お前はもう、俺の──」
番兵の言葉が止まる。
喉に掛けられた手から、力が抜ける。
アイリスの上に、番兵がドッ、と落ちてきた。
アイリスは、番兵が口付けを迫ってきたのだと思って、残る力を振り絞って顔をひねって避けた。
アイリスの上に落ちた後、奴はぴくりとも動かなくなった。
なんだろうと思っていると、唐突に番兵が起き上がる。
その顔は、半目で白目を剥き──見るからに気絶していた。
番兵は、そのまま勢いよく横の壁に叩きつけられた。
「アイリス!!!」
仰向けのまま、動けない。
ぼやけた視界と意識が回復するには多少の時間がかかりそうだったが、自分のことを呼んだ声で誰が来たのかは分かった。
アイリスは、上半身を優しく起こされた。
「辛い思いをさせた」
アイリスは、弱々しく、ゆっくり首を横に振った。
「……来てくれるって、信じてた」
安心感で涙が溢れ出た。
体に力は入らなかったが、精一杯、リュカに抱きついた。
リュカはしっかりとアイリスを支えて、抱きしめた。




