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お出掛けに行こう

 今日は朝から王宮教師に勉強をさせられ(・・・・)、アイリスはほとほと疲れ切っていた。

 

 アイリスは、自分の部屋に入ってスカートを脱いだ。

 王宮教師が来るとはいえ、家の中だから部屋着にプラスアルファな感じの服だったのだ。

 昼からは魔術の勉強をサボって出掛けようと思っていたので、着替え始める。

 

 ──出掛けたい。

 つまらない。こんな勉強ばかりなんて。

 あたしは一五だよ?

 もっとショッピングもして、彼氏と遊んで。

 でも、今彼のアレックスは、なんか違うかなぁ、やっぱ……

 ……じゃあ、一体、どんな奴ならいいっての?


 自然と、リュカの顔が思い浮かぶ。

 

「ああ────っっっ!!!」


 アイリスは大声を張り上げ、頭を思い切り横にブンブン振った。

 チンチンに熱くなった顔の熱をなんとかして逃がそうと、一人で頬を手でパタパタする。

 

「違う違う違う!! 断じてあいつみたいな奴じゃない!」

「どうしたっ!?」


 アイリスの部屋の扉をばあんと勢いよく開け、リュカが飛び込んでくる。


「ひっ……」

「あっ……」


 パンツ丸見えのアイリスのあられもない姿を目に留め、さすがに顔を背けるリュカ。

 リュカは喘ぎ喘ぎ言葉を吐き出す。


「なっ、何やってんだ、お前……」

「このっ……、出てけ──────っっっっっ!!!」


 枕やぬいぐるみがボンボン飛んだ。

 リュカが閉めた扉にバシバシ当たる。


「あら、どうしたの?」

「しっ、失礼しましたっ!!」


 扉の外で、焦りながらマリアに言うリュカの声が聞こえた。


 リュカとニールは、風呂に入り始めてから、なし崩し的にアイリスたちと一緒にご飯まで食べるようになっていた。

 その上、マリアが「休憩してね」と言いながら家へ招き入れるので、二人は正直言って四六時中入り浸っていた。

 が、仮眠はさすがにダメです、とこれだけはかたくなに断っていた。


 ふーっ、ふーっ、と息を荒げるアイリスは、ふと、名案が思い浮かぶ。

 

 ──そうか。

 あいつ、あたしの護衛だから、お城の外へのお出掛けもOKだよね?

 だって、あいつが護ればいいだけなんだから。

 断るってことは、自分が未熟だって証明しているようなものだからね?

 よし、決まった。

 まあ一応、何かあった時のために走れるような格好にしておこう。あたしに何かあれば、きっとリュカの責任問題になってしまうからな。あたしのせいだなんて言われたら腹立つし。

 うん! スカートもやめて、アクティブモードで行くか!


 着替え終わったアイリスは化粧台の前に座り、ゴムをくわえながらハイポニーテールを作る。 

 

 謎に忍足しのびあしで家の玄関へ向かうアイリスを微笑ほほえましそうに眺めるマリア。

 アイリスは、玄関扉をそっと開ける。


「……ねえ。リュカ」


 ふふふ、と不敵に笑うアイリスの顔を見て、リュカは嫌そうな顔を作る。


「……なんだ? 嫌な予感しかしないが」

「お出掛けしたい」

「どこへ行く?」

「城下町」

「どのくらいの時間だ?」

「昼から夕方までずっと」


 ──さあ、どうする?

 行かせる? 行かせない?

 

「……城からは出ないほうが、警護の立場としては安全だと言──」

「へぇ。腕に自信がないんだ?」


 かぶせて言われた言葉に、ピクッと眉毛を動かすリュカ。

 ギロっとアイリスを睨んだが、その目に殺気などは含まれていない。


「……いいだろう」

「やったっ!」


 アイリスは飛び跳ねて喜んだ。

 

 ──これで、これからも自由に外出できる!

 リュカは、あたしが勉強をサボったかどうかには関知しないだろうし! まあ、こいつがついて来るのは仕方がないけど、なんとか自由権を手に入れたぁ!


 リュカは、じっとアイリスを見ていた。

 こいつはいつもすぐに目を逸らすので、こんなふうに見つめてくることは珍しいのだ。

 しかも、何か「ポカンとした顔」という感じだった。リュカはこんな顔をあまりしない。

 だから、アイリスは怪訝そうにして尋ねる。


「なによ?」

「……いや」


 リュカは、慌てて目を逸らした。


「じゃあ、すぐに出掛けるよ!」


 家を出て、ウキウキしながらロイヤルフロアの廊下を歩くアイリス。

 すぐに、廊下の向こうから歩いてくるアレックスに気がついた。

 アレックスにも護衛の聖騎士がついている。彼の斜め後ろには、屈強そうな聖騎士が一人歩いていたのだ。


「おはよう! アイリス、ちょうどよかった! 今から迎えに行くところだったんだ!」

「え? どうして?」

「どうしてって、この前、帰る時に約束したじゃないか。街でいざこざがあって台無しになっちゃったから、近いうちに代わりにデートしようって。昼から城下町で遊んで、夜は、この前に案内しようとした続きをしようって」


 あっ、という顔をするアイリス。

 すっかり忘れていたのだ。

 あの日、リュカの残虐な一面を見たアイリスはずっと考え事をしていた。

 帰り道に確かアレックスがそんなことを言っていたのを、今のいま、思い出したのだ。


 だが、アレックスと出掛けるのは、あまり気分が乗らなかった。

 なので、


「ごめんね。あたしたち、こうやって聖騎士が護衛につくことになったでしょ。だから、デートはちょっとの間、お預けにしようよ。雰囲気も台無しだし」

「え〜〜……」

 

 がっかりした顔をして、肩を落とすアレックス。

 するとリュカが、


「俺なら離れて歩──」

「あなたは黙ってて」


 ビシッと制して黙らせる。

 リュカは上半身をのけぞらせて口を閉ざした。


「ね。だからごめんね」

「うん……でも、今からどこへ行くの?」

「買い物だよ。すぐに帰って来るけど」

「そうなのか? さっき──」


 あまりにも空気を読まないので、アイリスは殺気を込めた視線を送ってやった。

 リュカは、また黙った。


「またね!」


 アレックスと別れて歩き始める。

 今の彼とは話をすることすら気が乗らない。

 もしかすると、どこかで別れ話をしないといけないかなぁ、とアイリスは頭を悩ませた。

 

「どうして嘘をつくんだ?」


 アイリスはリュカを一瞥いちべつしてから考え込む。


 ──そう言われると、キッパリとは言いにくいな。

 もう好きじゃなくなったから?

 でも、最初から、アレックスのこと、そんなに好きだったかな。

 わからない。

 いずれにしても、今、彼のことを好きじゃないってことだけは間違いない。


「ま、若者同士には色々あるんですよ」


 アイリスは、マリアの言葉を真似て言ってやった。

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