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罰じゃなくて

 お城の一階──人通りの多い巨大空間「ロイヤル・アーク」を、リュカを従えて歩く。

 リュカは、常にアイリスの一歩後ろを歩いていた。


「おい。いいのか?」

「はあ? 何が?」


 少しだけ首を捻って流し目でリュカを見る。

 

「あの彼氏、お前が見えなくなるまでずっと見ていたぞ」

「まさか、可哀想だとか言うつもり?」

「そうじゃないが……彼は宰相の息子じゃないのか?」


 ──おっ。確かに。すっかり忘れてた。

 彼をフったら、もしかしてお父さん、宰相から目をつけられちゃったりするかな……。

 でも、娘が自分のために好きでもない男とベッドを共にするなんて、父親として心苦しいよね?

 

「きっともう、別れる……と思う」

「……そうか」


 あーあ、フリーになっちゃうなぁ、とため息をつくアイリス。

 宰相の息子なんて、みんなに羨ましがられたのだ。

 特にエリシア。あいつは、「宰相の息子ってモテるだろうから、一体どんなテク持ってんのか今度教えてね」なんて言ってくる。

 捨てちゃうの、ちょっと考え直した方がいいだろうか? と未練がましく悩んだりする。

 

 城を出て、城下町の大通りに入ると、店に連なる行列や、買い物で行き交う人々が見え始めた。

 歩きながら、リュカをチラ見しつつアイリスは考え事をする。


 ──こういう聖騎士みたいな奴って、彼女とか作ったりするんだろうか?

 でも、毎日毎日剣ばかり振って、女の子と遊んだりしていなさそう。

 命令なら、命を捨てることにも迷いはない、って自分で言ってたくらいだし。

 

 アイリスは、この前に見たリュカの裸を思い出していた。

 傷とかブツ(・・)に気を取られていたが、魔術師や貴族なんかとはまるで違う、鍛え上げられた体をしていた。

 ああいうのにギュッと抱かれたら、どんな気持ちなんだろう……と知らず知らずのうち妄想モードに入る。


「ああ────っっ」


 アイリスは、頭を振ってポカポカと自分の頭を殴る。

 まるで変人を見るような目をしたリュカは、アイリスから少し距離を離した。


 しばらく歩くと、有名なパン屋さんの横で団子を焼いてる店があった。

 アイリスは、それを見て条件反射的に口の中によだれが出てくる。

 

「あれ食べよっ。ねえ、リュカ。あなたにも買ってあげる」

「いらない」

「どうして?」

「俺は任務中だ」

「固いこと言わないの」

「固いとか柔らかいとか、そういう問題ではない」


 ふう、と息を吐いたアイリスはお店で団子を二つ買う。

 団子を持って、そのままリュカのほうへ近寄る。


「ほら」

「いらない」


 アイリスは、リュカの口に無理やり団子を突っ込んだ。


「グッ! あっつっ」

「あははっ」


 怖い顔をしていた聖騎士が目を白黒させるのがおかしくて、アイリスは笑ってしまった。

 結局、無理やり食べさせられるリュカ。


「団子は喉が渇くな」

「え〜〜っっ!? 飲み物も買えって? もう、しょうがないなぁ……」

「いや、ちがっ──そうじゃ、」


 リュカの訴えを無視して、アイリスはさらにその隣のお店で飲み物を買った。

 陶器の入れ物に入った飲み物を、自分とリュカの二人分買って、一つをリュカへと差し出す。

 

「はい、どうぞ」

「…………」


 とうとう大人しく受け取るようになった。

 アイリスがリュカのために買ったのはコーヒーだ。

 喉の渇きを潤すにはあまり適しているとは言えないが、リュカはたぶんコーヒーが好きだから、アイリスはこれチョイスした。


 リュカは、アイリスの飲み物を覗いてくる。

 なんだ? と思ったが、もしかして、コーヒーじゃなくて、アイリスが自分用に買ったフルーティなジュースのほうが良かったのだろうか、と思い至る。


「あっ、こっちのほうが良かった?」

「……いや。というか、俺のためにコーヒーにしたのか?」

「そうだけど。嫌だったら替えてもいいよ」

「もう口をつけただろう」

「いいじゃん別に。あれぇ? 気になるのぉ?」

「…………」


 若干の焦りを見せるリュカに、意地悪を言ってやる。

 アイリスの飲み物を覗いてきたリュカはほとんど密着するほど近くにいるが、アイリスはなぜかそれが嫌じゃなかった。

 それどころか、自分の体をリュカから離そうという力が一向に働かないようだった。 


「……どうして、俺がコーヒー好きだとわかった?」

「どうしてって、あたしのうちでご飯食べる時、いっつも選ぶじゃない。それ飲んでるとき、ちょっと幸せそうな顔、してんだよね──……」


 アイリスを見つめるリュカの顔は、いつもの怖い顔ではなかった。

 全ての鎧をとっぱらったかのような、ただの一五歳の少年の無垢な顔だった。

 

 不意に間近で見せられてしまったその顔が、アイリスの鼓動を乱す。

 周りの音が聞こえなくなり、鼓動の音だけが響く。

 金縛りに遭ったかのように、リュカの顔から視線を外せなくされていた。

 

 ──あれ。これって。

 まずくない? あたしだって、初めてなのに。

 あれ?

 

 こいつと、……なの?


 アイリスの意思とは関係なく、体はリュカに近づいた。

 それも、あろうことか、リュカもそうするのだ。

 大通りの真っ只中であることは、頭の中から消し飛んでいた。


 首の後ろに手を添えられ、リュカの唇が触れる。

 頭が真っ白で、何も考えられなかった。


「ヒューっ」という周囲の口笛でハッとする。

 ふと周りを見回すと、ある人はこちらを向いて、ある人は顔だけ向けて、ある人は目線だけチラッと向けて、多くの人がニヤニヤしながらこちらを見ていた。


 あたふたしながら、熱くなった頬に手を触れる。

 リュカは、まだじっとアイリスを見つめていた。


「どっ、どうしたの。ちょっと間違っちゃったぁ? ただの遊びだよね。あたしの相手をするなんて、罰だったのにね!」


 アイリスは、まともにリュカを見ることができなかった。

 彼は、この仕事を罰だと思っている。

 それはつまり、アイリスの相手をすることも罰のうちなのだ。

 一時いっときの気の迷いで、自分のことを罰だと思っている相手にファーストキスを捧げてしまった。

 そう思うと、気分がひどく落ち込んだ。


 そんな気持ちをリュカにだけは知られたくなかったから、できるだけ笑顔を作った。

 目頭が熱くなるのを必死でこらえた。

 こんなので泣いたりして、同情なんてされたら余計に惨めだ。

 リュカがどう言うのか、それを待った。

 

「俺は、もう、アイリスのことをそんなふうに思ってない」

「…………そっか。じゃあ、どういう──」


 言っている意味がわからなかったから、無心で聞き返しただけだった。

 うつむいていたアイリスを、リュカは抱きしめる。


「罰だなんて思ってない。遊びだなんて思ってない。俺は、間違いだなんて、思ってないよ」


 顔を上げると、今まで見たこともないほど優しい顔をしたリュカがいた。

 安心して、体の力が抜けてしまいそうだった。

 

 間違いじゃないなら、もう一度してほしい。

 そう思ったアイリスの唇は、またもやリュカの唇で塞がれる。


 同じ気持ちだったことが嬉しくて、こらえていた涙が溢れ出た。

 リュカはアイリスを抱きしめ、アイリスはリュカの首の後ろへ両手を回して、夢中でキスをした。

 周りからはさっきと同じような口笛が聞こえたが、そんなのはどうでも良かった。


 やがて唇を離す。

 でも、リュカは、アイリスの体を離そうとしなかった。

 安心材料がたくさん欲しかった。

 だから、その仕草さえもが嬉しかった。

 彼にも安心を与えてあげたい。

 だから、アイリスも笑顔を作った。

 無理に作らなくても、自然と笑顔は出ていた。


 もう一度キスをして、見つめ合う。

 幸せに浸りながら、ふと自分たちに好奇の視線を向ける観衆に視線を馳せる。

 

「あーあ、見せ物になっちゃったね……」


 アイリスは、ふと、視線を止めた。

 興味本位の視線とは一線を画す、憎悪の塊のような視線。

 観衆の中にあって、一人異質な思いのこもった視線を向けてくる人物に、アイリスは気づく。


 アレックス。

 彼は、拳を握りしめ、無表情に、しかし間違いなく憎しみが込められたとわかる目で、アイリスとリュカを静かに睨んでいた。

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